第38話、魔王の訪問
広々としたセレスティアの自室の窓は開かれ、月の光と涼風が吹き込んでいる。
その明かりに
部屋の外には一切
そんな異常なまでに神がかった魔力操作によって、強大な魔力にさらされ続けるセレスティアは、ドクドクと強く脈打つ鼓動に
「ようこそおいでくださりました。黒の魔王陛下」
「……うん。さて、早速あの時のお話の続きと行こうか」
薄く微笑んだクロノが、目の前に立つ本来の部屋の主に言う。
学園のサロンで、忘れ物をしたエリカの乱入によって中断された話の続きだ。
「かしこまりました」
「その前に、座ったら?」
「っ、……その、よろしいのですか?」
驚き、意外そうに確認するセレスティア。
「うん。俺は前向きな魔王だからね。たとえどのような絶望的な状況であろうとも、必ず勝利してみせるよ」
「……?」
「さっ、早く座りたまえ」
「っ、申し訳ありません。……では、失礼いたします」
セレスティアでさえ首を傾げてしまうクロノの物言いだったが、待たせてはいけないと慌てて近寄り、緊張感を最大にして腰を下ろした。
「……」
クロノの隣へ。
セレスティアの尋常ではない良い香りが隣のクロノに届く。
「まぁ、いいか……」
対面にも椅子はあるのだが、座り直させる必要がある程に不都合と言う事はない。
「じゃ、確認するけどセレスティア姫は……、―――――俺のところへ来たいと、そう言う事でいいのかな?」
落ち着きを装い座ったセレスティアに、鋭い真剣な目付きで問う。
「はい。そろそろお約束通りに一緒になるのがよろしいかと、そう判断しての事です」
「……ふむ」
クロノはその応えを受け、
「……俺のところに来たら、もう帰って来れないかも知れないよ?」
「貴方様の御側が、私の唯一の居場所です」
打てば響くセレスティアの言葉。
「ライト王国や……世界を敵に回すかも知れない」
「御身に逆らうもの、その全てを
揺らぐ事ない決意の言葉。
「……ウチはあんまり給料出ないよ?」
「金銭など必要ありません。御側に置いてくださり、ご自由に使っていただけるだけでこれ以上ない至福の喜びです」
セレスティアが、その過剰なまでの美貌を緊張で
「……決意は揺るがないようだね」
「はい、決して」
彼女には確信があった。
この問答は、最終審査のようなものなのだと。
「では……」
ビクリと、万が一の可能性に怯えたセレスティアが跳ね上がる。
「……我が組織へようこそ。歓迎するよ、セレスティア」
立ち上がったクロノが、背後の空に輝く月を喰らうように黒き魔力を迸らせながら手を差し出す。
正に、魔王の導きであった。
「あぁ……陛下っ!」
「おぅ!?」
されど、受け入れてもらえたセレスティアは、幸福の絶頂とも言うべき感極まった様子で、クロノの胸へ飛び込んだ。
「……よ、喜んでもらえて何よりだよ」
キツくキツく抱きしめられ、豊満な胸をこれでもかと押し付けられるが、クロノはセレスティアが落ち着くまで背を撫で、暫しの間されるがままとなっていた。
そして、どれだけの時間が経過したかも分からない長時間の後に、歓喜の渦が弱まったセレスティアを再び座らせ、クロノは大事な話題を切り出そうと試みる。
そう、クロノの本題は別にあった。
「……取り乱してしまい、大変失礼をいたしました。申し訳ありません。あと、私の事は“セレス”とお呼びください」
「うん、なら俺の事も名前で“クロノ”でいいよ」
「……ぁ、かしこまりました。……クロノ様」
素早く理解したセレスティアが、恥ずかしそうに
「……それで、俺の事を……………他の誰かに言ったの?」
「はい。それは勿論、必要最低限かつクロノ様に役立つ人材、2名だけに伝えてあります」
有能さを示す為にすかさず答えた瞬間、クロノの魔力が若干濃くなる。
突然増した圧力に、さしものセレスティアも本能の部分で
どのような存在相手でも
「もうダメだよ? それ以上はダメだからね?」
「かしこまりましたっ……」
しっかりとセレスティアが承ったのを確認し、
「いいかい? これから俺とセレスは
「一連托生……かしこまりましたっ。胸に刻み付けておきます」
「ならよしっ!」
嬉々として答えるセレスティアに満足したクロノは、最悪の可能性の回避に内心で
そして、名残惜しむセレスティアに乞われ、世間話をしながらお茶をご馳走になった後、クロノはすっかり王国民が寝静まった時刻に王城を後にした。
♢♢♢
当面は現状維持の命を下したクロノが去った部屋で、興奮冷めやらぬセレスティアはただちにクロノの組織へと加入できた旨をマリー達へ報告、いや
