第178話、あの人、再び
「お? お兄さん、今日も来られたか」
「おはようございます。朝一はお爺さんの一曲から始めるのを日課にしてるんです」
先払いのチップを弦楽器ケースに入れ、路上パフォーマンスをする髭モジャなお爺さんに演奏を依頼する。
「ここのところの安定した稼ぎはあんたのお陰だ。否応もなく奏でるとも」
柱だけの遺跡群など居住区やホテルから離れている為、朝から演奏を愉しめる。しかも人は少なく、お爺さんを含めてちらほらとしか見当たらない。
なので俺とお爺さんだけのコンサートが堪能できるのだ。
俺は到着初日から仲良くなったこの方の、このヴァイオリンらしき弦楽器から一日を始める。
「……ご清聴、感謝します」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。でも毎回言ってますけど、踊れ踊れみたいに視線を向けてくるのだけ止めてもらっていいですか? 明日も言うんでしょうけど、今日も言っておきます」
迎えに来たヒサヒデがレルガを連れて帰り、騒がしかった分だけの寂しさ抱えて程なく、剣闘都市アルスへ到着。国軍が迫ろうと言われているのに、この都市は活気に満ち溢れていた。
刀の発注依頼が山ほど来ており、今の俺はヒルデからかなりの額のお小遣いを貰っている。
既にいくつか食べ歩き、馴染みの店まである。
いいホテルにいい食事。これはマスト。
「賑やかだなぁ……」
エンゼ教が支配する都市と聞いていたが、事の他にすんなりと入り込めた。
直前の国による検問を大ジャンプでスルーしたから当たり前か。
「ふむ……」
アルスは剣闘都市とも観光都市とも言われる特殊な街並みをしている。
北から南にかけて、歴史の移り変わりが強く感じられる造りを……造りというよりも、そうならざるを得なかった過去がある。
クジャーロ国寄りに位置するこのアルスは、幾度となく侵略を受けて来た。クジャーロもそうだが、その昔にあった国や勢力から何度も何度も。
アルスは侵略を受けて都市を削られつつも、更に栄えながら南に建造物を増築していった何とも破茶滅茶な場所である。
都市中央にある“コンロ・シアゥ”に、多くの屈強な剣闘士達が集っていたからこそ成し得た奇跡なのだとマリーさんは言っていた。
なので南には最新の近代建築があり、北に進むほど様式も古い時代のものとなり、綻びも激しくなる。
観光スポットは多く、南にはホテルもカジノも劇場もあり、たんまりとお金が集まる場所なのだ。
「すみませ〜ん、夜に予約してもいいですか?」
「ご予約ですね。ありがとうございます……お名前を伺えますか?」
「コシ・ヒカリでお願いします」
「こ、コシ・ヒカリ様で、かしこまりました」
本日はこちら。マリーさんがおススメしていたリストの中にある大衆食堂みたいなレストランに、予約を入れておく。
ここのロールキャベツを食うんだ。俺はレルガの分までアルスを楽しむんだ。
何せこのアルス……。
「来るなら来やがれっ、カラスヤロウっ!」
「何が黒騎士だ! エンゼ教の敵めっ! 黒光り男めぇ!」
……指名手配犯でもないのに晒し上げられている黒騎士の張り紙。憐れ黒騎士、見ず知らずのおっさん二人に罵倒されている。
「……お母さん、これだぁれ?」
「見ちゃいけませんっ! 覚えておきなさい、それが黒騎士なのよ!」
「これが黒騎士っ!? きもちわるっ、ぺっ!!」
こ、子供人気は絶好調の筈だが、ここでは五歳児にさえ唾を吐かれるようだ。
貴族派の仕込みが早かったのか、アルスは早くもエンゼ教に染まりつつある。
肩身が狭い……こともないか。ないな。いつも魔王やってるもんな。それより観光だわ。
このレストランは少し中部の侵略を受けていた建築部分に差し掛かっている為、近道を通って南部を目指して歩んでいく。
貴族派が支配してからというもの該当都市に在中する国軍の数は減っており、エンゼ教の祭服を着た者達までが見回り、荒くれ者や観光客を取り締まっているのがちらほらと目に付く。
自治機能とか、大丈夫なのだろうか。
「…………あれ? やっと出て来る気になったの?」
前方の曲がり角に隠れている気配に声をかけた。
アルスへ入って数刻と経たずして、すぐに俺を監視していたようなのだが、探りに探りを入れて意を決したのか接触を試みるようだ。
すると待つ事、十二秒……。
「…………コ〜ンコンっ」
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