第40話、クールと言えば……

 

 傭兵ギルドに併設された酒場に、華やかな一角が存在した。


 だが、荒くれ者の傭兵達は近寄るどころか、その場を避けるように陣取っている。


「……姉さん、そろそろお酒を飲む手を止めて。私の弓の修理代にまで足が出そうじゃない」


 眼鏡をかけた深緑色のショートボブ。


 そして、真面目そうな顔付きに……長く尖った耳。


 亜人族の1つ、眉目秀麗びもくしゅうれいで有名なエルフだ。


「固い事言わないでよ〜。お姉ちゃんの原動力なんだから。あむっ……で、なんだっけ」


 硬い殻に覆われた木の実を指の力で破壊して取り出し、酒のつまみに口にしている。本来ならハンマーを使って破壊する木の実を何気なく食べる様に、何度も目にしているはずの周囲もすっかり引いている。


 大きく実った胸を見せつけるような大胆な服装の長女、ライト王国で最も有名な傭兵、【破砕妖精はさいようせい】“ルルノア”だ。


 ダークエルフの褐色かっしょく肌を酒の酔いによって赤らめ、薄い色彩の金髪が汗に湿しめった肌に張り付き、異様な妖艶ようえんさをかもし出している。


「そろそろ次のお仕事」


 短く簡潔に答えた三女の“リズリット”。


 幼い人族に見える見た目だが、容姿端麗ようしたんれいな者が多いエルフやダークエルフと並んでも何ら見劣りしない愛らしさだ。


「リズ? 貴女も本を読む手を止めて聞いて」

「ルル姉がお酒止めたら考える」


 紫のツインテールの髪が、大きな本の向こうで微かに揺れる。


 その三女の言葉に、エルフの次女“シャノン”の鋭い視線が木のジョッキを手にしていたルルノアを捉えた。


「わ、分かったってば。ほら、お姉ちゃん止めたよ? リズ」

「うぅ、まさかホントに止めるなんて……」


 リズリットが残念そうに唸りながら、本を閉じてテーブルへ置いた。


 それを苦笑いして見守る姉等。


きずな三姉妹さんしまい】。

 3人共に、ライト王国に戸籍があれば三大美女に並ぶかという優れた容姿をしている、正に妖精三姉妹だ。


「よし、それじゃあ――」


 シャノンが話し始めたその時、木製両開きの古びた扉がゆっくりと開かれた。


「……ぷっ。おい、アレ見てみろよ」

「あ〜ん? ……ブハハッ! なんだありゃあ!」


 傭兵ギルドが一気にざわつく。


 その視線を一身に受けるのは、1人の若者であった。


 フードを深く被り、口元をマスクで隠し、マントをまとったその怪しげな少年の腰元には……。


「……おいおい。剣を6本も腰に下げて、何考えてんだ?」


 その少年の前に立ちはだかる酔い気味の大男。


【旗無き騎士団】一の怪力の持ち主、第3師団団長“ダン・ベル”だ。


 ここの酒場で昼間から一杯やっていたようだ。


 筋肉の鎧を自慢するように肩で風を切り、ズンズンと歩み寄る。


「興味ないね」


 だが、少年はスルリと交わしてギルド受付へ向かおうとする。


「おいっ、待てっつーんだよ」


 ダン・ベルのゴツゴツとした大きな手が、少年の小さな肩に触れる。


「――うぉアッ!?」


 触れた瞬間、腕が吹き飛ぶ錯覚を覚える程の衝撃に見舞われる。


 周りからは、ダンが自分から大袈裟おおげさに手を退けたように見えた。


 少年は微動だにしていないのだから、当然だ。


 ダンは慌てて接触して未だに痺れる手や腕に異常がないか、くまなく確認する。


「ブハハ!! 何やってんだよぉ、ダンさん!!」

「虫でも付いてたのかぁ!?」


 仲間達には笑いの渦を巻き上げるが、ダンは酔いも吹き飛び、青くなった顔で自分の手を見つめる。


 何か、触れてはいけない禁忌に手を出してしまったかのような恐怖を感じながら。


「……売却用だ」

「ッ!!」


 柔術の応用で、伸びきったダンの手を何倍もの・・・・力で弾いた少年が、仕方なしと足を止めて話し出す。


「俺は鍛治士でもあるから、傭兵もやりつつ剣の販売もやろうと思っている」

「「「……」」」


 少年の言葉に耳を傾けていたギルドの傭兵達が、僅かな時間の沈黙後……。


「「「ハハハハハ!!」」」


 腹を抱えて笑い始める。


 馬鹿にしている訳ではなく、実力者の多いこの場の皆は、少年の腰元にある剣がかなりの業物であるのが一目で分かっていた。


 顔を隠してはいるがおそらく人族であろう少年の年で、これを打てる腕前に育たない事は誰もが知っている。


 だからこそ、少年の冗談だとして爆笑しているのだ。


「――面白い子のようだな」


 1つのテーブルから、小柄な男が立ち上がる。


 青の上質な服装の、童顔な青年。どことなく、高潔な印象を受ける容貌ようぼうだ。


