第43話、一方的な約束
漁業の盛んな湖に面した小さな村で、悲鳴や怒号が途切れる事なく生まれる。
ルルノア達が接敵した頃、【旗無き騎士団】も既に標的と戦闘の真っ最中であった。
「ぐおわッ!?」
「ダン!」
横薙ぎに振るわれた巨腕によって、鎧姿のダンの巨体が小石のように飛ばされる。
ルルノア達と同じ、オークとドラゴンの混ざったような未知のモンスター。
「ふんッ!!」
ジークの魔力を
続けて放ち続けた突きの嵐は、見事に魔物の腕に大きな風穴を開けた。
「おお!」
「流石は総団長だぜ!!」
他の団員の誰もが傷一つ付けられない中で、ジークの貫通力の凄まじさが際立っていた。
だが……。
「……どうなっている」
貫かれた魔物の腕は、血を
傷も、鱗も、跡形もなく。
「――ンゴァァああああ!!」
「ゲフッ!!」
「ギッ!?」
そして再び、狂乱してように激憤を現し暴れ始める。
小さな村の木造の建物は、飛ばされた団員や魔物が飛ばす岩などで無残に破壊され、多くの
だが、誰も【旗無き騎士団】を責められはしない。
何度負傷させようとも、何事もなかったかのようにすぐ様治ってしまうのだから。
現在の主力を欠いた第3師団だけでは、あまりに手に余る敵だ。
「……何か手を考えないとな」
♢♢♢
怪物の周囲を攻撃を凌ぎながら舞うルルノアが、体重の乗った拳撃を受け流してからのバックステップの後に……飛び上がる。
「――セリャァアアッ!!」
棍を地面に突き立て、しならせて飛び上がり勢いを付けた最高の打撃。
先程までより遥かに力を加えた攻撃だ。
「ブガォアッッ!!」
棍が頭部を庇った魔物の腕を砕き割り、そのまま頭も押し潰す。
足元から地面に埋まる程の威力に、立ったまま頭から血を流す魔物。
だが……。
「……うわぁ、これでも治るのかぁ」
健康的な褐色の肌に汗が流れ、色っぽさの増したルルノアが困ったように言う。
その視線の先では、呻きながら再生していく魔物が。
「どうしよっか、シャノン」
「……」
弓などで援護するシャノンへ、余裕ある顔付きで問う。
この相手でも、尚も負ける事など考えていないようだ。
「……血が再生されないのだとしたら、そろそろ貧血で動けなくなる筈よ。……もし血も再生するのだとしたら、後は燃やし尽くすとか、動けなくして生き埋めとかしか思い付かないわ」
できるだけしたくないけど、と続けて難しい顔付きで提案した。
「う〜ん、なら一先ずもう少し――」
「――流血させればいいのか?」
そこには、いつの間にか到着していたフードの少年が佇んでいた。
「え、えぇ」
「今更来た……」
てっきり逃げたものだと考えていたシャノンは戸惑い、リズリットは不快感を露わにする。
そんな事には興味もないとばかりに、少年は6本の剣の内、左右の腰元から1本ずつ剣を抜いて
首元に巻かれたマフラーを靡かせ、右手は順手に、左手は逆手に剣を持ち、散歩をするように向かっていく。
魔物の激怒の矛先は、当然正面から歩み寄る少年へ。
「――ブぉンッッ!!」
先程までの妖精のような褐色の人間に受け流され続けた事から、素早さ重視の拳を振るう魔物。
誰もが、あの何の力を感じさせない少年が、無残に吹き飛ぶ光景を予感した。
だが、巨拳は空を切り、2振りの剣が回転を始める。
「……」
誰もが押し黙る。
響くのは剣が風と肉を斬る音、そして……魔物の悲鳴。
【旗無き騎士団】総出で相手をする魔物を一人で相手取り、尚も余裕を見せていた褐色美女の踊る様は、正に圧巻であった。一目で強大と判る『力』の乱舞。
この美女がライト王国最強と言われても、何の疑問も抱かなかったであろう。
しかし目の前の魔物と少年の踊る様は、常識からは信じ難いものであった。