「……本当に、魔王陛下はセレス様の仰るようなお約束をしていらしたのですか?」
お
「当然です。……あまりにもマリーがおどかすので、ライオネルを打倒された後にきちんと確認しました。そうすると、クロノ様はやはり約束の存在を覚えておられました」
何度も聞いた
子供の頃に魔王と確かに交わした約束。
マリーはセレスティアが自分の都合の良いように解釈し過ぎではないかと、何度もセレスティアを説得していたのだ。
「“君の剣は俺が持って行く”。……あの時の『遺物』らしき装飾剣は私への贈り物で、自分に相応しい女性となった時に渡す。そしてその時には私を連れ去る。……やはり私は、あの時にクロノ様に見初められていたのです」
「……」
しつこいマリーに
ライト王国の王族や貴族の間では、剣などを婚姻の儀式の中で贈るという風習が確かにある。
しかしマリーは何度聞いても、セレスティアがあまりにもポジティブに考え過ぎていると思えてしまう。
「先程も貴女達2人の存在をお伝えした際には、少しお叱りを頂戴してしまいました。きっと焼き餅をお焼きになられたのでしょう……ふふっ」
初めて見る程に喜びを
「モッブ、あなたはどう思う?」
「私は……約束の有無は分かりかねます。ですが、強さもそうですが、セレス様の策を見抜いた事実が未だに信じられません……」
モッブと呼ばれた青年の形をした魔物。
“ドッペルゲンガー”。
知能が高く、魔族としばしば間違えられる事もあるが、原因不明の要因で突如発生する自然現象とも言えるモンスターだ。
思うがままの人物の姿を取る事ができ、他人に成り代わってその者の人生を歩む事もあると言う恐ろしい魔物である。
隣国から密輸されていた現場で、偶然通りかかったセレスティアとマリーによって救出され、それ以降はマリーと同じくセレスティアの裏方の従者となっている。
故に勿論、セレスティアの逸脱した能力の数々をよく知っている。
それだけに、いくら魔王と言えどもセレスティアの策を見破り、それだけに留まらず利用したという事実が信じられないのだ。
「そうね……。だけど、セレス様が保険の為に雇った暗殺者になり代わっていたのも事実だし、ライオネルを誘き出した収容塔に先回りしていたのも事実なのよね」
セレスティアから、黒騎士やグラス・クロブッチなる使用人の正体を聞かされ、自分のライオネルを
もはや理解不能。それら全てが1人によって成されるのであれば、それは神の所業に他ならないからだ。
セレスティアは、万が一にでもハルマールが行動を起こさなかった場合には、殺し屋を雇ったのをライオネルとして強引に処断するつもりであった。
これを知性のみで見抜いたのならば、人智を超えた計り知れない知力の持ち主だ。
セレスティアの事を常に監視していなければ、看破など不可能なレベルなのだから。
今思えば、エンゼ教と繋がっていたシーリー伯爵の悪事を見抜き、捕らえるきっかけを作ったのも黒騎士……つまり魔王クロノだ。
全てセレスティアを中心に考えて動いているようにも、思えて来た。
ここに来て、あながちセレスティアの言っている事も間違っていないのではとも思えて来る。
「それらは私がクロノ様の存在に気が付くかの試験だったのでしょう。
胸に手を当て高鳴る鼓動を感じ、祈るように目を閉じて告げるセレスティア。
その月光に照らされた姿は、月の女神のように神々しいものであった。
「……貴女達もこれからはクロノ様の忠実なる
今までのセレスティアでは決して見られなかった、やる気に満ち満ちた態度。
背筋を伸ばし、使命の炎を燃え上がらせた目付きで強く言い付ける。
「し、承知いたしました」
「しかと心得ました……」
2人は、逆らえば容赦なく斬り捨てるであろうセレスティアの圧力に、ただただ素直に頭を下げる。
♢♢♢
その頃、当の魔王は……。
「……ふむ、困った」
〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡事項
前の回のコメントに、「待ってたよ」というクロノのセリフを模したものが多かったのですが……初めは気付かず、ちょっと意味もなくビビってしまいました。
毎回全てに返している訳ではないのですが前回返信をしていないのは、……ビビってしまっていたからです。
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