第39話、湯船の魔王は金が欲しい
すっかり深夜になってしまった。いや、まだ暗いままだが明け方なのかも知れない。
朝の早い職種の人達が動き出している気配がする。
そんな王都民諸君を尻目に建物の屋根を走り抜け、ふと先程までのセレスとの面接を思い出す。
う、う〜ん……、それにしても……。
なんか、よく分からん内に初のメンバーが加入してしまった。
あの娘はライト王国の主戦力で、俺打倒の切り札だと考えていたんだが。
……いや、しかしこれはどの道、仕方のない事だったな。
何せ……、――俺は彼女に脅迫されているのだから。
近所のマイトさん夫妻家の石造りの建物の屋根を蹴り、自宅の前に降り立つ。
小さな木造の借家の扉を開き、中へ入る。
今生2度目の窮地を脱した後のご褒美に用意しておいた柑橘系の果物入り風呂へ直行し、早速入浴する。贅沢にも肩まで浸かって。
「ふぃ〜〜……」
一息吐いた後に思い出すのは、先日サロンでのセレスの言葉。
『……捕まえました。――
……お分りだろうか。この身の毛のよだつ驚愕の事実が。
本名、どうしてバレたぁ……。
さっきも確かにクロノ魔王陛下と呼んでいた。
自ら名乗るなんてバカな真似はしていない、絶対に。
なんでバレたのか、どうやって突き止められたのか、まるで分からない。マジで怖い。
故に弱味を握られ脅されているとしても、逃げる事もできずに城へと向かったのだ。
そして魔力微風で脅迫には屈しないと堂々と宣言した上での面接。
しかし不幸中の幸いと言うか、彼女は俺の仲間になりたいと言うではないか。
ふん、やっぱり悪のお姫様だよあの娘は。脅して仲間に入ろうとするんだから。これがロイヤルのやり方かっ。
「ふぅ……」
スパイとかでは無いだろう。俺の個人情報知られてる訳だから、もう引き出せる情報なんてありゃしない。今の俺同様、丸裸だ。
まぁ超絶有能である事は判明しているので、即採用とした。脅しに屈した訳ではない、絶対ったら絶対だ。
問題は、3人分の給料だな。
あと2人にも俺の事を話したと言われた時は機密漏洩の危険さを小一時間説教してやろうかと、ちょっとムッとしてしまったけど、彼女が使えると言うのなら使えるのだろう。
まだ先日の王様暗殺未遂の依頼、前金しかもらってないし……。これだけじゃあ長くは持たないだろう。
「どうしよっかなぁ……」
♢♢♢
次の日もサロンの使用人として、朝から押しかけてきたエリカ姫の給仕を務める。
「はぁ……」
岩の椅子に腰掛けて足をプラプラさせるエリカ姫に、ぬる目の緑茶の入った湯のみを差し出す。
溜め息と共に。
「……グラスが溜め息なんて珍しいね。相談に乗ってあげようか?」
「ではお給料を上げてください」
御前試合を無事に終わらせ、多くの好評の声に未だに上機嫌のエリカ。
「えぇ……? う〜ん、姉様だったらできるだろうけど……」
そのアンタの姉ちゃんのお陰でお金が必要なんや。
「姉様が、グラスなんかの為に骨を折るとは思えないから……給料は上がらないね。ごめ〜ん」
「……いえ、分を弁えない発言でした。お忘れください」
まっ、ハナから期待してはいなかった。
やはり我が最高の頭脳たるセレスに、さりげなく訊くのが良さそうだ。
昨日の夜に築き上げた威厳が崩れかねないから、できるだけ頼りたくは無かったんだけど。
「お金を稼ぐだけなら簡単なんだけどねぇ」
「世の中の労働者を敵に回しましたね」
「そんなつもり無いよっ!?」
エリカ姫の常識だとでもいいたげに出た、思いも寄らない自然な一言。
反射的に返してしまった。
「失言でした。お許しください」
「ま、いいけど……。傭兵になればいいんだよ、魔物専門の。グラスの腕ならすぐに稼げると思うよ?」
「傭兵、ですか……」
その案は自分でも考えた。
だが、傭兵というものは中々に収入差の大きい職種なのだ。
