第2話 同窓会居場所のありや草いきれ




 

 ナツオのもとに一通の葉書が届いたのは、旧盆も済んだ晩夏のことでした。

 避暑客が去った軽井沢のホテルで、高校の同窓会を開催するというのです。

 

 ――立食パーティの会費25,000円。

 

 さりげなく記された文字に、砂袋を呑み込まされたように胃が重くなりました。

 友人や後輩の結婚式で何度か訪れたことがある高級ホテルには妥当な金額ですし、正装で出席する同窓生たちにとっても、どうということのない出費でしょう。


 でも……。

 なんのうしろ盾もなくゼロから創業し、わが子のように大切に守ってきた会社を閉じたばかりのナツオにとって、その金額はあまりにも煌びやかに過ぎました。

 

 食器棚の引き出しに放り込んだまま返事を出さずにいると、当県随一の大企業の社長を務める友人(いわゆる出世頭というやつ)からメールが送られてきました。


 ――きみたちがどうしているか、みんな心配しているよ。


 ちぇっ、親切ごかしやがって、本当は酒の肴にしたいだけなんだろう。

 体調を理由に欠席の返信を送ったナツオは、ごろんと寝転がりました。



                👩


 

 子どもたちを連れて実家に帰っている妻もまた、同じ高校の同窓生でした。


 ――新聞部。


 強烈な西日が射し込む、狭くて乱雑な部室の蒸れた匂いがよみがえります。

 一年下の妻は、小柄で華奢で可憐で、新聞部の男子部員のマドンナでした。

 部長だったおれなんかと一緒にならなければ、有閑マダムでいられたのに。


 起業したタウン誌の編集や経理を担当し、目いっぱい働いてくれていた妻は、


 ――いいじゃない、またやり直せば。


 そう励ましてくれたのですが、ナツオはズブズブに壊れてしまっていたのです。


 昼間から酒を飲み、妻子に当たり散らし、自らの不甲斐なさを責める日々……。

 裕福な家に生まれた幸運から、家庭教師や塾の力で実力以上の学校へ進み、親のコネで大企業に就職して余裕綽々の人生を歩んでいる、自分とはなにもかも正反対の連中が羨ましくて、コップ酒を手に、口を極めて社会の不公正を罵る日々……。

 

 でも、天井を仰ぐ目を湿らせて、生まれてからいままでの来し方や、ぜいたくを極めるであろう同窓会の模様を思い描いているうちに、ナツオは気づいたのです。


 そうだ、おれにはあいつらがいる。

 なによりもたいせつなあいつらが!


 とそのとき、錆びついたアパートの階段を駆け上って来る足音が聞こえました。


 ――ただいま、おとうさん!


 ふたりの子どもたちの背後で、マドンナのまま年を重ねた妻が微笑んでいます。

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