第11章、新たな二強と《大公の玉座》編
第235話、出張の嵐
特別な作戦が実行されようとしている。しかもこの度は、王族が二人して敵陣に乗り込まなければならない。
同行する護衛も極小数。加えてライト王国の最重要人物に挙げられる一人も同行するという。
秘密裏に王都を立ち、目的の物資を奪還しなければならない。
「……えっ!?」
ライト学園に通う男爵家令嬢が驚きに声を上げ、慌てて道を開けて頭を下げる。
「気にする必要はない。妹の成績の事で講師と話をしに来ただけだ」
「は、はいっ……!」
妹のエリカを連れたアルトが、何年か振りの学園を行く。
長い歴史も栄華に彩られるライト王国にあって、既に騎士団を率いるアルトには、羨望と崇敬の眼差しが多く集まる。
「帰って来たらしいよ。どの面を下げてなのか、有給乱舞を終えて帰って来たらしいよ。とうとう、あいつも潮時だね」
「口に気を付けるんだ。そのような物言いをされれば、相手がたとえ王族と言えども反発したくもなるものだ。気骨ある武人なら尚更にな」
「兄様も会えばそんなこと言ってられないけどね。もう会わす前から分かるんだもん。もしかしたら、挨拶する前に化けの皮が剥がれちゃうかも」
次々と学園生や教官達に畏れ敬われながらも、二人はぞろぞろと護衛する騎士を連れてサロンへ向かう。
するとどうした事か、サロンから生み出されるものとは思えない金切り音が、微かに耳に届いた。
「……何か聴こえるけど、こういう時は大体あいつなんだよね」
「…………」
不思議そうに首を傾げるアルトを他所に、エリカは反射的に真相へと辿り着く。
「ッ〜〜〜〜〜!!」
間髪入れずサロンの受け付けから、怒髪天を突く班長が矢の如く飛び出した。地獄耳でサロンに相応しからぬ物音を察知し、鬼の剣幕で突っ走る。
「私も行くよっ!」
「……やれやれ」
班長に続いて駆け出したお転婆を見届けて、アルトもその後を追う。
「――グラス君ッ!!」
飛び込んだ班長が男のサロンを見渡して、奇怪な音の発生源を探す。
「……班長、またですか。いい加減にしてください……」
「それはっ……それはこちらの台詞だろうが、キミぃっ!」
脚を組んで岩の椅子に座り、ゆったりと読書するグラス。本から視線を上げ、息巻く班長へと嘆息して言うも、憤然たる思いを抱く彼は断固として言う。
「被害者面は止めたまえ! いったい何をしているのかねっ!? 今朝から生徒様方がいらっしゃらないタイミングで、耳障りな音をがなり立てているではないかっ!!」
「……どうやって? だから証拠を見せてくださいと、さっきから言っているでしょう?」
栞を差して本を閉じ、呆れ顔で告げられた。
「ぬぐっ、ぬぐぐ……」
「うぬぅ、むむむ……」
いつの間にか隣で唸るエリカと共に、班長は部屋中に目をやって音の発生源を解析する。
「言い方は悪いですよ? しかし班長ももういい年齢なのですから、耳鳴りなのでは?」
「老人を馬鹿にするつもりかっ、貴様!!」
「私が馬鹿にしているのは班長です。何故なら意地悪ばっかりして来るからっ」
もう付き合っていられないと立ち上がったグラスは、肩を回しながら気怠げに言う。
「私はこれから、ご存知あの方を相手にしなければならないのです」
「目の前にいるんだけどっ……!?」
「何をするでもなくやって来て、連れ歩いた後に帰って行かれるので、『んん?』と疑問は尽きませんけどね。しかしそれなりの出迎えをしなければならないでしょう? あれでも王女なのですから」
「よっしゃぁぁ! 不敬罪で斬首だよっ! 断頭台でも同じことが言えるかな!?」
グラスは憤慨する両名の肩を掴んで反転させ、背中を押して部屋から押し出した。
「では、予約の時刻までもう来ないでください。休憩時間は何人にも妨げられてはいけません」
扉が閉められる。
「く、くっ……! これで済んだと思わない事だ!!」
顔を真っ赤にして悔しげに引き下がる班長は、アルトにもエリカにも気付かず策を練りながら受け付けへと戻る。
「怖い者知らずも今日までにしてもらうよっ……」
「やれやれ、そんなに怖い顔をしてどうしたのです? まるで闘犬のようではないですか」
「女の子に言ってはいけない一線を、また簡単に飛び越えたぁっ!!」
扉を開けて踏み入り、憤慨するエリカだが、グラスは取り合わずに竹の柵を一部分だけ取り外した。
そして中にあるバイオリンの弓を取り出す。
「えっ……?」
更には岩の椅子に歩み、上部分を持ち上げて中の空洞に隠していたバイオリンを取り出した。
「…………」
「さて、練習練習」
呆然となるエリカを無視して楽譜が描かれた本を眺め、バイオリンの練習をしようとしている。
そこへ歩み寄ったアルトが、先手を打って声をかける。
「それもいいが、先に話をしないか?」
「これはこれは、アルト殿下。気が付かず、たいへんご無礼をしてしまいました」
「なるほど、あなたがグラス・クロブッチか。聞いていた以上に型外れだな」
「……お言葉を返すようですが、真面目に生きているつもりですよ? 少なくともここでは」
諫言を送るグラスだったが、アルトは構わずに対面へと腰を下ろした。
仕草で部下達を廊下へ下がらせ、扉が閉まる直後から話を切り出した。
「……それもまた興味深い話ではあるが、私には時間がなくてな。早々に本題に入らせてもらう」
「……失礼ながら、先に一つ」
「何だ?」
「私は、ニダイとの闘いで膝を壊しています。ボキッ、バキッ、と快音を響かせて壊れてしまいました。宜しいですね?」
