第50話 司法書士事務所の桜紅葉かな
いわゆる就職氷河期世代は別名団塊ジュニアとも呼ばれ、その親たちと同様に、生まれたときから過当な競争社会に生きる宿命に甘んじざるを得ませんでした。
ニート、パラサイト、引き籠り……憲法に保障されているはずの公平や平等の概念の代わりに、人情のかけらもない、冷たい蔑称が彼ら彼女らに与えられました。
そんな風潮にさらに追い打ちをかけたのが、稼がない者は国民ではない、生きていく値打ちもないと言わんばかりの、太平洋戦争下さながらの冷酷な標語でした。
――イチオクソウナントカ。
内実は、改憲までの時間稼ぎを最大の目標とする長期政権が、戦後の経済界をリードしてきた役目が終わり、新たな存在意義を見い出そうとしている経産省官僚に「国民の目を一方向に向けるキャッチフレーズを」と命じて出来た代物ですが。
かくて、利害の一致する政治家や官僚の目論見どおり、確かな思考軸を持たない世論はいとも易く傾いてくれ、たまたまそういう時代の巡り合わせに生まれたというに過ぎないのに高い求人倍率に恵まれた下の世代からも蔑まれ、疎んじられる。
🍃
今年40歳を迎えたコウタもまた、そんな不運な時代の申し子のひとりでした。
ご多分に漏れず過当な就職活動の中で悪戦苦闘し、ようやく入社できたのは天下御免のブラック企業で……それからは転職、転職の繰り返しとなりましたが、いまから3年前、一念発起したコウタはプラチナ資格へのチャレンジを決めたのです。
――法学部の出身でもないのに、司法書士資格の取得なんて無理だよ。
みんなからそう言われながらも、1日十数時間の猛勉強の結果、稀有な一発合格を決め、次いで簡裁認定(簡易裁判所認定司法書士)の資格も取り、先輩の事務所で2年間修業させてもらって、ようやく自分の事務所の開設に漕ぎつけたのです。
――困っている人の役に立ちたい。
それが苦労経験だけは豊富な簡易裁判所認定司法書士・コウタの目標です。
🌸
かつての司法書士事務所は弁護士事務所と同様、利便性に配慮して法務局の周辺と決まっていましたが、車での移動がふつうになった現在は郊外型が増えました。
高台の住宅地に念願の事務所を開いたコウタは、記念に染井吉野を植えました。
事業も軌道に乗ってきた今秋を、ひときわ美しい桜紅葉が飾ってくれています。
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