第3章、光堕ちる王国編
第37話、クジャーロの来訪
黒の魔王と黒騎士の衝撃が走り、その熱が冷めやらぬライト王国。
「――この度は誠に申し訳ありませんでした。こちらの王族の不始末、
空は薄暗くなりつつある中、王城内の応接間にて一人の男が謝罪を口にした。
清潔感のある家具や装飾品に
「……………それは、こちらの要求を
その男の対面に座るマートン公爵が、隣のセレスティアへと視線でお伺いを立てた上で問いかけた。
「はい、構いません。賠償金も先程提示された額をお支払いします。異論はありません」
女神を超えるとまで言われるセレスティアの美に圧倒される部下を余所に、薄気味悪いとすら思う誠実さを見せるカシュー王子。
クジャーロ国の第1位王子、“カシュー・クジャーロ”である。
弟のゲッソと同じ濃い紫髪だが、綺麗に纏めて肩から前へ垂らしている。端正な顔立ちと切れ目の目つきと相まって、同じ血筋の兄弟とは思えない程に知的な雰囲気の、細身な貴公子といった風貌だ。
「陛下も、
比較的クジャーロ王はライト王国へ好意的な態度であったが、それは他の周辺諸国と比べた場合だ。
武力の高さから上からの態度で、応えるかどうかはともかくとしてあれこれと要求される事が常であった。
「しかし……」
やはり来たかと、カシューの口から出た言葉に身構える。
「……ゲッソのした事が許せないのは確かですが、それでも弟はクジャーロの王子です。あのような目にあったからには、その黒騎士という者に直接物申したい気持ちはありますね。それは……可能ですか?」
遠回しに、本当に黒騎士がライト王国の手にあるのか、そしていつでも呼び付けられるのかを確認して来たのだ。
クジャーロ王やその長男であるカシューの性格上、黒騎士に投げ飛ばされたゲッソが、股間を強打して半分だけ世界中の女の敵では無くなった事など、些末な問題であった。
「――可能です」
今まで何の感情の起伏も感じさせない真顔で周囲を魅了していたセレスが、唐突に口を開いた。
耳にするだけで幸福となってしまう天上の調べだが、カシューは内心ではっきりとした断言の方に微かに驚く。
「……では、一度お会いしたいので呼んでもらえますか?」
「構いませんが、黒騎士の立場はライト王国の協力者
「……」
手の内にはあれど表面上は協力者なので怒りを買っても知らないと、凛としつつも平然とした様子でそうカシューへと言い放った。
黒騎士の強さは既に背後に控える初老の軍人、“ケリー”率いる特殊部隊が集めた情報から聞き知っていた。
だが、クジャーロには王などの『遺物』の所持者がおり、クジャーロ軍最強の【炎獅子】の存在がある。
そもそも、自分だけでも今ならば負ける事など有り得ない。カシューにはその確信があった。
故に、黒騎士を敵に回しても問題はない。
ないが、父であるクジャーロ王からの命令が頭をよぎる。
「……なるほど。この件は一度持ち帰らせてもらいます。慎重になるに越した事はありませんから」
「こちらは一向に構いません」
カシューが
その様子を、カシューの部下達は胸の内で戦々恐々としながら
その後もいくつかの話し合いを経て、会談も終了となる間際にカシューが話し始めた。
「そう言えば、セレスティア王女は今年で学園を卒業でしたね」
「はい。今年度で無事に卒業となりそうです」
あたかも学園のOBとしての何気ない会話を装い本題へと移す。
「それはそれは、何よりです。少し早いですが、おめでとうございます。私もアルト王子と学園に通っていた頃を思い出しました」
「ありがとうございます。兄にも伝えておきます」
「よろしくお願いします。……しかし卒業という事は、いよいよセレスティア王女も婚約を考えなければならないかも、知れませんね」
会談が終わったや否や、あまりに直接的かつ無礼な物言いとなったカシューにマートンの眉間に皺が寄る。
そのマートンが、自分こそ相応しいとでも言いたげなカシューへと刺々しい一言を見舞おうと口を開いたその時であった。
手にしていた湯呑みを置いたセレスティアが、予想外な発言を口にした。
「――そうですね。私もそう思っておりました」
♢♢♢
クジャーロ製の派手な色使いの馬車が王城を後にした。
華美な内装の中で不機嫌そうに腕と足を組むカシューの脳裏に焼き付いて離れない、先程の言葉。
『既に候補の方はおりますので、……もし式を挙げる際には是非参列してください。あなたは兄の旧友なのですから』
魂を