「そうは見えないが、報告は受けている。セレスが言うのなら確かなのだろう」
「ではお聞きします」
虫の知らせか胸騒ぎか、グラスは入念に膝の故障を強調して拝聴の構えを取る。
「日程は言えないが、私とエリカでとある場所に潜入しなくてはならなくなった。王国にとって必ず取り返さなければならない重要な宝物を奪還する目的がある」
「それは……重々、お気を付けて。危険な場所のようです。エリカ様が指導を望まれるなら、時間の許す限りお付き合いします」
「同行してほしい」
「やっぱりそうだっ。やっぱりそういうやつだっ」
隣でニヤ〜〜〜っと笑みを浮かべるエリカだが、グラスは思い通りにはさせまいとアルトへ反論する。
「承諾できかねます。移動も不自由する身で、そのような大役は務まりません。得体の知れないズタボロ使用人よりも、どうぞ信頼できる忠臣をお連れください」
「……エリカ、やはり負傷している者を無理に連れて行くのは酷に思えて来た」
やはりかとグラスのジトっとした横目が向けられるも、エリカは何食わぬ顔をして言う。
「ニダイとやった時みたいな動きは無理かもよ? でもこいつ、しゃもじ忘れたって言ってよく走ったりしてるからね? それに――」
日々、着実に練り上げられていく刀術により、グラスの首元に鞘入りの刀が振られた。
「何をなさるのですか……」
「うわぁぁぁぁぁ!? い、いってぇぇ……」
しかし首を傾けるだけで避け、踵でエリカの太腿を打って悶絶させた。
「いってぇとか仰るのはここだけにしましょうね。外で言ってはいけません。この国、大丈夫かなと民が不安になります」
「…………」
一方でアルトは驚きと同時に、ニダイ討伐の片鱗をしかと感じていた。その完璧な見切りは、剣士として自分よりも遥か高みにあると、瞬時に理解させられたからだ。
同行者は決定した。
後は…………あの者のみが不安材料であろう。
けれど一先ずは、これから行われる作戦が如何に無謀かを、グラスに説いておく必要がある。
「……グラス、分かり易く今回の任務について説明する。我等は自ら貴族派の首魁であるスターコートの罠に飛び込み、“大公の玉座”と呼ばれる宝物を奪還しなければならない」
「行くんですね? もう私は行くという事で話を聞けばいいんですね? 分かりました、お聞きします」
「結論から言うと、これはほぼ不可能だ」
「…………なら、行かなければ良いのでは?」
大公の玉座。それはライト王国第二代目国王へと贈られた大絡繰の名称である。錬金術と魔術の粋を結集して造られた王国の宝だ。
「そうはいかない。クジャーロにはドレイク・ルスタンドがいる。あの者ならば大公の玉座を奪いかねない。内戦状態となった今、国境付近の警備は充分ではなく、侵入されても察知できないのだ」
ドレイクは目撃情報すら少なく、依頼方法や能力もクジャーロ王など一部の者達しか知らない。
だからこそクジャーロからの入国はこれまで徹底されていた。
「しかもこれに拍車をかけて、スターコート侯爵のいる地にベネディクトらしき人物が向かったという情報まで掴んでいる。偽物である可能性は極めて高いとしているが、確認はしておかなければならない」
どちらにしろ、エンゼ教と共に長き因縁に終止符を打ついい機会であった。
「ライト王国が不可侵を通して来られたのは、ひとえに王家の遺物があるからだ。だが奪われる以前は大公の玉座も一つの大きな要因となっていた」
「…………」
「それは何故か。大公の玉座がある領域は、侵略不可能だからだ」
現スターコート侯爵の先祖は二代目国王との取り決めを破り、大公の玉座を私物化して暗に反旗を翻した。
取り返すには多大な犠牲を伴い、それ故にこれまではクジャーロとの間に立つ『壁』になるとして放置して来た。
そして、奪還の着手に躊躇う理由はまだある。
「最も厄介な点は、大公の玉座を有するべきとする所有権を移す事ができるのは、私達ライト王家の人間だけである点だ」
大公の玉座は所有権を持つ者しか操作できない。例外は、本来の持ち主であるライト一族。つまりライト王家本筋の血脈が玉座に触れて、自身を所有者としさえすれば勝利となる。
「スターコートは私達が現れる事を知っている。その上で潜入し、取り返さなければならない」
だが、それは不可能であると言わざるを得ないものだった。
………
……
…
金剛壁の自宅やカース森林で諸々の用事を片付けた魔王が、城上階のテラスにてモリーやカゲハを前に出立する。
これよりエリカ姫達と北部のある場所へ行って、ライト王国の宝を取り戻す。
「じゃ、行って来るから留守をよろしく」
『うむ、何か使えそうな物でもあったら、あまり触らずに持ち帰るようにの』
「はいはい、分かってるから……」
深々と頭を下げるカゲハに反して、軽い語調で返すモリー。対照的な姿勢で見送る二名だった。
魔王は破壊癖を疑わられながらも、嘆息混じりに答えて振り返る。背後の二人にも別れを告げた。
「それじゃあ、ククとウンカイも後をよろしくね」
それは魔王直属の配下とも言うべき二名。
魔王の“武”を叩き込まれしオーク、その名をクク。
魔王の“魔”より生まれし未知の魔物、その名をウンカイ。
どちらも魔王にしか御する事の出来ない強大な下僕であった。特にウンカイなどはモリーやアスラにも挑発的で、とても手に付けられない能力まで有していた。
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