第41話、まさかの敗北感

 

 暮れる夕日に向かい走る、きらびやかに過ぎる馬車に揺られるカシューと直属の部隊長ケリー。


 先程のギルドでの自らの芝居しばいに酔い、同時に忌々いまいましいジークともう1人の姿を脳裏に浮かべる。


「カシュー様。……よろしかったのでしょうか。あの金は、ライト王国への賠償金だったのではありませんか?」

「……あぁ、お前には言ってなかったか」


 窓に映る自分からケリーへと視線を流し、老兵が予想だにしない一言を放った。


「――ライト王国との同盟は破棄はきする。あの品のない弟の為に賠償金など馬鹿げている」

「なっ!?」


 大国であるライト王国と【孤島の魔王】のいる離れ島に隣接するクジャーロ国。


 ライト王国にも孤島との間にクジャーロという壁を作れる利点はあれど、クジャーロにもライト王国と友好を築く必要がある。


 クジャーロは小国で、ライト王国は大国。その差は大きい。更にライト王国を拠点にしているスカーレット商会の影響は、クジャーロにも及んでいる。


 それに戦争ともなればクジャーロ王や【炎獅子】ドレイクの存在があれど、そもそも兵数の桁が違う。


「へ、陛下の御意向でしょうか……」


 ケリーの……いや、誰の頭にもライト王国との同盟を切るという発想は無かった。


「あぁそうだ。父の命令は知っているだろう?」

「それは……。私は、カシュー様に何か妙案があるものだとばかり……。申し訳ありません」

「謝る必要はない。妙案ならあるからな。差し当たっては、ライト王国の戦力を実験がてら削ろうじゃないか」


 狼狽うろたえるケリーへと、口の端を吊り上げて愉快そうに笑う。


「失敗作の実験で用意できる個体は2体。ライト王国の主力傭兵団は2チーム。正に打って付けだ」

「魔物と傭兵をぶつける訳ですか……」

「運が良ければ、ライト王国民や正規の兵も数を減らせられる」


 残酷な思考をさも当然のように話すカシューに、ケリーは心底恐れを抱く。


「……」


 あわよくば同行し、実験用の魔物で弱ったルルノア達を愉しむ・・・事も考えていたのだが。


 あの六本もの剣を腰に差した少年の姿が頭から離れず、胸の奥に苛立ちがくすぶるのを感じる。


 密かに情報提供してきたエンゼ教の者からも、あの少年の存在は聞かされていなかった。


「目障りだな」




 ♢♢♢




 カシューが出て行き、同時にあわただしくなった傭兵ギルド。


【旗無き騎士団】達が大急ぎで準備を進める中、隅のテーブルでは夕食を済ませながらの次女へのご機嫌取りが行われていた。


「……勝手に弓を預けて、変になって返って来たらどうするの? 姉さんのお尻に矢が飛んで行っても文句言わせないからね」

「大丈夫よっ、心配なんてしなくても。ひょっとしたら前より良くなって返って来るかもよ?」


 少年の同行を独断で快諾かいだくし、更にシャノンの弓までをもを押し付けるように預けた張本人ルルノア。


「……何で、あの子供を連れてくの?」


 人見知りをするリズリットもいい顔をしていなかった。


「う〜ん、……ジークも気付いていなかったようだけど、あの子はかなりのやり手ね。もしかしたら……セレスティア・ライトくらいかも」

「えっ!?」

「……そうは見えなかった。あの上質な剣も新品。どうせ金持ちの道楽。売るって言ってたし、きっと家から持ち出して来た物。小遣い稼ぎのつもり」


 フォークで目の前のサラダをつつきながら、ルルノアが鋭くあやしげな光を宿した瞳で言うが、シャノンもリズリットも信じられないと言った様子だ。


「ダンに何かしてたみたい。何をしたのかまでは見抜けなかったけど、今の内に敵か味方か見極めておいた方がいいかなって。……もし、敵対しそうなら……」

「……なるほどね。姉さんが見破れなかったのなら、強さはともかく何らかの能力はありそうね」