容姿も武勇にも優れ、頭脳では自分に比肩する者は師だけだと考えるカシューだ。その胸の内では、プライドを傷つけられた怒りの炎が
「……セレスティア王女は男嫌いで有名ですから。何人も男性を寄せ付けないと聞いております。……お気になさらない方が賢明かと」
黙り込むカシューにケリーが恐る恐る機嫌を伺う。
「……ん? あぁ、別に気にしてはいない。お前の言う通りだからな。それに、知っての通り最終的には何も変わらない。予定通りだ。そうだろう?」
「仰る通りにございます」
過激なクジャーロの中でも比較的聞き分けの良い長男だ。理性的とも言える。
一見すると、だが。
ケリーは密かに安堵した。
今回は、この王子様の狂気は顔を覗かせていないと知って。
「だが、学生の頃にアルトと繋がりを持った手間が無駄になってしまったな。……あの地上に舞い降りた女神を、自分から乞う形で服従させたかったのだが……」
「……」
徐々にカシューの蛇のような目が、欲望により醜く
「ふむ、そのツケは払わせなければならないか……。ついでに
「あの実験は、既に完結したのではありませんでしたか? ――もう既に御身は人類をお超えになられたはずですが」
その言葉に、怪しげに口元を歪めるカシュー。
ある男に師事を受け始めた時から、カシューはとても勤勉になった。
どれだけの犠牲が自国から出ようとも、止まる事はなかった。
そしてようやくライト王国への旅路に着く寸前に、ある実験が成功した。
カシューが人種を超える為の、ある実験が。
「まだ失敗作が余っている。腹いせがてら、どこかの魔物にでも使って経過を報告しろ。……ほら、分かったか?」
「かしこまりました……」
カシューの実験体と化してしまう魔物が、再び多くの命を奪うであろう。
それが自国の民でない事を救いとして、カシューから差し出された“短剣”を、2つ受け取る。
「それなりに暴れるだろうが、ライト王国の兵が止められんのなら私が倒し英雄となるのも良いな。……そうだ、いい事を考えたぞ。セレスティアの前に少しつまみ食いでもするか」
♢♢♢
会談後の打ち合わせを終えたセレスティアが、マリーを連れて自室へと戻る。
窓の外はすっかり暗くなっており、朝から続く晴天故に月明かりが眩しく届いていた。
「婚約のお話を陛下のご許可なしにお話なさって、本当に宜しかったのですか?」
「私自身の事ですから。それに、ライト王国の利益は私の今までの働きだけでも十二分のはずです。私の決定に口出しはできないでしょう」
涼しい夜風が入り込む
「……まさか、その為に国政にも熱心に取り組んでおられたのですか? その……セレス様にとって婚約の相手などは、あまり意味はありませんよね……?」
「さて、どうでしょうか。……それよりも……」
意味深な発言をして扉を開けようとしたマリーの腕に手を添え、そっと止める。
「セレス様……? どうかなさいましたか?」
「今日はもう休む事にします。誰も部屋に近づかないよう徹底してください」
セレスティアが、急激に真面目な顔付きとなってマリーへと命じる。
初めは意味が分からなかったマリーも、次第にその顔を青ざめさせ、焦りを現しながら行動を開始する。
「し、承知しました。必ず、徹底させます」
一礼して走り去るマリーの
そして、自室へノックをした後に、珍しく緊張を感じながら入室する。
「失礼いたします」
扉を静かに閉め、振り返って楚々として一礼。
その女神の敬意の向かう先には――
「――待ってたよ」
〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡事項
2ヶ月が経過しました。
皆様、めっきり寒くなって来ましたので、体調にはくれぐれもご注意ください。
さて、大変お待たせしておりますので、経過報告をさせていただきます。
現在、27話分の書き溜めがされております。
少なっ!と、思われた方もいるかも知れませんが、文字数的にはこれまでと同じくらいではないかと思っております。
が、……ラスト辺りの展開は未だに悩んでおります。出来も2章程の手応えを感じませんので、4章が出来上がった後にストーリーを練り直すかも知れません。
が、……改稿前を読みたい方がいらっしゃるかもと思い至りましたので、第3章を更新しようかなと考えております。
更新頻度は、
長い間お待たせしました。申し訳ありません。
ありがとうございました。
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