第78話 枯蔦や結社めきたる土蔵カフェ


 

 

 

 

 ブレンドにトースト半切れ&ゆで卵1個で410円というお手頃価格のせいか、近所の珈琲店は8割の客入りでしたが、運よくムネオは窓際席を確保できました。


 むかしの土蔵をリニューアルしたとは思えないほど明るく、採光がよく、大きなガラス窓の外に木製のテラスがあり、植栽に枯蔦が絡んでなんともイイ感じです。


 朝食用の野菜を取り出したところで気が変わり、敢えてルーティンを崩そうと来てみたのですが、自分のように時間を持て余している年寄りはともかく、スマホの操作に余念のない出勤前の男女や、早くも朝のミーティングらしい若い人たちの間に身を置いてみると、思いきって出て来て正解だったな、ほっと息をつきました。


 世間さまの大方は通学や出勤の準備で慌ただしい朝のひとときに、見ず知らずの人びとが三々五々集まって来る秘密結社めいた雰囲気も勝手に感じてみたりして。

 

 

                 ☕

 

 

 かつて5人家族だったのがうそのように、息子や娘が独立し、ついでに女房も「あたしも卒業させてもらうわ、あなたの奥さん」と出て行き、急にひとり暮らしになったムツオは、朝、泣き出したいような寂寥感に駆られることがあります。


 我慢していたら呼吸発作におそわれ、心療内科でうつ病の診断を受けました。

 以来、兆候を感じると、自分で予防の手立てを講じることにしているのです。

 

 ――幸福の最中にいるときは気づかないんだよな、無常というやつに。

 

 同じ店内に身を置きながらも各自の世界に浸っている老若男女を観察しながら、仕事仕事に明け暮れ、子育てや地域の付き合いなどは女房任せで当然と思っていた若い日の自分を顧みましたが、後悔しても、いまさらどうしようもありません。


 現役時代、余生をどう生きるかがこれほどの難題とは思ってもみなかったのですが、仕事以外の友人をつくってこなかったので、だれに相談のしようもなく……。

 ですが、こうしていても、だれかが手を差し伸べてくれるわけではありません。


 よし、今日あたり、市の広報に紹介されていたボランティアセンターに相談に行ってみようと思い決めたムネオは、意外に軽い足取りでレジに向かいました。

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