第8話、時は流れ……

 

 『金剛壁』の中腹にある大きな門から出て、朝日を浴びる。


 シャコシャコと、お手製の歯ブラシと歯磨き粉で歯を磨きながら日の出を拝む。


 渓谷けいこくを通り抜けてさわやかに吹き付ける風を感じつつ、滝の水をコップに注いで口をゆすぐ。


「――ぺっ。……ふぅ、我が魔王城は絶景ポイントですなぁ……」


 我が家のある金剛壁中央を挟むようにして流れ落ちる滝には、虹が。


 目の前には神秘的な河と崖と森のコントラスト。


 いずれ観光スポットになるかも知れない。


「……」


 あれから、数年が経った。


 色々な事があった。


 勇者の元から帰って、俺はまず働き方を見直した。


 修行よりも先に寝床である魔王城の建築を急ぐ為、食事などの最低限の時間以外は工事にてっした。


 1日22時間の工事で、みるみる立派な魔王城を作っていった。


 もちろん次々と問題点も出てきた。


 清らかな水を城の内部へ通す為に、今まで以上の速度で壁を掘らなければならない。


 そこで、あの黒翼の男の魔力操作を参考にした新たな魔力凝縮法でどんどん壁を掘り進めて水道を引いた。


 真っ平らな床や壁、天井を作るには、拳や蹴りでは難しい。


 その為、持ち帰ったやたらと斬れ味のいい途轍とてつもなく頑丈がんじょうな剣を使って、床や壁などをシャリシャリシャリシャリと磨いた。


 更に、決戦に相応しい荘厳な雰囲気の黒っぽい『魔王の間』を作り、玉座を作った。


 王都へスケッチをしに行って、ライト王の玉座を参考に3倍は立派なものを作ったのだ。


 その一つ下の階には自室と工房を作り、魔王の間の上の階には勇者パーティが傷を癒す為の部屋を6つ。一人一人にゆったりとくつろいで欲しかったので、ベッドやデスクの付いた広々とした部屋を用意しておいた。


 置物も欲しかったのでウチの里で唯一の陶芸家に弟子入りしたり、宝箱に装備も隠したかったので鍛冶屋に弟子入りしたりもした。


 それ以外にも、大浴場を作ったり、カジノルームを作ったりと、実に多くの事を経験した。


 そうしてやっと先日、一先ずの完成を見たのだ。


「温泉の源泉を見つけるの、大変だったなぁ……」


 とんでもない達成感を胸に、美しい朝日を眺める。


「……」


 さて、今日からは何しようか。



 …………………………ハッ!





