第14話 通過せる電車のアニメ秋の雲
赤い橋梁を渡ってくる二両編成のローカル線を川岸で待ち構えていたユタカは、三脚に据えた望遠レンズを覗き、素早い速度でシャッターを押しつづけます。
西山のふもとの終着駅に向かう電車には、サラッとした髪をなびかせながら爽やかにほほ笑む可愛らしい女子高生のアニメが描かれており、メインのキャラクターをカメラアングルのどこに配置するか、それが「撮り鉄」の腕の見せどころです。
顔なじみの運転手さんが白手袋の手を振ってくれました。
一心にレンズを覗いているユタカも左手だけで応えます。
たとえヲタクと呼ばれようと、父親ゆずりの鉄ちゃんにとっては堪らない瞬間!
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遠ざかって行く電車を見送りながら、ユタカはいつもの「あれ」を思いました。
旅行雑誌の記者兼編集者だった父は、かつて、
――草軽電鉄。
の痕跡をめぐる取材をしたことがありました。
長野県の軽井沢と群馬県の草津を結ぶ一両だけの電車で、避暑客や地元の人たちを乗せ、走行中に飛び降りて草花を摘み、また飛び乗れるほどのんびりした速度で走っていたそうですが、時代の波というやつに抗しきれず、1962(昭和37)年に廃線となりました。
当時の職員のOBOG会が開かれると聞いた父は草津温泉の会場へ取材に行き、ビール瓶を片手にお酌してまわりながら、貴重なエピソードを聞かせてもらったと、緩和ケア病棟のベッドに横たわった姿で、なつかしそうに話してくれました。
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当時の運転手は花形だったので、停車場や踏切に若い女性が待ち受けていた。
粋なファッションの花売り娘が、籠にお菓子や花を入れて車内を売り歩いた。
ある夕暮れどき、時計の行商の父子が乗車してきたことがあり、電車がカーブを曲がるたびに、3歳ぐらいの息子が「お月さまが付いて来る」とよろこんでいた。
🌙
三脚を片付けながら、ユタカがふと見上げた青空に、うっすらと白い昼の半月。
――おやじ、おれなりに精いっぱい生きているよ。
ユタカは胸の中で、息子の行く末を案じながら逝った父親に語りかけました。
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