第18話 底紅や生き過ぎたとも足らぬとも



 

 

 数えで83歳。

 まあ、あの当時の女子としては、とびきり長生きの部類に入りましょうかのう。


 夫の秀吉をはじめ、ご主君の織田信長さま、夫とは腹を割った仲でいらした前田利家どの、秀吉生涯の宿敵となった徳川家康どの、子を持たぬわたくしが息子同然に育てた加藤清正どのや福島正則どの……近しい人たちをみな先に逝かせました。

 まして、義子の豊臣秀頼、甥の小早川秀秋らの、あまりに短すぎた命は……。


 

 

                  🏯


 

 

 秀吉の情や閨門の権勢をめぐり、いっときは烈しい憎しみと恨みを抱いたこともある淀殿が、一粒種の秀頼どのと共に大坂城で果てたのは48歳のときでございますから、その倍とは申さぬまでも、ずいぶん長く生き永らえたものでございます。


 ふふふ、ここだけの話でございますが。


 絶世の美女と謳われた生母のお市どのに生き写しと騒がれた淀殿も、秀吉に先立たれてからはずいぶんと肥えられましてのう、結果的に晩年となった数年などは、秀吉があんなにも恋い焦がれたお市どの譲りの色香はすっかり失せておりました。


 そこへいきますと、もともと、おへちゃ(笑)で通っておりましたわたくしは、老いてもおへちゃのままでございましたから、豊臣家の正室だったわたくしを広いお心で遇してくださった家康どのなどは、むしろ、愛嬌があるとお褒めくださったのでございます。本当に人生、どこでどう転ぶかわからないものでございますね。

 

 

                 ✉

 

 

 え、その昔、信長さまからわたくしに賜った書状のことでございますか?

 いやでございますよ、そんな若いころのことを、いまさら持ち出されて。

 でも、まあ、せっかくでございますから、ほんの少しばかりご紹介を。


 

 ――それのみめふり、かたちまて、いつそやみまいらせ候折ふしよりハ、十の物、廿ほともみあけ候。これよりいこは、みもちをようくわいになし、いかにも、かみさまなりにおもおもしく、りんきなとにたち入候てハ、そかるへからす候。


 

 つまり、何でございます、以前にわたくしにお会いになったときよりも、十倍も美しゅうなっていたことに驚いた、ついては藤吉郎のいちいちに動揺せず、上様(正室)として重々しくかまえ、嫉妬してはいけない、との仰せでございまして。


 女子と見れば見境なく目尻を下げる秀吉の行状を堪えかねたわたくしが、よほどの愚痴を書き送ったのでございましょうね。まことにお恥ずかしゅうございます。


 

 

                  👘


 

 

 話をもどしましょうか。


 ですから、たしかに当時としては長生きではございましたが、わたくし自身は、もう十分という気持ちと、いえいえ、どうせなら、もう少し生き延びて、二代秀忠さまに次ぐ三代家光さまの御代の行く末を見物させてもらうのもまた一興であったやも知れぬと、清楚な純白と妖艶な深紅と、美しい矛盾をはらむ底紅の花をながめながら、戦国の世を咲き競った女たちの一生に思いを馳せてみるのでございます。

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