第37話 金色の雲の耀ふ夕花野




  

 散歩コースには、稲田と刈田、蕎麦畑にはさまれ、広大な花野があります。

 原色の多い夏とちがい、秋の草花には淡い色彩をしたものが多いようです。


 薄くて可憐で儚げな花びらたちが、かすかな風にいっせいになびくと、西の連山のふもとに向かって、水色や薄紅色のさざ波がさあっと押し寄せて行くようです。


 それはまるで異界に通じる陸の道であり、川の道、海の道でもあるようで。

 信仰とは縁の薄いアユミも、つい足を止めて、その情景を眺めやるのです。

 


 

                ⚘

 


 

 ついさっきまでの夕焼け空を何層かに重なった雲が隠し始めたと思う間もなく、分厚い雲の隙間から一条の金色の光が射しこみ、大花野を黄金に染めていきます。


  

 ――あの、「耀ふ」って、どういう意味ですか?


 

 ふっと自分の声がよみがえりました。

 俳句を学び始めたアユミに贈ってくださった自句集の、帯巻きのフレーズの意味を率直に訊ねると、何分の一秒かの間のあとで、簡潔な答えが返ってきました。


 

 ――キラキラ光っていること。


 

 その恩ある先輩(と言ってもかなり年下)が、夏と秋の間にぽっかり空いた魔界に吸いこまれるように、とつぜんイエスの膝下に召されてしまうとは……。(;_;)



 

                ⛅

 


 

 ――いままでいろいろあったけど、いまが一番幸せ。


 

 いつでしたか句会の席でふと漏らされた述懐が、荘厳に煌めきつづける雲の隙間から聞こえて来そう。アユミは黄金の天と地の間に呆然と立ち尽くしていました。

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