第3話 ふつくらと十八歳の浴衣かな


 

 

 ――カシャッ!


 昆虫が羽を擦り合わせるようなシャッター音が、いまも耳の奥に残っています。


 あのころ、某カメラメーカーが大々的に売り出した廉価な一眼レフは、わが子の成長をひと味ちがう写真に残したいママさんたちの人気を呼び、ふたりの娘の母親であり、人一倍新しもの好きだったレンコもさっそく新商品に飛びついたのです。


 華々しいキャンペーンのキャッチフレーズどおり、素人にも操作が容易なうえ、要所にプロっぽさを配してユーザーの特別意識をくすぐるように工夫されており、とくにモノクロフィルムは光と影が微妙で、何ともイイ感じに仕上がるのでした。

 

 気に入りのカメラをいつも携行し、娘たちの成長の一瞬一瞬を写し取りました。


 長女が次女を抱っこしている場面、小さなスカートの膝をくっつけて何事か語り合っている場面、次女を乗せた橇を長女が曳いている場面、祭りの綿あめを持っている場面、保育園、小学校、中学、高校、大学の入学式や卒業式、サークル活動の記念写真やスナップ、ふたりして弟のように可愛がっていた黒犬との日常……。


               🌌


 こうして撮りためた写真のなかでも、レンコの胸にことさら鮮やかに刻印されているカットは、長女が高三、次女が中三の夏、お揃いの浴衣で並んだ一葉です。

 

               🌌

 

 シングルマザーの翅の下に懸命に庇護してきた雛鳥がつぎつぎに巣立ったあとで自律神経を病んだレンコは、大方の人生にありがちなプロセスを経て家庭を持った娘たちとは一線を画し、別の家族として、適度な距離を保つよう心がけています。


 そうしながらも、


 ――ふっくら。


 としか形容のしようがないお揃いの浴衣を、胸の一眼レフに温めているのです。

 

 

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