第179話、飄然たる者
「…………」
……狐を思わせる尻尾が、横道の通路から突き出て揺れている。
ちょっと前に聞いたような声と、なんか見たような薄い金の毛色をしている。というかこの、のんびり口調と間伸びした声は十中八九あの人だ。
「お久しゅうございま…………あれ? どこ行きはったん?」
「身動きしないように」
「コォォーンっ!?」
路地裏から怯えつつ顔を見せる、クジョウでお世話になった獣人さんの背後を取っておく。
「君が強いことは知ってる。弓とダガーの扱いに長けていることも。だから下手な動きをしようもんなら……いいね? この前みたいに試すのは勝手だけど、いいんだねっ?」
「動かへんっ! 絶対に動かへんから!」
真後ろから震える細い肩に手を乗せ、魔王らしく脅しをかけておく。
「素直なのは良いことだよ、プラス十点。で、お名前は?」
「ユミ言いますぅ……か弱い乙女ですぅ……」
「あんな離れ業で子供達を狙っておいてよく言うよ。俺が敵を逃したのって、君が初めてなんじゃないかな。……あれ? そうなると何か負けた感じがするな。どうしようかな」
「改心済みやで!? もう魔王はんのお陰で改心しとりますぅ!」
青褪めるユミさんは両手を上げて降伏の意思を示している。
ただしこの人の場合は、まだまだ油断はできない。クジョウで実質、負かされていると言っても過言ではないからだ。
遥か遠くからの弓矢による狙撃で子供達を狙われ、一方的に優位を取られ、おまけに巧みな弓術により俺から逃げおおせてしまったのだ。
「……本当かなぁ。クスクス笑いながら子供を殺そうとしてたのに、そんなに短期間で染み付いた邪悪さって落ちるもんなの?」
「油汚れみたいに言わんといてください。でもホンマなんよ? ここに来るまでガキやジジババ…………子供からお年寄りまで、ぎょうさん助けたんやから。あんたに見直してもらおう思うて必死に駆け回ったんやから」
「…………」
……言葉の端々に“ウチはなぁ〜んも変わってへん”的な気配を匂わせてくるユミ。マイナス十点。
おっとり大人びた中に、持ち前の残忍さが健在である気がしてならない。
肩から手を離し、向き直ることを許す。
「……俺になんか用? かなり賭けに出ないと俺の前にまた現れようなんて考えない筈だけど、緊急的な何かがあんのかな」
「あのぅ…………ベネディクトが《聖域》とかいう能力を発動したら、大司教のウチらも死ぬいうんはホンマなん?」
薄金色の短髪に切れ長の目付き、クジョウで気に入ったのか着物っぽい装いをしており、あの時と違うのは弓を持っていない点くらいだ。
カゲハとミストに砕かれた痕も見られるので、弓を上手く扱えずにいるのだろう。
「そうらしいね。よく知らないんだけど、今は減った信者の数を貴族派の都市で取り戻そうとしてるみたい。だから増えたら君等も危ない頃合いかもね」
「…………あんのジジイ、殺したろ」
平坦かつ低い呟きが、ぽつりと漏れた。
紛れもなく強者の殺気を発し、通りを行く人達が訳も分からず寒気に震えていた。
やはりと言うか、元々信仰心や忠誠心は持ち合わせていなかったようだ。迷わずエンゼ教に背を向け、激しい殺意を抱いたのだと明瞭に察せられる。
「あのさ、やる気満々なところ悪いんだけど、君はしばらく様子見だね。なんか改心のベールがこの数分間だけでも剥がれつつあったから、いいって言うまで近くにいてくれる?」
「へ……?」
「俺は観光したり仕事しなくちゃいけないから、あんまり離れないようなところにいてね。じゃ、また」
ホテルへ戻ろう。
子供達を助けるなどの活動をとの自己PRで、調べればすぐに分かるだろうことを嘘を吐くとも思えないけど、何ぶん印象が悪い。放し飼い状態で泳がせてみる。
「ち、ちょっと待ってぇなぁ……!」
「なぁに……早くあのいいホテルに帰りたいんだけど」
「水臭いこと言わんといてください。ウチも魔王はんのお仕事に協力しますぅ。よろしゅう頼んますぅ」
度胸お化けが丁寧にお辞儀をしてから、無許可でパーティーに加入して来た。
鼻歌混じりにぐいぐいと先導して路地裏を突き進んでいく。
「……初めに話しておいてね」
「ん〜? 何の話やろ」
「後から機会を伺ってアレコレ利用しようと思ってるんだったら、それはもうこの魔王が見逃さないよ?」
「利用するつもりなんかないんよ? ただ、未だに自由の効かんこの右腕を治してもろて、ベネディクトの爺さんをぶっ殺して、魔王はんのとこに一級品の弓があったりしたら、それも欲しいくらいやわぁ」
指折り数え、予想を超えて弓まで要求し始めた。
ベネディクトに関しては、セレスが既にほぼ作戦完了だとか頭と耳を疑うことを言っていたし、腕も治そうと思えばすぐに治せる。弓は自分で購入しなさい。
「……治せるみたいやなぁ。顔に書いてんで? 言ってみるもんやね、ホンマ」
どうやらカマをかけて来たらしい。不快である。まったくもって不快である。
クスクスと鈴を転がすような声で笑い、足取りも軽くなる。まだ全然、治す気なんてないのに。遠のいていくばかりなのに。
「……そういうところだよ? いま忠告してたの、君のそういうところ」
「エンゼ教の情報とかいるん違う? このアルスには特に厄介な奴等が配置されとるみたいやから、ウチは役に立つで?」
立ち止まった俺の周りを軽快かつ柔らかな動きで一周し、妖しげな雰囲気で誘惑してくる。
「それなら……じゃあ、ミッティとかいう人は知ってる? その人が目当てで来たんだけど」
「あの王国を裏切った爺さんやろ? 知っとるけど……アレだけやのうて、
通路から見える巡回中らしきエンゼ教司教等を吐き捨て、腰元のダガーに手をやる物騒な狐の獣人。
「さっきまでいた古巣によくそんなに牙を剥けるよね」
「くくっ、早ぉあのハエ共の血ぃが見たいわぁ」
……不安は加速するばかり。ギアチェンジする手を止めてくれない。
しかしそれよりも先程の気になる物言いが気になる。
「……このまま皆殺しって何。なんか引っかかる言い方じゃんか」
「白々しいわぁ。ウチをのけもんにするつもりなん?」
ユミは顎に指を当てて考える素振りを見せ、首を傾けて言った。
「…………」
「あんな殺し方しとったら、知っとる人なら一発やん」
何故なのか、さも愉快げに唇で弧を描く。
「ここの大司教が立て続けにぶっ殺されていってんねんで? バラバラに千切られたり、頭無くしてたり、無茶苦茶な殺され方して。あんたしかおらんやん、ウチも仲間に入れてぇや」
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