「ブぉオオオ!?」
鱗などの無い魔物の腕の内側や腹部を、高速で途切れる事なく斬り刻む。
「た、大したもんだぁ……」
「すげぇ……」
巨大な腕を縦に横に、どのように振るおうとも紙一重で避けつつ刃を回転させ続ける。
その最上の演舞の様な姿に村人達は魅了され、
「……」
「うそでしょ……?」
ところが、三姉妹の目には別のものが映っていた。
「……あの子、未来でも見えてるの?」
どんな時も余裕を絶やさなかった、ルルノアの険しい表情。
クロノの動きは、魔物と同調しているように完全に対応しているのだ。
魔物の腕が振り下ろされれば、全く同じタイミングで半身で
その後の
真に恐ろしいのは、それら全てが人間の為せる動きの範疇に収まっている事だ。
化け物であった方がまだ納得ができた。
三姉妹は、刃により出血し、その傷を治しては血を噴出させを繰り返す魔物を眺めながら、得体の知れない少年に警戒心を高めていく。
「ブギャあぁアアア!?」
ルルノアに何度頭を潰されようが
「……どう言う原理かまるで分からないけど、出血も意味は無いらしい」
剣を鞘へと慣れた手つきで戻し、逃げる背を見送りながら三姉妹へ話しかける。
「遅刻してしまったし、アレは任せてくれ。討伐失敗は有り得ない。約束しよう」
「えっ、ちょっと!」
シャノンの呼び止めようとする声も、魔物を追って単身で森へと駆けて行くクロノには届かない。
誰もが、驚異の再生能力を持つ魔物の討伐方法が本当にあるのか想像もできず、少年の確信めいた言葉に疑問符を浮かべていた。
♢♢♢
無理矢理に変異させられた魔物が、慣れ親しんだ森の中を駆ける。
怒りに染まった
「――ここら辺でいいか」
小さな影が、自分を飛び越え前方に降り立つ。
「ゴァ!?」
その時には、既に両足の甲には剣が突き刺さっていた。
龍の鱗も難なく斬り裂かれ、地に
更に――
「――」
無造作に
「ギェア!!」
黒く染まった刃が、魔物の膝に突き刺さる。
偽装の為に人間の範疇を超えない加減で相手をする必要が無くなったクロノには、わざわざ時間をかける必要はない。
貫通しないように加減をし、堪らず倒れこむ魔物へと駄目押しの2投を放った。
飛び上がりながら投げつけられたそれらは、魔物の手の甲を地に固定する。
「グゥヴゥゥ!」
「人間の血の味を覚えた君を逃がしはしないよ」
「厄介な再生能力だけど、……たぶん強めに殴って消し飛ばせば問題ないよね」
『魔力凝縮法』により身体能力が跳ね上がっていくクロノが、純粋な力をこれでもかと拳に込めて構える。
辺りが静まり返る。
全ての存在が恐怖し、息を潜めているかのように静寂が舞い降りる。
「……」
魔物であろうとも例外ではない。
目の前で圧倒的な迫力を放つ人の形をした何かを恐れ、怒り一色に染まっていた頭が冷える。
「……?」
魔物の目から
怒りを失い思い浮かんだのは、
悲しみだ。
「……ごめん。君が何をそんなに悲しんでいるのか、俺にはそれを正確に知る術が無い。ただ、ここで君を見逃せばその怒りはさっきみたいに人種そのものへ向かうんだろう? その中には無関係な人達だっていると思う」
クロノは、周囲に潜む者達の存在からそう推測した。
「でも約束するよ。もし万が一にも君の悲しみの理由が分かって、その時俺に何かできる事があったなら……必ず全うするよ」
涙を流す魔物としっかりと目を合わせ、固く誓った後に陽炎のように揺らめく漆黒の魔力を宿した手をかざす。
できるだけ苦しませない方法で、最期を見届ける事にした。
そして……。
「……約束だ」
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