第250話
「旦那様! 助けて、ください!」
状況がよく分からないから暫く見物しようかと思ったんだけど、
「うん、いいよ。それで、これってどういう状況なの?」
「私が話すですよ! 実は……」
話すのが苦手なバジルに代わって、キララが話してくれるらしい。
というか、このパーティでまともに話ができるのってキララだけだな。バジルは会話が途切れ途切れ、サラサは単語だけしか喋らないし、リリーに至ってはほぼ無言だ。
ピーちゃんはよく喋るけど、まだ生まれて間もない赤ちゃんだ。感情が言葉になってるだけで、会話って感じじゃない。鳴き声に近いかも。
あれ、そのピーちゃんは? ああ、冒険者ギルトの屋根に停まってるな。騒がしいのが嫌だったのかな?
キララから経緯を聞くと、よくある話だった。
この三人組は王都から流れてきた成りたて冒険者で、先輩冒険者(と言っても、そいつらも流れ者らしい)に指導料という名目の上納金を
それに気付いて見かねたバジルが口を出し、逆切れした先輩冒険者とやらに実力行使されそうになり、それを余裕で撃退し、新人三人組に今後は気を付けるよう忠告したところ、舎弟の申し入れがあった、という事らしい。いまここ。
素晴らしいじゃないか! まるでラノベの主人公みたいだ。
バジルたちは身体強化が使えるから、そこいらの中級冒険者以上の戦闘力がある。それを人助けに使うなんて。
悲惨な目に遭って俺のところへ流れてきた子たちだ。しばらくの間は、対人恐怖症で会話することすらできなかった。
それが、見ず知らずの他人のために身体を張ることができるようにまでなっているなんて!
暫く手を貸さず、子供たちだけで冒険者活動させてたけど、ちゃんと精神面も成長してたみたいだ。オジサンは嬉しいよ。
子供の成長は早いっていうけど、いま正に実感した。フェイス家の中期目標は子供たちの育成だったけど、この分なら結構早く達成されそうだ。
それはそれとして、この土下座ブラザーズだ。
「うーん、いいんじゃない? 舎弟にしてあげなよ」
「そんな!?」
「(ふるふる)」
バジルが驚愕の声を上げ、リリーが首を振る。たれ耳がペチペチ振られて可愛い。とりあえず撫でておこう。
「誰かに物事を教えるっていうのは、自分にとっても勉強になるんだよ。再確認とか、自分たちだけでは気付かなかった事に気付けたりとかね」
土下座ブラザーズをチラッと見てみる。うん、純朴そうだし、人も良さそうだ。
だから騙されるんだけど。純朴なのはいい事なのになぁ。世の中って間違ってる。
バジルの耳に口を寄せ、小声で話しかける。
「(僕たちはちょっと普通と違うでしょ? それを隠すなら、普通っていうのを知っておかないといけないと思うんだ。これはその普通を知っておくいい機会だよ)」
「(で、でも、まだ僕たちも、修行中ですし、舎弟なんて)」
「(これも修行だよ。いずれ商隊の護衛とか、他のパーティと合同で依頼を受けることもあるだろうしさ。今から他の冒険者に慣れておきなよ)」
「(……なるほど、分かりました)」
いや、俺も最初は力を隠すのに苦労し……あれ、苦労したかな? そもそも隠してなかったかも……最初に組んだアンナさんたちに、かなり呆れられてたような……。
ま、まぁいい! 俺は俺、バジルたちはバジルたちだ! 俺と同じ道を歩む必要はない! というか、歩いちゃ駄目だ!
「わ、分かり、ました! でも、舎弟ではなくて、合同で依頼を受ける、協力パーティという、形にしてください!」
「本当ですか!? ありがとうございます、バジルのアニキ!」
「「ありがとうございます!」」
「い、いや、だから、アニキじゃなくて」
「これからよろしくお願いします、アネゴの皆さん!」
「「よろしくお願いします!」」
「あ、アタシがアネゴですか?」
「受諾」
「(コテンッ?)」
うんうん、戸惑ってるね、サラサ以外。
リリーが首を傾げたのは『なんで年下の自分がアネゴなの』ってところかな? 首を傾げるワンコは可愛いなぁ。
不測の事態というのは、人間をひと回り成長させる。この土下座ブラザーズとの交流で、バジルたちがひと回り大きくなってくれると嬉しい。不測の事態に起きてほしいわけではない。
「ところでバジルのアニキ、こちらのガ……坊ちゃんはドナタで?」
お? いま『ガキ』って言おうとしたか?