 ルルノア達は、その見た目から数え切れない程に狙われてきた。


 それらを全て跳ね除けて来れたのは、ルルノアの武勇ともう一つ。敵対者に容赦しない、その徹底的なやり方にあった。


「……相変わらず危ない奴等だ」

「ジークじゃん。女の子の会話を盗み聞きなんて下品な行いよ?」


 ジークが苦笑いをしながら、ルルノア達のテーブルへ寄る。


「……」


 リズリットが顔をしかめるが、ジークは構わず手短に話し始めた。


「カシューには気を付けろ。悪事を隠したり、悪事を思い付いたり、そう言った録でもない事には飛び抜けている男だ」

「見た目通りね」

「……アイツは見た目だけは評判がいいはずだが」

「あたしらの好みじゃないし、そもそも見かけや口先での判断なんて危険な真似はしないのよ、お姉ちゃん達は。ね、シャノン」

「当然」


 坊やとでも続きそうなルルノアの言葉にフッと笑い、背を向けるジーク。


「あぁ、あと……アイツは粘着質だぞ」

「それも見た目通りじゃん」

「ふ、フハハっ、気持ちのいい女だっ。言うまでも無いみたいだが、あの偉くいい剣を持った子供にも気を付けろよ。じゃあな」


 機嫌を良くしたジークが、ダン・ベルを連れてそのままギルドを後にした。


「……さっ、明日は朝早いんだから早く食べて。リズの串焼きも来てるよ?」

「うん」


 シャノンが空気を変えて言う。


「じゃ、あたしももう――」

「お酒はもうダメ」


 ルルノアのもう一杯も、シャノンには慣れたもののようだ。





 ♢♢♢





 王城では、ライオネルやハルマールの抜けた穴を埋める為、部隊の再編成や新たな部隊長を見出す作業が行われていた。


 修練場中央で、凛々しく引き締まった顔付きのセレスティアが剣を構え直す。


 白銀の鎧をまとい、結い上げた髪型もあって戦女神のような立ち姿だ。


「――最終組、前へどうぞ」


 最後の5人が、恐る恐る前へと歩み出る。


 修練場の端には、ボロボロに打ちのめされた兵士達が。


 最初はセレスティアの美しさと凛とした表情に心を奪われていた兵達だが、倒れ行く同僚の数が増える度に緊張感が格段に上がっていった。


 そして、最終組もまとめて剣を合わせ、その力量を測ると……。


「フッ!」

「ぎょえっ!?」


 顔を蹴り飛ばし、最後の1人を撃沈した。


「あなたは明日から第5部隊の副隊長です。……では、明日から各々伝えた通りの編成で従事してください」


 倒れた男と全体へと通達し、すぐさま修練場を去ろうとするセレスティア。


「ぐっ、あ、あのっ! セレスティア様!」

「……何でしょうか」


 先程倒した兵士の呼び止める声に、急ぐセレスティアが苛立いらだちを押し殺して振り向き、硬質な声で応える。


「わ、私の実力を認められたと言うことは……こ――」

「違います」


 ……。


 婚約という言葉すら許されなかった。


「それでは、副隊長の任をしっかりと果たすように」


 兵士の中では飛び抜けた容姿で、若い身で実力も非常に高い侯爵家の有望株であったが、あまりにアッサリと切り捨てられる。


 セレスティアが婚約者を決められたという噂が飛び交う王城では、一番可能性が高いと評判であっただけに、この青年の傷はとても深い。


 そんな呆然とたたずむ彼を置いて修練場を出ると、足早に自室を目指す。


 早く着替えて身嗜みだしなみを整え、夜のクロノとの定例会議への準備を整える為だ。


「――お帰りなさいませ」

「……」


 自室へ着くと、部屋の前には1人のメイドの姿が。


「セレス様の仰る通り、カシューが動きました。本日の午後、カシューが傭兵ギルドへ趣き、大金を使い指名依頼を出した模様です。更に部下を王都周辺へ放ち、何やら企んでいるようです」

