第39話 飛翔せる鳥の目刈田遠ざける




 

 

 ――応募者が半生を賭した作品を審議するんです、お酒はあとにしませんか? 

 

  

 勇気を出した提言は退けられ、ユミエは10年務めた選考委員を辞任しました。


 毎年、全国各地や海外から千数百編の応募がある随筆を対象にした地方文学賞。

 第一次選考で地元の文芸サークルの人たちが選んだ数十編を前に、まずはビールの栓を空ける。古いタイプの作家たちにはそれが当たり前だったみたいで。(汗)


 明治の作家ゆかりの宿の卓上に空の瓶が増えるにつれ、ウーロン茶のユミエ以外の男女3人の舌鋒は辛辣度を増し、それぞれが口を極めて自分が推さない作品への批判合戦が始まる。そのうえ、閉めきった和室での受動喫煙、これまた当たり前。

 長年のならぬ堪忍するが堪忍に、ついにピリオドを打つことにしたのでした。


 任期中の辞任という、きわめて外聞のわるい事態を回避したかったのでしょう、行政の事務局からは翻意を促されましたが、あのメンバーの一員で居つづける気はまったくなかったので、「一身上の都合で」とだけ記した辞任届を郵送しました。


 

 

                 ✪

 

 


 飛翔した鳥の目から見下ろす刈田は、一面の枯葉色の広がりに見えるでしょう。

 そこに棲息している昆虫や田螺、害虫や毒虫、地という狭い世界でもがいている有象無象、むろん、益虫や善意の虫たちも、なにもかもが同色に塗りこめられて。

 頑なを責められたあのときの選択を、ユミエはいまでも誇らしく思っています。



 

                 📚


 

 

  たしか『忍ぶ川』の芥川賞作家・三浦哲郎さんだったと思います。

 

 

 ――声の大きい委員がどんと机を叩いて決する、そんな選考会は拒否する。

 

 

 任期中の芥川賞選考委員の辞任理由を、そう語られたように記憶していますが、残念ながら、時代は進んでも伝統的な文化の土壌はそうは変容しませんから、その手のことは現在も残っているんだろうな、恣意と忖度が罷り通る芸術の世界では。

 わずかな自分の体験も踏まえ、ユミエはひそかに思っています。( `ー´)ノ

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