第9話 うつし世を立ち去りがたく秋蛍



 

 

 冬の訪れの早い諏訪湖畔には、枯れかけた葦がさびしげになびいています。

 このまま季節が進み、鴨や白鳥を迎えた湖水に氷が張る日も遠くなさそう。


 でも、湖面を染めていた夕日が沈んだころ、よく目を凝らしてみますと、

 行く秋を惜しむように、蛍が不定形な弧を描いているのが見えてきます。

 

 地元の古老たちは、この秋の蛍を、


 ――ただてるさま。


 ――よしちかさま。


 と呼んで、とても大切にしています。

 

 はい、さようでございます。

 湖水に突き出すように建てられた浮城、高島城南之丸に幽閉されたまま、二度と江戸に帰ることなく、不遇な生涯を終えられた松平忠輝さまと吉良義周さまのことでございまして、秋の蛍は、おふたりの無念の証しとされているのでございます。


 かたや東照大権現徳川家康の六男。

 かたや吉良上野介の孫にして養子。


 複雑な人事のもつれからご両名が負うことになった波乱の生涯についてご興味のある御仁は、拙作(長編ゆえ時間のあるときに)をご高覧いただければ幸甚にて。

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