第133話
「というわけで、これが昨日集めて来た三宗家の当主と跡取りたちの顔ね。多分間違いないと思う」
太陽が東の山脈の稜線から顔を出し、拠点にしている荒地を朝日が照らしている。あの山の向こうにエルフの王国があるのか。どんなところだろうな。
昨夜は結局、夜明け前までカガーン上空を飛び回っていた。おかげでちょっと、いや、かなり寝不足だ。それでも朝日で目が覚めるあたり、俺もこの世界での生活リズムが身体に染み付いてるということか。ウーちゃんの散歩もしなきゃいけなかったからな。
朝食を食べながら、平面に貼りつけた顔写真|(テクスチャだけど)を石壁に並べる。
今日の朝食はスープとパン、干した果物だ。パンはギザンで買った乾パンみたいな堅焼きパン。干した果物は、王国では割と手に入りやすいプルーンみたいな果物を干したもので、やはりギザンで買ってきたものだ。スープの具はボーダーセッツから持ってきた干し肉と森芋が入ってるだけだけど、塩と香辛料が効いてるからそれなりに美味い。今日はちょっとピリ辛だ。
「見事に全員、目ぇ閉じてるやん」
「仕方ありませんわ。深夜ですもの」
眠気と格闘しながら集めた三宗家当主とその跡取りと思しき顔写真は、当然ながら全員寝顔だった。夜更かししてる奴はいなかった。健康的だな。
「左の二枚がゴルディオス家のアンダーソンとドーソン、真ん中の二枚がオーロ家のベラとジェイフン、右の二枚がゾロト家のブレナンとクランド。全員、かなり豪華な寝室で寝てたから、多分間違いないよ」
どのくらい豪華かというと、ベッドは天蓋付きのキングサイズ、布団は掛け布団も敷布団もフワフワの綿入り。天蓋にはレースのフリルまで付いていた。
ゴルディオス家のふたりは、親子らしくよく似ている。少し角ばった顔に太い眉で、鼻も角ばって大きい。髪は金髪を短く刈り込んで角刈りのようにしている。親子だからって、髪型まで似せなくてもいいのに。家訓でもあるんだろうか?
オーロ家のベラは、鷲鼻で額に深い皺の寄った長い金髪のお婆ちゃんだ。もっと『ザーマス!』とか言ってそうなしもぶくれのおばちゃんを想像してたんだけど、予想が外れたな。孫のジェイフンのほうは、しもぶくれでチョボチョボと口髭を生やした二十代前半くらいに見える金髪ロン毛だ。たまに渋谷あたりで見かける、勘違いストリート系の連中っぽい。スカル柄のパーカーと迷彩ズボンが似合いそうだ。
「なんでこいつ白目むいてんねん」
「あらあら、食事時に見るものじゃないですね」
「……見苦しい」
ジェイフンは目を半開きにし、白目をむいている。口も半笑いのようにだらしなく開いて、端から涎が垂れている。別に仕込んだわけじゃなくて、初めからこの顔だった。写真だからわからないけど、かなり大きないびきもかいてたな。おかげでゴソゴソと家探ししてても気付かれなかった。
ゾロト家のクランド君もしもぶくれで、金髪を七三に分けたちょっと生意気そうなお子様だ。なんか某常春の国の王子様を彷彿させる。実は天才だったりするんだろうか? クックロビンを殺したのは猟師が鉄砲でパパンがパン。なんのこっちゃ。
クランド君とは違い、その叔父のブレナンは細身で顔つきは鋭い。寝ているのに眉間に皺が寄っている。きっと、色々と苦労することがあるんだろう。後ろ暗いところもあるだろうしな。
あれ、こいつも金髪だな? 微妙に色が違うけど、三宗家の人間は全員金髪だ。金髪が当主の証なのか? それとも、貴族の間で近親婚を重ねてきたから、金髪の遺伝子だけが受け継がれたんだろうか?
