第333話

 一夜明けて。

 日課の朝のお散歩から帰ってくると既に全員が起きていて、食堂のテーブルに着いて俺を待っていた。

 料理は既に配膳されている。おあずけ状態のアーニャの口元からはよだれが垂れている。いつも通り。

 別に、待たずに食べてていいとは言ってあるんだけど、家長である俺抜きで食事をするのはマナー違反、というか非常識な行為になるのだそうだ。まるで昭和以前の日本だな。

 まぁ、言葉も日本語だし、日本文化が根付いてても不思議じゃない。

 今日の朝食もご飯と味噌汁と焼き魚に卵焼きという純和朝食だし。いや、王国中で、こんな朝食なのはうちだけだろうけど。


 テーブルに着いているメンバーの中には赤薔薇親衛隊、いや、解散したから、元親衛隊のサっちゃんたちも入っている。お泊りだったからな。

 昨晩は、それなりに遅くまでジャスミン姉ちゃんと話し込んでいたみたいだ。というか、同じ部屋で寝たらしい。夜中にベッドを運び込んでいた。

 そのサっちゃんたちが、食堂に入ってきた俺を見て席を立つ。ん? 朝からやる気か?


「閣下、おはようございます!」

「「「おはようございます!」」」

「え、あ? はい、おはよう?」


 サっちゃんたちが、揃ってお手本みたいな礼をする。意表を突かれて、ちょっと返事が乱れてしまった。不覚。

 というか、なんだ? 昨日までとはかなり態度が違うぞ? 敵意が全然ない。昨夜に何があった?


「我々は閣下のことを誤解しておりました。数々の御無礼、お許し願います」


 そう言って、また頭を下げる。

 ああ、ジャスミン姉ちゃんがフォローしてくれたのか。助かる。


「ああ、うん。別に気にしてないから。そっちも気にしなくていいよ」


 推しを奪われたヲタの気持ちは分かるしね。恨みをぶつけたくなるよね。

 実際、実力も社会的地位も俺のほうが上なわけで、人生経験も俺のほうが上。仔猫がじゃれている程度にしか感じていなかった。


「ほら、言ったとおりでしょ? ああ見えてビートは大人なんだから! サっちゃんたちは気にし過ぎなのよ!」

「はい、お姉様の言う通りでした! 流石です、お姉様!」


 昨夜はかなり話し込んだみたいだな。

 まぁ、お話しで解決したのなら何も言うことはない。

 普段はトラブルメーカーなジャスミン姉ちゃんだけど、締めるところはちゃんと締めてくれるんだよな。

 人を纏める力があるというか、やっぱりカリスマがあるんだろうな。ワイズマン伯爵そんちょうの血かね?


「ということで、来年からもよろしくお願いします、閣下!」

「「「よろしくお願いします!」」」

「ああ、うん。うん? 来年から? 何が?」


 いや、サっちゃんたちは今年で卒業だよね? 来年からは学園を出て、それぞれの道を行くんじゃないの? 今年でお別れだよね?


「ああ、サっちゃんたちにはドルトンの騎士団に入ってもらうことにしたから! よろしくね!」


 は? はぁっ!?


「いや、騎士団って、なんでそんな話に」


 ぐぎゅるるるぅ〜。


 ジャスミン姉ちゃんに問いただそうとしたら、盛大な腹の虫の鳴き声に遮られてしまった。

 見れば、アーニャがとても情けない顔でこちらを見ている。アレは『待て』をされている犬の顔だ。アーニャはネコだけど。


「……詳しい話は後にしようか。まずは朝食を食べよう」

「うみゃ!」


 自分の席に着き、いただきますを言ってからご飯を食べ始める。

 聞きたいことは今のうちに整理しておこう。詳しい話は食べ終わってからだ。

 アーニャがウニャウニャ言っている間は会話にならないだろうからな。



「それで、騎士団ってどういうこと?」


 場所をリビングに移して話を再開する。

 全員がくつろいでいても余裕のある広さのリビングだけど、今日はちょっとだけ狭く感じる。四人も増えているからな。


「そんなに難しいことじゃないわ! 四人とも騎士団に入りたいって言うから入れてあげてねってだけよ!」


 いや、それだけを聞くと確かに簡単なんだけどさ。


 近年の街道や港湾整備の影響で、俺の領地であるドルトン周辺は急激に人口が増加している。国内でも有数の好景気な街になったからな。

 なので、これまでのような冒険者に警備を依託する方法では手が回らなくなってきていた。常設の治安維持機構、騎士団設立は最優先対応項目だった。

 中には『冒険者ごときの言うことを聞けるか!』なんていう困った人もいるらしいし、領主の権威の象徴としても騎士団設立は必須だった。

 でも分かってます? その街の領主も現役冒険者ですからね? 冒険者なめんなよ?


 その騎士団では現在、第二次募集の二期生までが訓練を積みつつ治安維持活動を行っている。サラサの姉のアリサも一期生として頑張っている。

 現在の騎士団の規模は、非戦闘員を含めて約二百名。今のドルトンとその周辺の治安維持には少々、いやかなり心許ない員数だ。

 なので、最終的には倍の四百名程度にまで増強するつもりでいる。うち、戦闘員は三百名弱と考えている。

 三十万人に達しようかというドルトンの人口を考えると、多分これがギリギリのラインだと思う。もう百人くらい増やせるかもだけど、そのあたりが限度かな?

