第7話 起し絵の女となりて閉ぢられぬ


  

 

 

 江戸は八丁堀で常磐津の師匠をしている寿々菊さんは、それはもう抜けるような色白、肌のきれいな姐さんでございまして、粋筋の商売らしく婀娜(あだ)に襟を抜き、帯もしどけなく結んだ色っぽい姿で三味線を抱えて、ついと流し目を送って来られたりすると、それが目当ての男弟子の胸は早鐘のごとく打ち騒ぐのでした。

 

 そろそろ夏も果てようかという、ある夕さり。


 いつものように、上から下までつるつるの絹でしつらえた呉服問屋のひとり息子だの、生まれついたときから女に不自由しない水茶屋の道楽息子だの、生真面目なだけに思い詰めたらなにをするかわからない書物屋の跡取り息子だのが、なんとか己に師匠の目を向けさせようと視線バチバチの鍔迫り合いを繰り広げているとき、


 ――あれぇっ!


 悲鳴とともに寿々菊姐さんが紙のように薄っぺらになったかと思うと、床に穴でも開いているかのように、白足袋の足もとからぐいぐい吸いこまれていきます。

 そして、左右から起き上がってきた二枚の紙にぺったり挟まれ……それっきり。

 

 はい、さようでございます。

 競い合って恋慕していたのは、起し絵の、つまり幻の女だったのでございます。


 

      👘


 

 ちゃんちゃん、おしまい。


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