第177話、午前の猿と午後の鷹


「……あっ! よくもいつも通り太々しく出て来れたもんだねっ! この歩く大嘘吐きっ!」

「嘘吐きは大抵歩いています。色んなことをしながら嘘を吐いています。今のエリカ様みたいにね」

「何をぅ!?」


 あんまりにもあんまりなご挨拶に、俺の眉間にも皺が寄る。


 すると、


「………………っ!!」


 溜めに溜めて、自分の目の前の地面をビシぃーっと指差した。


 ここへ来て立てと指図してくる。王女の分際で。


 なので邪悪な俺はちょっとズレた横のところに立ってみる。


「っ……!」

「私に何か?」


 斜めに立つ俺をキッと睨み上げてらっしゃる。それはもういつもより五割り増しの怒り加減で。


「っ、っ……!!」


 こ〜こっ! と言いたげに再び指差すもんだから、仕方なく言うことを聞いてあげる。溜め息混じりに。


 そうしたら王女らしさが一欠片も残ってないこの娘に、腕組みして高圧的な態度で告げられる。


「……あなた、王族に嘘を吐いてタダで済むと思っているのかしら」

「私は未だかつて嘘など――」

「顔を出すって言ったっ!!」

「…………」


 言ったわぁ……それ言ったわぁ……。


 レークの町でもう一度会ってから帰ろうと思って言ったんだった。レルガとの釣りでテンション上がってすっかり忘れてた。


 これ、俺が悪いじゃん……。


「……今お会いしているでしょうに」

「そんな“あちゃ〜、忘れてたぁ”みたいな顔してよく言えたもんだね!」


 だってここで謝ったら、じゃあ〜〜してとか言われるに決まってる。下手に出てはいかん。


「私がいっちばん許せないのは、姉様には一回会ってるってところだよ!!」


 床を踏み締めて不満を告げてくる。


 セレス直々に怪我の具合を確認したことになっているので、早朝に会った事にしている。キャンキャン吠えるこの娘はそれにも怒り狂っているらしい。


「あの時はエリカ様がグースカ寝こけていたからですよ」

「疲れてたんだからそりゃ寝るよ! 王女だって人間だもの!」

「名言ですね。では今日もお休みになられたらよろしい。旅の疲労もさぞかし溜まっていることでしょう」

「腹が立って寝られないって言ってんの!」


 それは初耳だ。


「…………」

「…………」


 親指が離れる手品を見せて黙らせ、驚愕に目を剥いていくエリカ姫を心中で笑う。動物園のチンパンジーに見せた時と同じ反応だ。


 完全に別れさせ、再び親指を繋げるフリをして言う。


「…………ね?」

「何がぁ!? どうっ……なっ、はぁ!?」


 俺の右手を取って確かめるも、すっかり元通りの指に理解不能なようだ。


 ……手品って気持ちいいっ!


「ハッ!? ブルブルブルブル…………今度ばかりは誤魔化されないから。度重なるグラスの巫山戯た態度に、もう私は腹に据えかねてるんだよ。今回ばかりは機嫌が悪いなんてものじゃないんだから」