傭兵ギルドに加入し、可能そうな仕事を選ぶのだが……。大金を得るには、依頼者から指名されるような名のある傭兵にならなければならない。
つまり、名を売るのに俺でもそこそこ時間がかかるのだ。
俺には使用人の仕事もあり、マク家のマク米を広める使命も……違う違う、魔王としての活動だ。その活動もある為、あまり時間を割きたくないのだ。
「あ〜、でも今はライト王国を拠点に活動してる2大傭兵チームが王都にいるから厳しいかもね」
ライト王国を拠点とする中で、最も巨大な傭兵団『
若き騎士団長の元に屈強な傭兵達が集まり、弱きの為に戦い続ける高潔な傭兵団だ。荒くれ者の多い傭兵において
そして、もう一つは『
こちらは3種族の義姉妹だけで構成された傭兵チームにも関わらず、『旗無き騎士団』と同等の知名度のある馬鹿げた三姉妹だ。
特に長女は、酒場で起こした喧嘩の際に仲裁に入ったライオネルでも止められなかったらしい。
「『絆の三妖精』のルルノアは、姉様とやり合えるくらいの化け物だからねぇ。傭兵は諦めて、後はギャンブルか……私の専属使用人とかどう?」
「ギャンブルはちょっと……。私の性に合わないと言いますか」
「……なんで後半は無視なの? 他の使用人なら泣いて喜ぶのに……」
知らないとは言え、魔王を王城に迎え入れようとするのは止めてくれ。ただでさえザルな警備なのに。もう少し魔王に警戒して欲しい。
「――悪い、遅くなったっ」
ドタバタと、白髪のハクトがサロンへ駆け込んで来た。
何やら黒騎士に触発されて父共々やる気満々で修行しているとの事であった。
……俺の予定では、黒騎士は悪の四天王の1人だったんだけど、すっかりヒーローだ。
街中に張り紙がしてあるし……。よく肌を炭で黒く塗った子供達が黒騎士ごっこなんてものもしている。
まぁ、嬉しいっちゃ嬉しい。
「すぐに緑茶をご用意いたしますが、本日は如何なさいますか?」
「あぁ、少し腹も減ったから軽くおススメをお願いするよ」
手慣れた様子で剣を俺に差し出し、岩に座りながらオーダーする。
「かしこまりました。では、ワシャビ茶漬けをご用意いたします」
「や、やっぱお茶漬けなんだな……」
そんな声を聞き流し、部屋の隅でお茶漬けの用意を行う。
「それで? 何の話をしてたんだ?」
「グラスがお金が欲しいみたいなんだよ。だから私の使用人をすればいいじゃんって言ってるんだけど、中々頷かんのだよ、こいつぁ〜」
刀の先で、作業する俺をツンツンと突いて絡んで来るエリカ姫。
ついでにエリカ姫の分も作っていたのだが、ワシャビ増量で用意してあげよう。
「は? そんなの、グラスさんならいくらでも稼げるだろ」
「……は?」
……は?
ハクトが俺でも思い付かない方法を思い付く訳がない。エリカ姫も同様に考えているだろう。
2人してこんなに悩んでいるのに、なんでこんなに自信満々なのだろう。ぶっ飛ばされたいのだろうか。
「その刀、グラスさんが打ったんだろ? 誰が見ても凄い出来だし、自作の武器を売ればいいんじゃないか?」
「「……」」
……マジ盲点。そしてマジごめん。
まさか、あのハクトから名案が飛び出すとは。
しかし傭兵と売却か……ふむ。
「どうぞ、お召し上がりください」
上の空でエリカ姫とハクトの前へお茶漬けを置く。
「お? 私のまで作ってくれたの? どれどれ……………うわっ!? ツ〜ンっ!?」
エリカ姫もハクトも親身になって考えてくれた案だ。いっそ、どちらとも採用するのはどうだろうか。
手段が見えて来たら、凄くやる気が出て来た。これが労働意欲と言うものか。
だが今度こそ身バレには気を付けないと。性格や口調も徹底しよう。
……謎のクールな剣士、みたいな。
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