Haiku物語 🍃
上月くるを
VOL.1
第1話 八月や I was born 呟ける
ハルキくんのおかあさんは、たったひとりでハルキくんを産みました。
それでも、古アパートの狭い部屋でなんとか育てようとしたのですが、昼も夜も泣いてばかりの赤ちゃんと一緒に自分も泣き出してしまう、そんな幼さでした。
助けてくれる両親も親戚も友人もいないおかあさんは、ある春の朝、ついに思い余って、乳児院の門の前に、毛布にくるんだハルキくんを置き去りにしました。
桜が七分咲きのころで、ハルキくんの名前は院長先生がつけてくれました。
ですからハルキくんは、ほかの子たちと同様に、おかあさんの顔を知りません。
乳児院の保育士さんや看護師さんたちがかわりばんこにハルキくんのおかあさんになってくれたので、そうさびしくはありませんでしたが、物心がつくようになると、なぜ本当のおかあさんがいないのだろうと、ふしぎに思うようになりました。
心からの安心感がないせいでしょう、乳児院の子どもたちは物音に敏感です。
雨の音、風の音、少しカーテンが揺れただけで、全員が大泣きしてしまいます。
訪問者にも耳ざとく、だれかに面会があると、赤ちゃんたちはハイハイしたり、ヨチヨチ歩きしたり、発達段階に応じた方法でいっせいにお客さんに突進し、幼いなりに精いっぱいの笑顔をふりまいて、われ先に抱っこしてもらおうとします。
👶 🎆
本当のおかあさんに会えないまま、何度目かの夏が通り過ぎようとしています。
――八月は命の月なの。戦争で亡くなった人たちの魂が帰って来るのよ。
おかあさんのひとりがそう言って、テレビの打ち上げ花火を見せてくれました。
――いいな、魂さんたちには帰る家があって。
そう思いましたが、ハルキくんは黙っていました。
けれども、本当はこうも訊いてみたかったのです。
――ぼく、生まれてきてよかったの?
けれども、その問いに答えられる大人は、いまのところひとりもいません。
なぜって……。
大人たちもそれぞれの事情を抱え、なみだを堪えて生きているのですから。
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