まぁ、確かにまだ子供だけどさ、これでも去年より身長伸びてるんだぞ! 平均よりちょっと低いかもしれないけど、まだまだ成長中なんだからな! 今に見てろ!
「こちらは、僕たちが、お世話になっている、ビート様です。冒険者の、先輩でも、あります」
「おおっ! こんな小っちゃいのに先輩なんですね! という事は、アニキのアニキ、超アニキですか!」
「「超アニキ、よろしくお願いします!」」
やめて! そんな黒光りのゴリマッチョみたいな呼び方をしないで! 俺は普通の九歳児で、溜めてもメ〇ズビームは出せないから!
◇
「まさかご領主様とは知らず、失礼致しました!」
「「失礼致しました!!」」
「ああ、いいよ。僕も堅苦しいのは嫌いだからね。普段はいち冒険者として接してくれると有難い」
場所を冒険者ギルド内のテーブル付近に移して、今後の活動についてすり合わせることにした。
その際に簡単な自己紹介したら、土下座ブラザーズは再びの土下座ブラザーズになってしまった。……この土下座文化は誰が作ったんだろう? 神様?
「はいっ、ご厚情感謝致します! これからはビートの超アニキと呼ばせていただきますね!」
「いや、だからそれはやめて」
土下座ブラザーズは、田舎から出てきたと言っても一般市民ではなかった。どうやら全員が下級貴族の三男以下という出自らしい。
長兄(と勝手に俺が思っている)のマシューはボーダーセッツ在住男爵家の次男で長身痩躯の栗毛碧眼の十六歳。
次兄(以下略)のオルフェンは王国北部子爵家の次男で中肉中背銀髪蒼眼の十五歳。
三男のガインは小柄痩躯で銀髪緑眼の十三歳、オルフェンの実弟で本当に三男だそうだ。
オルフェンとガインの父親は、先の戦争で帰らぬ人となってしまったそうだ。リュート海で海賊に敗れたらしい。うーん、戦争の傷跡がこんなところにまで。
子爵家は長兄が無事継いだので、言い方は悪いけど長兄の予備だったオルフェンとガインはお役御免になってしまった。なので、家を出て騎士として身を立てることを目指し、王都へと向かったそうだ。
まぁ、家に残っても冷や飯食いでは肩身が狭いだろう。
マシューも似たようなもので、長兄が男爵家を継いだから家を出て騎士になろうと、騎士団の採用試験を受けることにしたそうだ。貴族にしては腰が低いなと思ったら、そういう事だったのか。
そして三人とも試験に落ち、気落ちしていたところで出会い、お互いの境遇に共感して仲良くなったのだそうな。そして、生きていくためにやむなく冒険者になったということだった。
現在騎士団は絶賛拡張中だから、入団するのは簡単なんじゃない? と思ったんだけど、実は貴族出身者の採用は逆に減っているんだそうだ。採用基準がかなり厳しくなったらしい。なんでも、以前からの悪習を払拭するためだとか。
あっ、それ、もしかしたら俺も関係してるかも? いや、俺が原因ってわけじゃないんだけど。
多分、旧ミノス領でのデブカッパ事件のせいだ。貴族出身騎士による国家反逆罪っていう大事件だったからな。アレのせいで、貴族出身騎士の質を見直す動きが出てきたんだろう。
それが騎士団改革と合わさって、より上質の貴族出身者しか採用しないって流れになったんだと思う。それが理由の全てじゃないだろうけど、それなりの割合を占めてるんじゃないかな?