「ウチのダンがすまなかった。悪い奴ではないんだ。分かってくれ」

「もちろ……興味ないね」


 かの有名な【旗無はたな騎士団きしだん】団長、“ジーク・フラグ”相手にも容赦なく、クールな一言で切り捨てて受付へ歩んでいった。


「……ダン。行くぞ」

「う、うす……」


 そんな少年の態度にも大人の余裕で肩をすくめ、ダンを連れてテーブルへ戻るジーク。


 少年は、団長への態度で機嫌の悪くなった周囲の傭兵の刺すような視線を物ともせず、『傭兵ギルド登録受付』と書かれた受付の前へ立つ。


「ぎ、ギルドへ登録だね?」


 受付の男性がたずねる。


「興味ないね」

「なら何しに来たの!?」


 男性のツッコミに、ハッと我に返った少年は……。


「……すみません、ホントは興味あったんでした。登録をお願いします」

「急に謙虚けんきょになったね……」


 その後、職員の男性の説明を受け、それを真面目に聞き終えた少年が登録の手続きを始めようとした頃……。


「――やぁジーク。久しぶりじゃないか」


 酒場全体にピリピリとした緊迫感をはらんだざわめきが生まれた。


「カシューか。……あぁ、失礼。王子と付けた方がいいかな?」


 敬う気などさらさらないとばかりに、挑発的な微笑みを浮かべたジークが、着席したまま応えた。


 カシューの背後の部下達と、騎士団の団員達が殺気立つ。


「相変わらずな奴だ。そんなに私が嫌いなのかな?」

「お互い様だろう? アルトと違って器が小さいからな。俺も、お前も。嫌いな奴に優しくはなれないさ」

「……はは、そうかも知れないな」


 学園時代に能力の高さや容姿で、よく比較された3人。


 アルト・ライト、ジーク・フラグ、そしてカシュー・クジャーロ。


 アルトとは争いになるような事はなかったが、当時もよく衝突したのが、この2人であった。


 明確な敵意を笑顔の仮面で隠し、当時さながらに不敵なやり取りをする。


「……こうしてても仕方がない。本題に入ろう」

「そうしてくれ」


 同級の顔に嫌気が指したカシューが、部下に指示を出す。


 すると、テーブルへと金貨の大量に入った袋を……部下数人がかりでいくつも置いた。


「……何のつもりだ?」

「実は、ライト王国に借りができてしまってね」


 大金に息をむ周囲に構わず、カシューは説明を一息に続ける。


「先行させておいたクジャーロの者達から、王都から少し離れた2箇所の森に……強力な魔物が出現したと耳にした」

「……」


 贔屓ひいきにしている情報屋からも、ギルドからも、そんな話は聞いていなかったジークは、平静を保ちながらも目の前の男への警戒心を上げる。


「借りは早く返しておきたいのだよ。だから、【旗無き騎士団】と……」


 カシューの視線が、端の方で様子を眺めていたルルノアへ向かう。


「高名な【絆の三姉妹】に依頼したい。ライト王国の兵が察知し討伐する前に、その魔物を倒して欲しい。こちらの情報頼りになる以上、魔物を見つけられなかった場合は袋1つを手間代として差し引いて、残りを返金としてもらう。失敗した場合は報酬は無しだ」


 袋1つ、それだけでもかなりの大金だ。


「魔物の情報は?」

「“オーク”と聞いている」


 オーク。

 群れのボスクラスであれば非常に危険なモンスターだが、それでもルルノアは当然としてジークだけでも単独で討伐可能なモンスターだ。


 群れであっても、規模にもよるが傭兵団で連携を組めば危なげなく討伐できる。


 金をかけ過ぎているとも思えるが……。


「言うまでもないが、ライト王国へ借りを返すのだから彼等よりも早く倒さなければ依頼失敗だ」


 兵達よりも急ぐとなると、十分な情報収集もできない上に万全の準備も整えられない。かなり早く行動する必要もある。


 少し色の付いた額と捉えれば、納得できる範疇はんちゅうだ。


「あたしらは断ろっかな」

「……何故かな?」

「シャノンの弓が壊れてるからね。なんだか胡散臭そうな依頼だし、弓もなしに無理して受ける事はないでしょう?」


 ルルノアが色香溢れる笑みで言う。


 ルルノア単体でも問題ないはずだが、念には念を入れるのが【絆の三姉妹】流のようだ。


「ふむ、では――」


 微笑みを絶やさないカシューが、用意しておいた台詞を口にしようとする


 内心では、あまりに上手くいき過ぎて踊る心を辛抱するので必死である。


 だが、予想もせぬ所からカシューの言葉が阻まれた。


「――では、俺が弓を直す。代わりに一緒に連れてってくれ。……興味はないけどな」


 受付から、6剣の少年が名乗りを上げた。

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