第45話 夕さりのお猿のかごや木の実雨




 

 

 穏やかに過ぎた秋の夕方、オーディオのチャンネルをCDからFMラジオに切り替えたとき、久しく聴いたことがなかった楽曲がヤエコの耳に飛びこんできました。


 

♪ エッサ エッサ エッサホイ サッサ

  お猿のかごやだ ホイサッサ

  日暮れの山道 細い道

  小田原提灯ぶらさげて ソレ

  ヤットコ ドッコイ ホイサッサ

  ホーイ ホイホイ ホイサッサ


 

 仕事の現役時代、ヤエコは作詞の山上武夫さんに取材したことがあったのです。

 亡くなる数年前のことで、同郷の作曲家・海沼実さんとのコンビで大ヒットを生み出したエピソードを詳らかに語ってくださった場面が鮮やかによみがえります。


 あれからたくさんの時間が流れ、当時はまだ数少ない女性記者だったヤエコはとっくに定年退職して、現在は週に2日、デイサービスのお世話になっています。


 戦後の復興の鼓舞に少なからず寄与したはずの唱歌と呼ばれる音楽ジャンル自体が忘れ去られようとしている、その事実にヤエコはあらためて胸を衝かれました。

 


 ――仕方ないわよね、変わらないものは何ひとつないのだもの。


 

 何十年も愛用してきた揺り椅子にゆったり身体をあずけ、音羽ゆりかご会の歌声に耳を傾けながら、ヤエコは時代の変容を飄々と受け入れなければと思いました。

 


 ――痩せても枯れてもジャーナリストの端くれなんですもの、わたし。

 


 そう呟くヤエコの頬が濡れて見えるのは、小窓から入る光線の加減でしょうか。

 

 

                       

                 🐒

 

 


 物悲しくも軽快なメロディは、ヤエコが一番好きな二番に差しかかりました。

 


 ♪ お客はおしゃれの こん狐

   つんとすまして 乗っている

 


 ちょこなんと座った狐の小むすめを乗せて、日暮れの峠道を急ぐ猿たちの様子が目に見えるようで、ヤエコはこの一節にこそ詩人・山上武夫を感じていたのです。


 

 

                 👘


 

 

 気づけば秋の日はとっぷりと暮れ、膝掛の腿を冷気が這い上がってきています。

 ゆっくりと立ち上がったヤエコは、左脚を庇いながらキッチンへ向かいました。


 今夜の献立は、卵入りのおじや、具だくさん味噌汁、それに林檎をひとかけら。

 ささやかな水音を立てながら、いつしかヤエコは狐の小むすめになっています。


 参考文献:reportage神津良子『お猿のかごや』(2004年 郷土出版社)

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