第27話 風の神まつる祠や濃竜胆
その昔、高さを争った末に負けた富士山の女神が、腹いせに棒で叩いたので八つに分かれたと伝承される嶺のひとつの権現岳は、別名を風ノ三郎岳と申します。
その山麓に、諏訪湖の水煙を盛大に巻き上げては、どっとばかりに吹き降ろす、八ヶ岳颪の通り路になっている谷間の村があり、ときには家屋敷までさらっていく暴風(はやて)が荒れ狂わぬよう、村人たちが穏便な風送りを土地神に祈願する、その標章が「風の三郎」の石祠でございます。
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なんともせつないものでございますね、大雨や大雪、旱や冷夏のみならず、いつ起こるか予測がつかぬ大風にも懸命に祈りを捧げねばならぬ民百姓の暮らしとは。
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まことに仰せのとおりにございます。
しかるにその村のみではございませぬ。同じく八ヶ岳山麓に位置する甲斐清里、われらがこれから向かう諏訪湖の釜口水門を源流とする天竜川を隔てた伊那中川、それに、お国許では会津若松の大戸岳山麓にも「風の三郎」神社がございます。
海辺では海の神、山では山の神を畏れ敬いつつ、民百姓の暮らしが営まれておるのでございます。
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駒がひとつ進めば、あるいは将軍の後継を目されたかもしれない若僧・黄河幽清(家康の六男・松平忠輝の長男、伊達政宗の孫息子)が諏訪・高島城南之丸に幽閉されている父を訪ねる隠密旅の途次、八ヶ岳付近で付き添いの片倉小十郎(片倉家は諏訪大社大祝ゆかり)と交わした会話を、拙作『松平忠輝』から引用しました。
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