「そうですか。傭兵ギルドでしたか」


 メイドの姿を取ったモッブの開いた扉を抜けて室内へ。


「あと……」


 自らも入室し、扉を閉めた後に語り始めたモッブの言葉が止まる。


「何か他に伝えたい事があるのなら、遠慮せずに言ってみなさい」


 淡々と職務を遂行するよう育てたモッブが、このように言い淀む姿は珍しい。


 セレスティアの方から助け舟を出す。


「はい。お伝えする程の事かは分かり兼ねますが、カシューが雇った者の中に、顔を隠し、六本の剣をたずさえた少年がいたようです」

「……少年?」


 モッブ同様に、セレスティアにもまさかという考えが浮かぶ。


 まさにそんな時だ。


「――ちゅ〜〜ぅっ」

「「ッ!?」」




 ♢♢♢




 勝手な判断で出張が決まった後ろめたさから、コミカルな演出での登場を試みる。


「ネズミ、でしょうか……」

「いえ、我等が主の御降臨です」


 今日の傭兵ギルドでの話をしてたみたいだし、なんか言われるかも……。


「ち、……………ちゅぅ」

「ぢゅっ!?」


 な、なんかやたらと可愛い声で返されてしまった……。


 恥じらいながらモノマネを返され、格の違いを見せつけられた。


 愛玩あいがん用の高貴なネズミと、どぶネズミくらいの差があった。


 ショックで天井から剥がれ落ちる。


「ッッ!!」

「ようこそおいでくださりました。このような格好でのお出迎えとなる無礼をお許しください」


 降り立つ流れで、せめてもの反撃としてそのまま格好を付けて椅子に座った俺に、見事な一礼を見せるセレスとその後ろでビックリしているメイドさん。


 この部屋には俺の事を知る者しか入れないと聞いていたので大丈夫なはずだ。


 とりあえず、お願い事もあるし今の内からご機嫌を取っておこう。


「俺はその姿も凄く凛々しくて素敵だと思うよ?」

「ッッ!?」


 セレスが電流が流れたようにビクリと跳ねた。


「……」

「……恐れ入ります。この身に余る光栄なお言葉に、幸福に打ち震えております」


 ひざまずき、騎士のように大仰おおぎょうに感動を現すセレス。本当にちょっと震えている。


 ほおも赤いし、多分喜んでくれたのだと思う。


 ここらで切り出すか……。


「うむ、それで……早速本題なんだけど、俺は明日は来れそうにないんだよね」

「かしこまりました」

「……理由も言っておいた方がいいよね?」

「察せぬ私をお許しいただけるのなら、是非お聞きしたく思います」


 ……よし。


「ちょっと傭兵さん達と魔物退治に行こうかなって」

「なっ!?」


 後ろのメイドさんが、先程よりも遥かに驚いている。もはや驚愕のレベルだ。


 “こいつマジかよ、バカじゃねぇの?”とでも言いたいのだろうか……。まぁ魔王だって言ってんのに意味が分かんないもんな。


 俺としては、有名な傭兵に俺の剣の斬れ味を見てもらって、自作の剣を宣伝してもらおうという思惑があるのだが。


「……」

「御見事です。まさに深謀遠慮しんぼうえんりょの真髄と言えましょう」


 おお……、流石セレス。どうやら俺の考えを見抜いたらしい。君は分かってくれると思っていたよ。上に立つものとして、給金を捻出ねんしゅつする苦労に理解があるのかも。


「うん。で、なんだけど……。少し頼みたい事があるんだよ」

「何なりとお申し付けください。如何いかなる御命令にも御応えします」


 そんな大袈裟な頼みでは無いのだが……。




 ♢♢♢




 クロノが4階のセレスの部屋からムササビダイブで去るのを見送った後……。


「……」


 しばらく興奮をそのままに、セレスティア達は夜空を見上げていた。


 月光に金髪を煌めかせるセレスティアが、白銀の戦女神そのものの風貌で呟いた。


「やはりクロノ様でしたか……。あの御方の前では、どのような悪意も見抜かれてしまうと言う事なのでしょう」

「……まさか、ここまでの叡智えいちをお持ちとは……」


 セレスティアのクロノに対する言を信じていなかったモッブも、こうも見せ付けられては信じる他ない。


 カシューの行動を先読みして傭兵ギルドに潜入し、その企みの渦中にその身を投じていたなど、誰が予想できようか。


 何もかもを見透かしている、そう思わずにはいられなかった。


「……クロノ様から頂いた御命令。失敗は許されません。理解していますね?」


 セレスが空を見上げたまま背中越しに言う。命令を受けたモッブへの嫉妬もあり、凍て付く無感情な口調で言い放った。


「は、はい。承知しました」


 その返答を耳にした後……気の緩みか、つい願望が口から溢れ落ちる。


「……早く、もっと御側にてお仕えしたいです……」

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