 それ以上増やすと維持コストがかかるし、少ないと領内をカバーしきれないと思う。


 騎士団、つまり軍隊ってものは金食い虫だから、できるだけ小さな組織にしたい。けど、いざというときの保険でもあるから、作らないわけにもいかない。適切な規模ってものを見極める必要があるわけだけど、これが実に難しい。


 現在の構想だと単純計算でひとり当たり千人を守ることになるわけで、まさに一騎当千、相応の実力が求められることになる。ちょっと厳しいかもな。

 そういう意味では、身体強化を使えて魔法も使える学園卒業生の入団は大歓迎だ。それだけで百人力、いや千人力と言える。

 けど、それが問題でもある。


「でも、君たちは貴族の出身で魔法使いでしょ? もう嫁入り先とか就職先が決まってるんじゃないの?」

「なんの問題もありません!」


 ノータイムで宣言しやがった。他の元親衛隊の面々も、さも当然という顔で頷いている。


「いやいや、そんな簡単な話じゃないからね? ことは家の信用に関わってくる重大事だからね?」

「些末なことです!」


 またノータイムで! 皆頷いて!


 いや、マジな話。もし彼女たちを俺が強引に引き抜いたなんて話になったら、その家とフェイス家で揉めることになる。その家というのは、彼女たちの実家とその婚約相手の家だ。

 金銭で解決できるならいいけど、できなかった場合、ヘタをしたら国内紛争にまで発展しかねない。

 ことはそれぐらいの重大事だ。安易に決められることじゃない。


「いいじゃない、意地悪しないで入れてあげなさいよ!」

「いや、子どもが遊んでるんじゃないんだからね?」


 放課後の学童保育じゃないからね? 人生とか家とか、最悪、国の行く末まで左右するような問題だからね?


「心配無用です! 私達は就職活動も見合いも全て拒否していましたから、問題になるようなことはありません!」


 ニートかよ! それはそれで問題だな!

 いや、卒業したら実家で花嫁修行ってことか? 昭和では家事手伝いって言われてたっけ。平成以降は無職扱いだったけど。

 この国ならそれもアリなのかな? 全員魔法が使えるから嫁の貰い手には困らないだろうし。相手が決まるまでの短い期間なら、それほど問題はなさそうだ。


「けど、なんでまたドルトンみたいな辺境の騎士団に? やっぱりジャスミン姉ちゃんの傍にいたいから?」

「それはもちろん!」


 これもノータイムか。頷いてるし。ここまでくると筋金入りだな。


「しかし、それだけではありません! 聞けば、いずれ閣下のもとには王女殿下が降嫁なされる予定だそうではありませんか。であれば、それをお守りする騎士が必要なはず。そして、それは女性で構成されていることが望ましい。違いますか?」

「むっ、それは確かに……」


 王様のひとり娘、わんぱく姫ことシャルロット姫は、成人を待って俺のもとへ降嫁してくることが決まっている。現状では婚約者ってことだな。

 降嫁してくるといっても、それはやはり高貴な血筋ということで、嫁入り後もそれなりの待遇をする必要がある。

 当然、身辺警護も行わなければならないわけで、そのための専属兵ということであれば、やはり構成員は全員女性であることが望ましい。女性なら風呂の中でも警護できるからな。


「ということで、私達はきたる時に備え、ドルトン騎士団内に女性のみで構成された部隊『赤百合親衛隊』の設立を提言し、その初期構成員として立候補する次第であります!」


 ビシッと四人が敬礼する。俺がドルトン騎士団で採用している、肘を肩まで上げる日本の警察式敬礼だ。これもジャスミン姉ちゃんが教えたな?


 うーん、言っていることは間違ってない。というか、いずれ必ずやらなきゃいけないことだ。

 手をつけるには、まだちょっと早いような気がするけど、早いからといって困ることもない。それなりの訓練期間は必要になるだろうし。

 赤百合……百合はフェイス家の家紋から、赤はジャスミン姉ちゃんの髪の色からか。どうあってもこの娘たちはジャスミン姉ちゃんから離れられないらしい。もはや呪いだな。


「悪い話ではないように思いますわ。遅かれ早かれ必要なことですし」

「せやな。魔法使いやったら警護としては十分や。姫さんが来るまではうちらで練習してもらえばええしな」

「あたいらは守ってもらうほど弱くねぇぜ?」

「うみゃ! アタシはお姫様はやめた身だみゃ!」

「あらあら。でも、お姫様気分を味わえるのは楽しみじゃない? うふふ」

「……人生経験」


 賛成多数っぽいな。仕方がない。


「……わかったよ。でも、親御さんの説得は自分でするように。揉めたら僕に知らせて」

「はい! 必ずや!」


 そう返事をした四人は、早速親の説得をするべく、駆け足で帰っていった。せわしない。


 はぁ、領主代行をしてくれているイメルダさんに連絡しておくか。また仕事を増やしてしまって申し訳ないな。

 ……なんだか流されてるなぁ、俺。



 後日、王様にそういう部隊を作ることを報告したら、維持費は国から予算が下りることになった。

 この親バカめ。

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