第42話、変異体

 

 ある森の中に、身軽な装備で固めた黒ずくめの集団がいた。


 木々や茂みの影に身を潜め、任務に当たっていた。


「……いたな。……いいか、敵は虫の如きモンスターだが決して油断はするな。常に飢えろ。貪欲であれ」


 部隊長の指示に、カシュー直属の精鋭部隊の面々が無言で頷く。


 そして次に汚いものを見るような視線で目にしたのは、集団で森を行くオーク達。


 鼻息荒く醜悪で岩のような顔付きと、威圧するように丸々とした巨大な緑の身体付き。


 その醜い見た目から毛嫌いされる事の多いオーク。岩場や洞窟、森林など、様々な場所に縄張りを作り生息する。


 人間種や亜人種と諍いの多い魔物の一つだ。


 だが、彼等にも仲間がいる。家族や親族がいる。


 感情のある生物なのだ。


「――行け」


 剣や弓を構え、魔力を込めていた精鋭達が弾けるように動き出した。



 ………


 ……


 …








「……ふん。手間取らせやがって、オーク如きが」


 侮蔑の言葉を吐く男の前には、1匹のオークが鎖で何重にも縛り付けられ、跪かされている。


「フーッ、フーッ」


 その周囲には、数匹のオークの死体。


 群れのメスや子供の為に、餌を狩猟に出ていたオーク達。


 この捕縛されたオークにとっては、兄弟達であった。


 あっという間の蹂躙劇。部隊の面々は汗一つかいていない。


 オークはパワーもあり武器も扱い、集団行動をする事から厄介な魔物であるはずだが、この者達は歯牙にも掛けないようだ。


「やれ」


 副隊長の指示に、ある男が短剣の鞘を抜き、血色の刃を剥き出しにした。


 そして――






 ――グォアぁぁアアア!!