「坊ちゃん、右下に二枚あるのは誰だよ?」
サマンサがゾロト家の二枚の、更に下に並べられた二枚の写真をスプーンで指す。ちょっとお行儀が悪い。
そのスプーンの先の写真には、痩せた金髪の男性ふたりが映っている。ちょっとだけブレナンに似ている。
「確証は持てないんだけど、多分、ゾロト家の長男と次男だと思う」
「屋敷の地下に監禁されてたみゃ」
アーニャが補足してくれた通り、このふたりは屋敷の地下の座敷牢みたいなところに監禁されていた。
海賊総督といいゾロト家といい、ノランの貴族の間では、地下に人を監禁するのが流行ってるのか? 嫌な流行だ。
「継承権争いに負けて閉じ込められたんだろうね。殺されなかっただけマシなのかも」
「……お兄様が生きていて良かったですわ」
「……貴族も大変」
クリステラが実感の籠った感想をため息と共に吐き出し、デイジーがそれに相槌を打つ。まったく、貴族なんて碌なもんじゃないな。あ、俺ももう貴族だった。末端の末端だけど。
「で、こいつらのスケジュールも調べて来たんだけど、どうやら明後日、建国記念日の式典が行われるらしいね。貴族街から商業街を通って平民街に抜ける大通りを、パレードが行進するみたい」
「そのパレードに、そいつらも参加するっちゅうわけやな?」
「行進する方じゃなくて、観覧する方でね。議員は全員参加らしいよ」
「そこを狙いますのね! でも、議員が集まるなら、当然警備も厳重なのではありません?」
「多分ね。でも、まだ二日あるし」
式典の日時と場所、何処にターゲットがいるかまでわかってるんだから、計画を立てる事は、そう難しくない。あとは細部を詰めて実行するだけだ。さあ、どうしてくれよう?
「またボスが悪い顔してるみゃ」
「何を言いますのアーニャさん、凛々しいではありませんか!」
「あらあら、うふふ」
まぁ、否定はしない。実際、この国にとっては悪い事をするんだし。
いや、勝った方が正義なんだから、最終的には良い事になるのか。
ということは、実は正義の味方って、勝ってる方の味方って意味だったんだな。なんて浅ましい。サイテーだな、正義の味方。
◇
建国記念日のパレードは、要するに軍事パレードだった。
先頭は国旗を掲げた儀仗兵と楽隊、それから長い槍を持った歩兵、長大な盾を掲げた重装兵、弩を携えた弓兵と続き、突撃槍を抱えた騎兵で最後のようだ。魔法部隊はいないのか。この国でも魔法は貴族の象徴らしいから、今日は行進する側じゃなくて見る側にいるんだろう。
見る側も、貴族だけというわけじゃない。大通りの沿道には、小さな国旗を掲げた民衆が連なっている。びっしりだ。
しかし、その表情は熱狂的とは言い難い。
この民衆は王都に暮らす平民だったりするんだけど、実はこのパレードには半強制的に参加させられている。
というのも、このパレード自体が民衆に対する貴族の示威行為だからだ。軍の威容を見せつけることで、反抗の意志を摘み取ろうという意図で行われている。
この世界にはマスメディアも記録媒体もないから、情報発信は常に国内向けだ。
それが分かっているから、民衆も熱狂的にはなれないというわけだ。喜んでいるのは貴族だけ。
イベントを催すだけで親睦が深まると思ってる、会社の上層部に似てるかも。イベントするより給与を上げて欲しかったな。もう関係ないけど。
俺も当然ながら見る側だ。ただし、沿道にいるわけじゃないし、特別に設えられた貴賓席に座っているわけでもない。いや、貴賓席にはいる。正確には、雛壇のように階段状に組み上げられた貴賓席の真下、街の地下にいる。
この街に下水道はない。街の下に共同墓地があるということもなく、地下は普通に土があるだけだった。
今、その地下には深さ五メートル、半径二十メートルという巨大な円柱形の空洞があり、今にも崩落しそうなその空間は、俺の平面魔法に支えられることで辛うじて形を保っている。空洞からは南に向かってトンネルが掘られており、その先はキャンプ地である荒地の岩場まで続いている。クリステラたちは、そのトンネルの中ほどに待機している。出口までは俺の平面マイクとスピーカーが届かなかった。
「準備はいい? そろそろ行くよ?」
≪承知致しましたわ、いつでもどうぞ!≫
「それじゃ、三、二、一、ドーン!」
トンネル入り口まで退避した俺は、平面の支えを解除する。天井は数秒だけその形を維持しようと頑張ったものの、やがて圧倒的質量に耐え切れなくなり、轟音を上げて崩落を始めた。
『ママ、釜の底が抜ける!』というセリフがよく似合う光景だ。
「うわぁ~っ!?」
「キャーッ!?」
「ぎゃあっ!」
上から雛壇ごと議員連中が落ちてくる。何人か衛兵も落ちてくるけど、重い鎧を身に着けているせいで、落下した衝撃に耐え切れずに潰れている。ご愁傷様。