 我に帰って頭を振り、ゴゴゴ……と効果音が付きそうな迫力を放つエリカ姫。本気だぞと示すためか、翳した刀の鯉口を切って脅してくる。


 機嫌が悪いと言うよりは、ガラが悪い。


「……問題ありのシーンだと思いません?」

「ピュ〜、ピュ〜い」


 指差して問いかけるも班長はあからさまに口笛を吹きながら、植物の辞典を開いて道草を食っている。


「私の斬り時は、私が刀を抜いた時なの……」

「また問題発言を湯水のように。言っている事が、ただの辻斬りなんですもの」

「あっ!?」


 悪い子に刀は持たせておけないので、刀を没収する。


「で、であえ、であえーっ!」

「脅していた側が救援を呼ぶなど笑止千万。反省するまで返すわけにはいきません」

「反省した、んっ」


 ……抜け抜けとよくも言えるものだ。


 無邪気そうな顔をして、すぐに手を差し出して来た。


「……こういう時には、なんと言うのですか?」

「やってやったぜ?」

「これはビックリ……これにはビックリ……」


 手に負えねぇ。レルガとこの子は手に負えねぇ。


 金剛壁でも王都でも、戯れ付いてくるのはお転婆ばかりであった。



 ♢♢♢



 復元魔術にて元の姿を取り戻したアーク大聖堂。


 白の天女像は撤去され、新たに漆黒の騎士像が運び込まれる。


「おお……でけぇ……」

「黒騎士様そっくりだぁ……」


 門から溢れそうな王都の民を押さえながら振り返り、衛兵も一緒になって感嘆の思いを口にした。


「おっしゃぁ!! もっと引っ張れぇぇ!!」

「ミスはできねぇぞぉ!?」


 括り付けたいくつもの縄を列を成して引っ張り、作業員達が黒騎士像を引き起こそうと踏ん張っていた。


「うおっ――――」


 左側の縄を引っ張っていた先頭の者が滑らかな床に足を滑らせ、背後の者達も巻き込んで転倒してしまう。


 それは全体のバランスをも崩し、黒騎士像は倒れ込む。


「止めて神様ぁぁぁぁぁ!!」


 顔色悪く見守っていた現場の責任者が卒倒間際に叫んだ。


 国王直々にくれぐれも宜しくと手まで握られ、その上にこれはあの黒騎士の像なのだ。


 民や衛兵からも悲鳴や嗚咽にも似た声が思わず漏れる。


 しかし…………地面に仰向けに倒壊する寸前で、黒騎士像は浮かんでいた。


「…………」


 小さな黒騎士が、大きな黒騎士の腹辺りを肩で担いでいた。


 そして少しばかり跳ね上げ、見るからに軽い調子で手で押し上げた。


 起き上がる巨大な黒騎士。立ち上がりと共に小さくぐらつく様を見るだけで息を呑む


 だがやがて、黒騎士像が停止した……。


「…………あ、あれが黒騎士」

「す、凄い……大の男が何人も集まってやっとだったのにっ!」

「すげぇっ、すげぇよ!!」


 拍手喝采が生まれ、気付いた黒騎士が手を挙げたのを機に絶叫にも似た歓声が上がる。


 乙女に男に年齢も問わず、あっという間に心を鷲掴まれていた。


「く、黒騎士さま……」

「これは本当に必要なんだろうか……」


 午後の陽光を浴びて勇ましく立つ自身の像を疑問視する黒騎士。


「それはもう! えぇ、もう必要ですっ! 貴方様の威厳を知らしめ、そのお姿を世に広める為には!」

「……そうか。だが見てくれ」

「はい……?」


 黒騎士が像を指差した。


「……双剣を持っているじゃないか」

「は、はぁ……そう作らせましたので」

「俺は気分で武器を決めていたのに、これからは率先して双剣を使わなくてはならなくなった」

「すみませんでしたぁ!!」

「はっきり言って……そんなに得意ではない」

「本当にっ、申し訳ございませんでしたぁ!!」


 責任者である彼は悪くない。ポーズや武器を指定したのは王なのだから。


 エンゼ教から強制的に没収されたアーク大聖堂は、黒騎士の本拠地として贈呈されることとなった。


 黒騎士と遭遇する機会ができたとあって、早くも大勢の人だかりが連日近辺を騒がせていた。


「では、逆側に大剣を手にした黒騎士様を配置するのはどうでしょう。我ながら素晴らしい提案ではないかと」

「……今まさに必要性を疑問視している俺に、もう一つどうかと? 狛犬じゃないんだから止めて欲しい……」


 未だ熱狂する民へ手を振り、踵を返す黒騎士。


 何処へ行こうと言うのだろうか、行く先はこれまで通り本人にしか知り得ない。けれどこれだけは分かる。


 彼はまた強きを挫き弱きを救いに行くのだ。


「黒騎士様、今回はどちらへ?」

「ん? どちらへって…………見ての通り中に戻るだけだ」


 ………


 ……


 …



「――申し訳ない。騒がしいので手を貸して来た」


 面会をとやって来た客人へ謝罪を告げ、改めて対面の席へ腰を下ろす。


 忙しなく行き交う王城勤めのメイド達。エンゼ教から黒騎士の本拠地へと内装から装飾まで入れ替え作業する業者。


 彼等を横目に礼拝堂の片隅で、テーブルと椅子を二つ並べただけの簡易的な場にて、ある騎士服の男と顔を合わせる。


「構わん。連絡もなく押しかけたのは私だ」


 ソッド・ソーデンは熟練騎士すら気圧される気質を放つ黒騎士を前にしても、何ら動じずに腰掛けていた。背筋を伸ばし、身動きに衰えを一切感じさせない滑らかさを見せる。


「王に何やら許可を得て、俺に急用があるのだとか。それでその内容…………の前に、ちょっとそこの少年?」


 黒騎士が、ソッドの背後を覗き見て声をかける。


「っ……、っ……!」


 そこには祖父や姉と共に王都へやって来ていたブレン・ソーデンの姿があった。


 小さな身で木剣を楽しげに振っている。


「稽古中のところ申し訳ない。ただあの……一心不乱に剣を振っているが、ここそういう場所ではなくてだな」

「ほら、黒騎士も持ち手が気になるって言ってんじゃん。こう持つの」

「言っていないし、話を聞いてもらえるか……?」


 柱に背を預けて見守っていた姉のキリエが、溜め息を漏らしながら弟の世話を焼く。


「……お前達ッ!!」

「っ…………」


 礼拝堂を痺れさせる一喝を受けた姉弟のみならず、近くにいた者達も身を強張らせる。


 険しい顔付きを更に鋭くさせ、ソッドは席を立つ。


「ブレンには私が教えると言っているだろう。持ち手に癖が付いているようだが、それよりも足の位置に――」

「用はぁっ?」


 黒騎士に催促されたソッドは席に戻り、本題を口にした。


「おそらく貴殿はこれからエンゼ教の上層幹部等が匿われている都市のどれかに向かうのだろう。だからこそ、是非に頼まれて欲しい」

「……それは正式な依頼をという話か?」

「いや、極秘にだ。秘密裏に遂行してもらう」

「じゃあ、お孫さんが背後にいては駄目なのではないのか……?」


 小声で指摘した黒騎士を置いて、ソッドは鷹の目を厳しくさせ、かつての部下を想起する。


「もう二十年にもなる」

「続けるのか……」

「陛下がエンゼ教へ明確な敵意を抱いていると知った私の部下が、エンゼ教へ寝返った。恐ろしく腕の立つ男で、誰の手にも負えないことからも“裏切りの大騎士”との異名まで付くほどだ」

「…………」


 全盛期のソッドに鍛え上げられたその騎士が大司教達の部隊を率いており、苦戦は必至。


 故にソッドは黒騎士を選んだ。


「……奴に引導を渡してほしい」

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