 魔物の悲痛な咆哮が、森に響き渡る。


 短剣の突き刺さったオークの影は、不自然に大きく分厚く変貌していく。


 目からは、大量の涙が。


 次第に哀しみは怒りへと移り変わり、急上昇した腕力で鎖も易々と引き千切られる。


 それを確認する前に、クジャーロの部隊は作戦通りのルートへ素早く逃げ始める。


 ある村へと誘導し、戦闘実験を行う為に。







 ♢♢♢






 ガラガラと、クロノとルルノア達を乗せた馬車が行く。


 馬の調子を見ながら、晴天故に汗を滲ませたシャノンが手綱を操作している。


「……ふぅ。あと少しかしら」


 今回は飛ばし気味な為か、馬もシャノンも少し疲労が見られた。


「大丈夫? どこかで休む?」


 日向の道から、左右の木々が日光遮る森の道へと差し掛かった辺りで、屋根付きの荷台からルルノアが顔を覗かせて訊ねる。


「平気よ。もう村が見えて来るはずだし、一気に行ってしまいたいわ」

「……機嫌いいじゃん。ねっ、お姉ちゃんの言った通りだったでしょ?」

「弓に関しては認めるわ」


 次女が気丈に振る舞う理由が、少年の直した弓の出来の良さに起因する事は誰の目からも明らかであった。


「……マグレ」

「ふふ、そんな訳ないでしょ? マグレなんかで一晩で修理できっこないよ」


 唯一機嫌の悪い三女リズリットがしかめっ面で言うが、ルルノアは微笑ましそうな面持ちだ。


「ありがとね、少年。ところでそろそろ名前教えてくれない?」


 馬車の荷台の後方で静かに座るフードにマスクの少年にたずねる。


「興味――」

「今度興味ないって言ったら蹴り落とす」


 眉根を寄せた三女が、すかさず忠告をして脅す。


「……関心ないね」

「蹴り落とす」


 クロノは今度こそ身バレのボロを出さない為に最後まで足掻こうと試みるが、そんな事情を知る由もないリズリットが小柄な身体で飛びかかった。


「こらこら」

「むぅぅ……」


 子供とは言え軽々とリズリットのえりを掴み上げて止めるルルノア。


 かつて酔った拍子に素手で石造りの酒場を破壊した膂力りょりょくが、こんなところでも活かされていた。


「ゴメンね、少年」

「……弓や剣の出来を広めてくれればそれでいい」


 素っ気なくそう返すクロノ。


「売りたいならもっと愛想良くしろ」

「……鍛治の師が言っていた。口が達者な鍛冶屋は信用出来ない。本当に良い剣は、自然と真に欲する者へと売れる、と」


 猫のように掴み上げられたままのリズリットに、クロノは頑固な師匠に受けた本当の教えを話す。


 無い腕前を補う為に口を上手くする暇があるなら腕を磨け、鉄を打て……口を酸っぱくして言われ続けた日々を懐かしみながら。


「へぇ〜、何だか分かる気がするわ。命を預ける武器だもんね。口とかは関係ないかも。でも名前くらいは……少年?」


 ルルノアの視線の先のクロノは、何故か馬車の後方を見ていた。


「先に村へ行っててくれ。すぐに追い付く」

「あっ、ちょ!」


 それだけ言い残すと、羽のような身軽さで馬車から跳び降り、来た道を駆け戻り始めた。


「……なんで戻ってるんだろ」

「逃げた」

「そんな感じじゃなかったんだけど……。もしかして……」


 女性的な恥じらいで生理現象とは言えず、言葉を失う。


 結局その疑問が晴れる事なく、森を抜けた先にある目的地の村が見えて来た。


 だが……。


「……あ〜、シャノン。急いで。悲鳴と雄叫びが聴こえる」

「えぇ、了解」


 手綱を使い馬にできる限り急がせ、リズリットは無言でシャノンの弓や自分の杖の用意を始める。


「……」


 ルルノアは無言で前方の村を眺める。


 先程耳にした雄叫おたけび。


 オークのものと似ていたが、確かな違和感を感じる。


 そして、違和感の原因は村の中心地に着いたと同時に判明した。


「うぐぁッ!?」


 大人の村人が、軽々と宙を舞う。


 持っていた槍も無残に折られ、全身の骨も砕かれる。


「――ギゃアぉあアアア!!」


 震え上がる村人達の中心にいる大きな影が、地を揺るがす怒声を放つ。


「……なに、アレ。オークなの? あんなの見た事ない……」


 そこにいたのは、オークの面影を残した何かであった。


 オークの顔面をしてはいるが一般的な個体よりも一回り以上大きく、全身には鱗があり、無いはずの尾も中途半端に生えている。


 どうにも無理にオークと何かを融合させたような中途半端な形態の化け物であった。


「あれ、ドラゴンの鱗……」


 リズリットが、あまりの醜さに顔を反らしながらボソリと呟いた。


「やられたね。あれが依頼の魔物なんでしょ。あの自分大好き男めぇ……あの額でも安いくらいじゃん」


 そうボヤきつつも馬車から降り、太く長い重厚な戦棍せんこん轟々ごうごうと振り回して魔物の前へ躍り出る。


「あなた達は下がってて。後はあたしらがやるから、できるだけ離れててくれる?」

「あ、あんたっ」


 オークの比ではない常軌を逸した怪力を目にしても余裕の笑みを湛え、勢いよく棍を構える。


「よぉ〜しッ! 久し振りに熱くなってきた!」


 怪物と対面する長女。


「ブァウッ!!」

「よっ!」


 鉄槌のように力任せに振り下ろされた巨腕を、棍で受け、そのまま身体を流しながら受け流す。


「それッ!!」


 その勢いに乗り、棍と共に回転しながら体重の乗った軸脚を払う。


「ブォォ!?」


 横転するように転ぶ魔物の下がった頭部を――


「――でぇいッ!!」


 一段と剛力の入った一撃で、鱗ごと額を破壊する。


 あまりの剛撃に下の地面まで四方八方にヒビ割れていき、衝撃の強さを現す。


「「「……」」」

「ふぅ……、一撃で倒せなかったのは久しぶりだわ」


 唖然とする村人達。


 初めて見る強大な魔物が、言葉通り瞬殺されたのだ。


 言葉もない様子で小山のように横たわる魔物とダークエルフを見ている。


 一方、彼女の強さを知る姉妹達は、何の心配もいらないとばかりに周囲にいる怪我人を引きずるなどして避難させている。


「あいつ、許さない」

「あの子の事? 確かに、人手が欲しいわねっ」


 既に戦闘後の雰囲気となっているシャノンとリズリット。


 ルルノアの敗北など彼女達の頭には無いのだ。


「……へっ!?」


 そんな彼女達の耳に、間の抜けた素っ頓狂なルルノアの声が聴こえた。


 その頃、噂のクロノは……。





 ♢♢♢





「すまないねぇ〜」

「いや、俺の田舎では“旅は道連れ世は情け”って言葉があるんだよ。助け合いは大事だからね」


 老婆の荷車を代わりに引きながら、登り坂を歩いていた。


「あとちょっとだったんだけどねぇ〜」

「う〜ん、遠くから見てたけど、お婆ちゃんこの坂を少しも登れてなかったよ? 俺、あまりに微動だにしないから見てられなくて来たんだもん。謎の見栄を張るのは止めようね?」


 登り坂の10割を残していたにも関わらず、あとちょっとと表現する老婆を連れて、村へと向かっている。


 老婆の話ではこの先の村に息子夫婦が暮らしており、野菜を届けに向かっているらしい。


「お婆ちゃん。ここらへんは魔物とか山賊もいるから、1人で歩いてたら危ないよ?」

「さいきん膝が痛くてねぇ。あんたも気をつけぇよ」

「……うん、後はその息子さんに伝えておくよ。あと俺の膝は岩とかもガンガン砕くから心配無用だよ」


 時々会話が成り立たなくなる老婆に、言いたい事はこの先の村にいる息子さんに言おうと決心し、先を急ぐ。


 この先の村から、何か騒ぎの気配がする。





〜・〜・〜・〜・〜・〜

連絡事項

この話、全然物語進んでないな……。もう更新しちゃえ。


……などという投げやりな更新ではなく、きちんと愛ある更新ですので。

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