第63話 冷やかや窪地にのこる村の跡
初老のキクオの趣味のひとつは、車も入らないような門前町の小路の散歩です。
思いがけないところに小さな祠があったり、曰くありげな赤い鳥居の前で真っ白な猫が悠々と寝そべっていたり、銭湯の駐車場で猫と仔狸が仲よく遊んでいたり。
そのつど面白い発見があって、由来を記した案内板を読みながらあれこれ想像をめぐらすのは、ディーラーに勤めていたころは仕事ひと筋だったキクオにとって、長年憬れていた知的好奇心を満たしてくれる貴重なひとときになっているのです。
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ある秋の日、いつものように足の向くまま気の向くまま、自由に小路を歩きまわっていたキクオは、急坂を下った窪地の見慣れない案内板に目を惹かれました。
教育委員会が立てた標識とは明らかに異なり、小さな屋根が付けられています。
――パライソ村跡。
そこにはかつてパライソ(楽園)という名前の村落(といっても十数軒ですが)があったが、「オキツネさん」という憑き物がとり憑いたため廃村になった……。
いまはなんの変哲もなく見える静かな住宅地に、そんな歴史があったとは……。
キクオは思わず身震いして辺りを見まわしましたが、年季の入っていそうな平屋や二階建ての庭やテラスで、洗濯ものが風に揺れる平穏な日常があるだけでした。
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その足で図書館に寄り、郷土資料の市史を閲覧してみますと、かつてその場所に実験的な共同生活を営む集団が住んでいたという、数行の記述が見つかりました。
たしかに戦後の一時期、あの目立たない場所である試みが成されていたのです。
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それからのち、キクオはあの場所をもう一度訪ねようと何度か試みてきましたが、どこをどう辿ってもいまだにパライソ村跡に行き着くことはできていません。
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