地方とは言え、王国でも有数の商業都市出身のマシューは社交性がそこそこあったから、自然とリーダーポジションになったそうだ。確かに、地方出身者にしては物腰が洗練されている。
礼儀作法や言葉遣いはちょっと貴族っぽくない気がするけど、
「年金だけで生活する貧乏男爵家なんて、庶民と変わりませんよ。一応の教養として、読み書きとほんの少しの作法を学ぶくらいです。学園にだって通えてませんしね」
ということだそうだ。オルフェンとガインも頷いている。似た境遇らしい。
そんな三人だけど、登録した王都での冒険者活動はさっぱりだったらしい。
そもそも、王都近郊は魔物も少なくて平和だし、護衛依頼は信頼のある中級以上の冒険者じゃないと採用されない。
成りたて冒険者に出来る仕事なんて、報酬の低い街の掃除とか荷物の配達くらいしかなかったそうだ。
これでは生きていけないと、一念発起して向かったのが好景気に沸くここドルトンだったというわけだ。
うん、よくある話かもしれないけど、当事者が目の前にいると実感が湧く。同情しちゃいそうだ。
「
「あー、ごめんね。この街独自の理由もあって、ある程度実力と実績のある人じゃないとダメなんだ。騎士じゃなくて従者なら星ふたつから応募できるけどね」
「くっ、それでも星ふたつですか」
普通は、見習い(星無し)から初級(星ひとつ)に上がるのに半年から一年かかる。以降、星三つくらいまでは順調に上がるんだけど、それ以上は徐々に上がり難くなってくる。これは、冒険者ギルドの昇級基準が厳密なポイント制だからだ。
冒険者ギルドに掲示されている依頼には、冒険者には知らされない『貢献ポイント』が設定されていて、達成するとそれを獲得することができる。難しい依頼ほどポイントが高く、簡単な依頼はポイントが低い。
また、達成が早かったり丁寧だったりするとボーナスポイントが付き、逆に遅かったり稚拙だったりすると減点される。
この貢献ポイントが一定以上になると星が増えて昇級するんだけど、星が増えるに連れて必要なポイントも増えて行くので、次第に昇級しづらくなってくるというわけだ。
このシステムは、ある程度冒険者生活が長くなると気付くようになるんだけど、公表はされていないし必要なポイント数も開示されていない。職員に訊ねても答えてはくれない。俺が知ったのも、ドルトン支部の支配人になってからだ。
理由は、ポイント稼ぎに注力した結果、実力の伴わない冒険者に育ってしまう事を避けるためだとか。まぁ、そういう事ならしょうがないよな。
冒険者に成りたてだと護衛依頼がほとんど受けられないから、星は調達と討伐で得ることになる。
それぞれ星ひとつ獲得するのに半年から一年かかるとすると、星ふたつになるには概ね一年から二年必要になる計算だ。
今回の騎士団採用試験は六月末、約一か月後だ。とても間に合わない。
「まぁ、採用試験は定期的に行っていく予定だからさ。いずれ実績を積んでから挑戦するのもアリだと思うよ」
「そう、ですね。確かに今は実績がありませんし。地道に活動するのが一番の近道ですよね」
「そうそう。我が騎士団は有能な人材を待ってるよ」
土下座ブラザーズは揃って頷いている。領主からの直接の激励に、何か感じ入るものがあったのかもしれない。
「ちなみに、皆さんは今、星いくつなので?」
「んー、バジルたちは星三つになったんだっけ? 調達がふたつで討伐がひとつだったよね」
「はい、おととい、上がりました」
「「「おーっ」」」
土下座ブラザーズが揃って声を上げる。賞賛と羨望に、多少の嫉妬が混じってる感じか。まぁ、普通の反応だ。
バジルたちは主に大森林で
「で、僕が星十三個だね。討伐が六つで調達が五つ、護衛がふたつ。子供だから護衛依頼がなかなかできなくってさ。でも、調達はもうすぐ六つになりそうかな? ほぼ毎日お肉を納品してるからね」
「「「じゅ、十三!?」」」
毎朝の散歩で狩った獲物は、自分たちで食べる分以外は冒険者ギルドに納品している。猪人もイノシシの魔物も、サイズが大きいから食べ切れないんだよね。保存、熟成させるのは管理が難しいし。
なので、余った分は冒険者ギルドに納入してポイントに替えている。街の食料事情にも貢献出来て一石二鳥だ。
「か、格が違う……やっぱり超アニキって呼んでいいですか?」
「「よろしくお願いします、超アニキ!!」」
だからやめてってば! ビーム撃つよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます