第54話 犬の忌やけーんけーんと秋の声

 

 

 

 

 

 10月25日の雨はどしゃどしゃ固まって、容赦なくワイパーを急き立てます。

 刻一刻、助手席の犬の発作は激しくなり、呼吸のできない苦しさに喘ぎながら、若いころは格好いいねと称賛された長い四肢を、けんめいに宙に泳がせています。


 

 ――がんばって、もう少しで病院に着くからね!


 

 右手でハンドルを握り、左手で犬を撫でながら、レンコは励ましつづけました。

 でも、最短の近道と思った川沿いの道路は、夕方の時間帯と雨による大渋滞で、前に並んだ車のブレーキランプが、道なりに蛇行しながら延々と連なっています。

 電話しておいた動物病院はすぐそこなのに、なんとしても動いてくれません。


 

 

                 ⛆ 


 

 

 無情に連なる赤い尾燈がますますぼやけていくのが、いっそう激しさを増した雨のせいなのか、それとも、ひっきりなしの涙のせいなのかわからなくなったとき、

 


 ――けーん!

  


 身も世もなく喘いでいた犬が、たったひと声、乾いた声で鳴きました。


 動き出した前の車に気をとられていたレンコが、はっとして助手席を見やると、とつぜん静かになった犬の首はがっくり垂れて、すべての力を失っていました。

 長くて黒い四肢も、椅子からずり落ちそうなほどゆるゆると弛緩しています。


 ついさっきまであんなに苦しんでいたのが嘘のように、うれしいときの笑みにも似た穏やかな表情が、老いてなおハンサムなままの犬の顔中に広がっていきます。


 それはまるで、「かあさん、ありがとう、とても楽しい犬生だったよ。ごめん、ぼく、少し先に逝って待っているからね」そう言ってくれているみたいで……。


 

 

                 🐕

 


 

 享年16。

 生後3か月から育てた愛し子は、遅ればせに到着した動物病院が用意してくれた白い棺に黒い肢体を横たえ、やさしい色をした秋の花々に囲まれて旅立ちました。


 

 

                🌺

 

 


 それから10年。

 カサコソ鳴る小さな骨になった犬は、レンコのバッグの中で、いつも一緒です。

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