第46話 飛びながら流さるる鳥初あらし



 

 

 地声も体格も態度も大きい上司から威圧的な言動を受け続けている事務員さん、ノルマを達成できない営業マン、半年ごとに契約更新される非正規雇用の行政職員、患者やスタッフとの関係に悩む医療関係者、介護に疲弊している主婦……。


 来店されるお客さまは、多かれ少なかれ心身に病む部分を持っておられますが、それが足裏に噴き出ていて、ここと見当を付けた箇所をじんわり押してさしあげると、みなさん一様に顔をしかめたり、「うっ」と苦悶の声を発したりなさいます。


 最初の衝撃が去って弛緩に変わると、たいていの方はうとうと眠り始めます。

 怖い夢でも見ているのか身体をびくっとさせたり、悲鳴をあげたりする方も。


 大型スーパー1階のテナント「足つぼのやまだ」で働く施術師のクミコは、そのつど、この方はどんな重荷を背負っていらっしゃるのだろうと悲しくなるのです。

 

 

                 👣

 

 

 台風が近づいている今朝、通勤車の中から見た空の情景がよみがえります。

 一羽の鳥が風に抗って飛びながら、でも、やっぱり少しずつ流されていく。


 それは矛盾に満ちた現代社会の混沌から抜け出せない人間の姿さながらであり、自律神経を病んで以来、抗不安剤が手放せないクミコ自身でもあるようで……。

 

 

                 ☁

 

 

 契約の30分か60分かが近づいて、膝に手を当て「お客さま……」そっと揺り起こすと、みなさん一様に熟睡していたことにまず驚き、ついで身体が軽くなったと笑顔を見せつつ、来店時とは別人のような軽やかな足どりで帰って行かれます。

 

 ――お客さまの苦痛を少しでもやわらげてさしあげることができた。

 

 小さな喜びが、綱渡りのようなクミコの日々を珠になって繋いでくれています。

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