 ♢♢♢





 ある晴れた日の昼。


 王都から離れたライト王国最南の街、『ストゥート』。


 ショーク伯爵の治めるこの街は作物の収穫量が多く、非常に豊かな土地柄で有名である。


 建築物や道も整備され、清潔感のあるカラフルな街並みを見に、各地から観光客が集まる程なのだ。


「――ハクト。こっちだよっ。早く来てよ」

「ま、待てよ、エリカ。荷物が多いんだからさ。お前の分もあるんだぞっ」


 ヨタヨタと2つの大きな鞄を持って歩く茶髪・・の少年を、花が咲いたような笑顔の美少女が呼ぶ。


 長距離移動の為の馬車から降りたばかりで、周囲の他の客達は未だ動けずに座り込んで、腰を撫でたりと疲労を隠せずにいる。


「お婆ちゃん達っ、みんなっ、身体には気を付けてねっ!」


 石畳みを弾むように歩いていた鮮やかなオレンジ色の髪の少女が、手を振りながら長旅で一緒だった者達へと言葉を送る。


 すると、皆疲れを感じつつも笑顔となって手を振り返す。強面こわもての護衛達まで一緒になって笑顔でホンワカとしていた。


 少女の持つ独特の明るく人懐っこい雰囲気に、周囲の者達まで穏やかな気分へと変わっていくのだ。


「じゃあねぇ〜っ!」

「待てって!」


 そして、少女はマイペースにストゥートの街の内部へと鼻歌交じりに歩いていき、細身ながらも筋肉の付いた体付きの少年が、その後を付いていく。



 ♢♢♢



「それにしても、……案外気付かれないもんなんだな。お前に見惚れてる奴はいるのに」

「姉様が凄すぎるからね。私程じゃないだろうけど、多分兄様でもそこまで気付かれないと思うよ?」

「……まぁ、セレス様は……そうだろうな」


 宿屋へ荷物を預けて身軽になった少年が訊ねると、姉との認知度の違いをさして気にするでもなく、むしろ誇らしげに語る。


 ライト王国第2王女、エリカ・ライトである。


 愛らしく整った顔立ちとその人当たりのいい性格で、姉に次いで非常に評判の良い王女だ。


「……はぁ〜。……ハクトが姉様の事を好きなのは知ってるけど。何回も言うけど、一応私が婚約者なんだよ?」


 ハクトのセレスティアを思い出しているであろう横顔を見て、ついつい口を出してしまう。


 王族として恋愛感情とは関係なく結ばれた婚約でも、失礼だなくらいには思うのだ。


「い、いやオレは別に……そんな、恐れ多い……」

「それに姉様は、大陸のほとんどの男達と争うようなものだから諦めた方がいいんじゃない? ……ホントは幼馴染の恋は応援してあげたいんだけど……」


 あれから更に美しく育ったセレスティアの評判は大陸を越える程で、求婚や婚約の話も至る所から無数に届いている。


「……」

「……まっ、学園に通うようになったら嫌でも分かると思うよ? 凄い人気らしいもん。それより……今から大事なお仕事なんだから集中してよっ」

「わ、悪い……」


 パンと軽く背を叩くエリカに、素直に謝るハクト。


「視察って言っても街の様子と領主の仕事振りを見るだけでいいらしいけど、やるからにはきちんとやるよ!」

「……わざわざお前がやるような事か?」

「父様も姉様も仕事が山積みなんだから、私だって手伝わないとね。ほら行くよ!」


 長旅の疲れを一切感じさせないエリカに無意識のうちに嘆息を漏らすハクト。


 そんなハクトを知ってか知らずか、一層力強く彼の手を引き、この街を取り仕切る領主の館へと向かった。



 ♢♢♢



「――ブヒャーッハッハ! そうですかそうですか。姫様自ら視察を。それは素晴らしい事でございます。こちらにご滞在中、このシーリーめに何なりとお申し付けください。何不自由ない観光をお約束しますぞ?」


 公爵の屋敷とも見紛う豪邸の一室で、テーブルで向かい合い、満面の笑みで会話する“シーリー・ショーク”伯爵。


 笑う度に、頰の贅肉ぜいにくが揺れている。


 伯爵の中でもトップクラスの権力と財力を持つ中年独身貴族で、メタボリック上等の肉体と過剰なまでのアクセサリーが特徴的な男だ。


「むっ。観光じゃなくて視察だよ!」

「こ、これは失礼いたしました。何卒ご容赦ください。……あぁ、そうだ。1つだけ……1つだけご注意していただきたい事が」

「うん? 何かな?」


 急に真剣な表情となったシーリーに、香り立つ高価な紅茶を優雅に飲んでいたエリカも真面目に耳を傾ける。


「……実は、最近この街には『ハンサムアーチャー』と名乗る盗賊が出没しておりまして、義賊だなどとホラを吹いてあちこちから高価な金品を奪って回っているのです」

「えっ、そうなの?」

「……」


 このストゥートはここら一帯で最も大きな街で、数多くの有名店がのきを連ねている。


 王がエリカにここを任せたのも、街自体が発展していて尚且つ領主の悪い噂が聞こえて来ないからであった。


 故に、


「……詳しく、聞かせてくれるかな」


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