第80話 片方の折れて人待つブーツかな


 

 

 

 

 連日グラフが伸び続けている東京都のコロナ感染警戒レベルが最高ランクに引き上げられたそうで、ニュースやワイドショーではその話題で持ちきりのようです。


 ですが、まだ夏の盛りのころから、かかりつけの心療内科の先生に、

 

 ――いまは低くても、晩秋には相当な数字になるというのがわれわれの共通認識です。とくに呼吸発作の前歴があるあなたは、Go Toなどはもってのほかですよ。

 

 きびしく警告されていましたし、地域医療を担う中核病院の内科医長夫人の友人からも同じことを言われていたので、比較的、冷静に受け留めているケイコです。

 

 

                ☆彡

 

 

 それにつけても、なつかしく思い出すのは、むかしお会いした女性医師のこと。


 かつて保護犬活動の取材をしているとき、保護団体から紹介された保健所長室を訪ねてみると、作業衣に長靴履きの男性職員の陣頭指揮を執っていらしたのは、ほっそり華奢で小柄、それまで会ったこともないほど美しい女性医師でした。


 ケイコより二まわりほど上の大先輩でしたが、なぜか初対面からウマが合って、仕事が済んでからも、プライベートで手紙やメールでの交流が続いていました。

 

 

                 🌊

 

 

 その女性医師が、定年退職を機に自宅を処分し、九州の離島に移住して地域医療に当たりながら、島の子どもたちのためのボランティア活動を始めると聞いたときは驚きましたが、嫋々たる見かけと異なり芯の強い方でしたから心底納得でした。


 時間がもどりますが、ある真冬の日の午後、「これから県庁で会議があるの」と大急ぎで地味な保健所長の上着を脱いで、パープル系の上品なコートを羽織られ、細身のブーツを履いてエレベーターに乗った、あの場面がいまも忘れられません。


 温暖な地方ではブーツの出番はないかもしれないし、ブーツを履かれる年齢ではないかもしれないと思いながら、もう歳だからと年賀状の交流もなくなったいまも心から尊敬申し上げる、聡明で美しかった先生のご多幸をお祈りするケイコです。

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