一般の民衆は落ちてこない。民衆は議員席に近寄れないよう制限されてたからな。だからこんな大胆な作戦がとれた。流石に何も知らない一般人まで巻き込むのは寝覚めが悪い。議員連中は大なり小なり責任があるから有罪だ。
あちこちから悲鳴やうめき声、怨嗟の声が上がっている。穴の上の方からもワーワーと混乱の声が聞こえてくる。俺の姿は土煙で見えないはずだけど、少し急いだほうがいいか。
濛々と立ち込める土煙の中、潜入初日に覚えた気配を頼りにターゲットを探す。
「うう……」
「痛ぇ、痛ぇよぉ……」
「くぅっ、責任者は処刑してやる」
「ぐっ、貴様、何者だ!?」
「誰だか知らんが、早くワシを助けろ!」
「私が先だ、早くおし! 愚図は嫌いだよ!」
ゾロト家のクランド君を除く三宗家の面々を確保し、平面に乗せてトンネルへと運ぶ。何人かが騒いだけど、平面で密閉して黙らせた。
護衛の魔法使いもいたみたいだけど、一緒に崩落に巻き込まれて呻いていた。空でも飛べない限り、この手のトラップは躱しようがないからな。単純だけど、それだけに確実だ。シンプルイズベスト。
獲物を運び出したあとは、トンネルの入り口も崩して埋めておく。証拠隠滅。うーん、土魔法の使い手が仲間にいれば楽なのになぁ。
◇
さて、その後の
連れて来た三宗家の連中には、勝ったら生かして帰すという約束で、うちの女性陣と五対五での決闘をしてもらった。仇討ちだから、正々堂々とやらないとね。
なので、今回はクリステラにお休みしてもらった。ジャーキンの時までおあずけだ。
決闘の場所はカガーンから南にある荒野の真ん中。武器は、作戦開始前に兵士の詰所からかっぱらってきておいた。終わったら持ち帰って換金しよう。
オーロ家のジェイフンはずっと文句を言ってたけど、元よりこいつらに拒否権なんてない。問答無用で戦わせた。
オーロ家のベラとゾロト家のブレナン、ゴルディオス家のアンダーソンがそれぞれ水、土、火の魔法使いだったけど、うちの面々が只の魔法使いに後れをとるはずもない。
ベラの打ち出す水弾をキッカの放った風を纏った矢が射貫き、ブレナンの土壁をデイジーの棍が砕いて叩き伏せる。
アンダーソンとルカの火魔法の打ち合いはなかなかに見ごたえがあったけど、俺に科学的な知識を仕込まれて魔法の威力を上げたルカの敵ではない。元々短かったアンダーソンの髪はパンチパーマになった。
ゴルディオス家のドーソンはそれなりに剣の覚えがあるみたいだったけど、落下の際に足を痛めたらしく、何もできないままアーニャに攻め立てられ、叩き伏せられていた。アーニャはまたスピードが上がってるな。もう俺より速いかも。
ジェイフンとサマンサの戦いには、どこにも見所がなかった。自分の相手が細身の美少女と見て、警戒もせずにドタドタと不格好に走って来るジェイフンを、サマンサが槍の石突きで鳩尾を突いてお終いだった。あっけない。
この決闘では誰も死んでいない。あまりの弱さに、うちの連中が拍子抜けしてしまったからだ。かといって、このまま帰すこともできない。自分たちの行いの報いは受けてもらわないと。
ということで、彼らを南の樹海の真ん中に、それぞれバラバラに捨てて来た。もちろん武器は与えてない。最寄りの集落までたった百キロだ。魔法使いなら、運が良ければ生きて帰れるだろう。
「どう? 気は晴れた?」
「ん~、どうかな? あんまり達成感ってのはねぇな」
「そうね。たったこれだけの事にずいぶん時間を使ってしまったなという気もします」
「まぁ、復讐なんて、元々生産性が無い行為だからね」
「坊ちゃんやみんなと旅できたのは楽しかったかな。アタイ、結構冒険者に向いてるのかも」
「あらあら、サミィったら。うふふ」
ルカとサマンサが屈託なく笑う。うん、その美女と美少女の笑顔だけで、この旅に価値があったと思えるよ。復讐は無意味じゃない。
「じゃあ、とりあえず一度ギザンに戻ろうか。それからアリストさんを連れてサンパレスに行って、一旦ドルトンの我が家に戻ろう」
「「「はい!」」」
はぁ、ようやくひとつ終わった。帰ったらしばらくのんびりしたいな。
まぁ、次はジャーキンに行かないといけないんだけど。旅はまだまだ道半ばか。
ちなみに、皆にはナイショでゾロト家の地下牢にいたふたりを解放しておいた。クランド君には悪いけど、お家騒動の第二ラウンドの開始だ。今度は自分の力だけでなんとかしてくれたまえ。
他の三宗家も当主と跡取りが行方不明だから、きっと後継者争いが勃発するだろう。その他の議員たちも軒並みケガしてるし、しばらくノランの政情が混乱することは間違いない。大幅な国力の低下は免れないだろう。戦争なんてやってる余裕はなくなるはずだ。
王国というか、うちの仲間に手を出した報いを受けるがよい。けけけっ。
「あ、またボスが悪い顔してるみゃ」
「……かっこいい」
これにて悪事完了!
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