第332話

「えっと……ジャスミン姉ちゃん? 赤ちゃんって?」

「そうよ、ここにいるの! アタシとアンタの子供よ!」


 そう言って自分のお腹をパンパンと叩くジャスミン姉ちゃん。

 いや、そこはポンポンと優しく叩くところでしょうに。もっと優しく!


「……ほんとに?」

「もちろんよ! なんか最近、変に眠たいなーって思ってたのよ! 月のモノも来ないし! それでルカたちに相談したらオメデタじゃないかって! そうよね! あれだけやりまくってたんだから当然よね! むしろ、ようやく来たって感じだわ!」


 あー、確かにここしばらくは、ジャスミン姉ちゃんは昼寝してることが多かったな。今日もさっきまで寝てたし。

 夜ふかししてるのかと思ってたけど、そうか、オメデタだったか……。

 ……。

 …………。

 ということは、俺、父親に……?


「イヤァーッ!?」


 うわっ、びっくりした! この悲鳴はサっちゃんか? ナニゴト?


「お姉様、ウソですよね!?」

「赤ちゃんだなんて冗談ですよね、お姉様!?」


 サっちゃんたちがジャスミン姉ちゃんに詰め寄って問いただす。ああ、そういう悲鳴ね。

 ジャスミン姉ちゃんに縋り付くサっちゃんたちの目元には光るものが溜まっている。泣くほどのことか?

 いや、自分の推しアイドルの妊娠が発覚したヲタの心境なのか。笑顔で記者会見されても納得できないよな。分かる分かる。


 そういう俺も、まだ全然実感がない。なんだか、音質の悪いヘッドホン越しに音楽を聞いているような感じだ。世のお父さんたちもこうだったのかな?

 いや、やることはやってたから、いつかこうなるだろうとは思ってた。けど、実際になってみると、どうにも現実味がないんだよな。

 やっぱ、女性と違って変化がないからなんだろうな。男は生理が止まったりお腹が大きくなったりしないし。

 ゆっくり変わっていく奥さんのお腹を見て、それに伴う生活の変化を感じて、ようやく実感するんだろう。

 うん、俺が実感するのは、多分これからだな。きっとそう。


「ウソじゃないわよ? ヤることヤりまくってたんだもの、デキるものがデキて当然でしょ?」

「ヤりまくって!?」

「そうよ! 一晩に三発も四発もシてたんだもの! むしろ、今までデキなかったことが不思議よね!」

「三発も四発も!?」


 ちょいちょいっ! 表現がストレート過ぎるよ! もう少し慎んで、オブラートに包んでよ!

 サっちゃんたちの顔が大変なことになっている。悲しいのか驚いているのか興奮しているのか、表情がめちゃくちゃだ。笑い泣きが一番近いか? 全員鼻息は荒い。


「ビートのは凄いのよ! 太くて硬くて長くて、入れられただけで気絶しそうなくらい気持ちいいんだから!」

「太くて硬くて!?」

「終わったら、アソコだけじゃなくて全身の力が入らなくなるの! 女って、イき過ぎると身体がピクピクして動けなくなるのよ、知ってた?」

「イき過ぎてピクピク!?」

「ちょちょっ、そこまで! 昼間にしていい話じゃないよ!」


 いかん、サっちゃんたちの目が大きく見開かれている! 鼻息は更に荒く! 耳も赤く!

 これ以上は未成年の教育に悪い気がする! いや絶対悪い!

 というか、我が家の夜の話を世間に広めるんじゃありません!

 止めに入った俺に、赤薔薇親衛隊の視線が集中する。いや、俺にじゃなくて、俺の股間に。思わず身を捩って隠す。見るな。


「そうね、また夜に話しましょう! 今日は泊まっていきなさい! 歓迎するわ!」


 いや、夜なら良いってことでもないからね!? 世間の常識というか、デリカシーを考えてね!?


「ふふふ。アタシ、今すごく幸せなの。一応貴族の娘だったから、将来は好きでもない顔も知らない貴族の男と結婚して、義務的に子供を作って、つまらない一生を送るんだろうなって思ってたの。でも、仲の良かった幼馴染が出世して貴族になってアタシの旦那様になって……こうしてふたりの赤ちゃんができたことを喜ぶことができて、すごく幸せなの」


 っ!

 穏やかな笑顔で自分のお腹に手を当てるジャスミン姉ちゃん……初めて見るジャスミン姉ちゃんだ。あんな慈愛に満ちた顔は見たことがない。

 そうか、ジャスミン姉ちゃんはもう母親になってたんだな。すごいなぁ。


「そう、なんですね……」


 サっちゃんたちも落ち着いたみたいだ。表情が穏やかになっている。というか、憑き物が落ちたみたいって、こういうことなんだろうな。

 鼻息も通常に戻って……いや、ヨっちゃんだけまだ若干荒い。


「あの、お姉様!」

「ん? なあに?」

「ご懐妊、おめでとうございます!」

「「「おめでとうございます!」」」


 赤薔薇親衛隊が揃って頭を下げ、祝いの言葉をジャスミン姉ちゃんに送る。呼吸の合った動きだ。いままでの訓練と仲間との絆が感じられる。


 その絆の中心にあるのはジャスミン姉ちゃんだ。普通の貴族令嬢にはない意外性と強い魅力で彼女たちを惹き付けていた。ジャスミン姉ちゃんが学園を卒業しても、赤薔薇親衛隊を解散しなかったくらいにまで。


 それを俺が奪った。

 いや、押し付けられたというか引き取らざるを得なかったんだけど、とにかく俺の元に来た。

 そりゃ、彼女たちにしたら面白くないよな。自分たちのアイドルが俗物の手に落ちたように見えただろうから。取り返そうとする気持ちも分かる。


 けど、そのアイドルは結婚して母となり、幸せを溢れさせていた。


 サっちゃんが赤薔薇親衛隊の皆に向き直る。その顔は真剣だ。授業でも見たことがない。


「皆、今日この時点をもって、赤薔薇親衛隊は解散とします! 長い間、共に歩んでくれてありがとう!」

「ううっ」

「ありがとう、ございましたぁ」


 あのジャスミン姉ちゃんの顔を見たらな。もう自分の推していたアイドルがいなくなったことにも納得できただろう。これからは別の何かにその情熱を向けて欲しい。


「貴女達と過ごした三年間は私の一生の宝です! 願わくば、皆も同じ気持ちであることを願います!」

「隊長!」

「もちろんですぅ!」

「ありがとう! では、皆の今後に幸多からんことを! 解散!」

「「「はっ!!」」」


 彼女たちの中では、これで一区切り付いたことだろう。

 これが卒業、大人になるってことだ。教育者としては喜ぶことなんだろうな。

 いや、彼女たちの卒業はまだ先だけどな。学園の卒業式は十一月だ。


 けど、覚えておきたまえ。その思い出は、時が経つと黒歴史へと変わるということを! 思い出すと身悶えする、忘れたい記憶へと変わってしまうのだ! ヲタ活とはそういうものだ!


 そしてサっちゃんが再びジャスミン姉ちゃんへとクルリと向き直る。


「ではお姉様、お言葉に甘えて今日はお泊りさせていただきますね! 今夜はゆっくりお話しましょう!」

「あっ、ズルい! アタシも!」

「アタシも泊まります!」

「はーい、あたしもあたしも!」

「もちろんよ! みんなでお風呂にも入りましょう!」

「「「キャーッ!」」」


 まぁ、そんなに簡単には気持ちは切り替えられないよな。

 いいでしょう、青春の思い出の最後の一頁だ。キレイに飾ってくれ。

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