第70話 冬麗や遠き町まで弓買ひに

 

 

 

 

 姉と同じ高校に合格したヒメカが、入学式の前から部活動を弓道部に決めていたのは、幼いころから尊敬してやまない姉もまた、同校の弓道部員だったからです。


 3つ上の姉とは重なりませんでしたが、

 

 ――ミチカ副部長の妹。

 

 として最初から歓迎してもらいました。

 

 

                ❀

 

 

 ただ、いつも元気溌剌な姉とちがい、妹のヒメカは小柄で華奢なタイプなので、腕の内側に青痣をつくるまで練習しても、思うように弓を引くことができません。


 他校へ遠征試合に出かけるときも、片手運転で自転車を操りながら長い弓を運ぶのは容易ではありませんし、チームプレーの成績にも、なかなか貢献できません。


 いつしかヒメカは、みんなの迷惑にならないように足を引っ張らないようにと、そのことばかり気にするようになり、オズオズと引っ込み思案になっていました。

 

 

                🍃

 

 

 季節が冬に入ったある日、せめてもと道場の後片付けをしているヒメカに、

 

 ――ねえヒメカ、今度の日曜日、みんなで弓を買いに行かない?

 

 日頃から気にかけてくれている、やさしい女子部員から声がかかりました。

 雑巾の手を止めふり返ると、男女の部員たちが笑顔を向けてくれています。

 どっと湧き出た涙を悟られないよう下を向いたヒメカは小声で答えました。

 

 ――うん、行く、行く。

 

 本当は「ありがとう、みんな」と言いたかったのですが、それ以上無理でした。

 

 

                🚃



 週末、県内で1店しかない遠くの町の弓道具専門店まで、白い胴着に紺袴で統一した十数名の男女部員が電車に乗って出かけて行くすがたが見られそうです。✨

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る