第44話、ハンタークロノ、狩るのは勿論……

 

「――ヒッ!?」

「何ッ、なんなの!?」


 村で復興作業を手伝っていた【絆の三姉妹】が、遠方の森で発生した途方もない魔力反応に恐怖する。


「……」


 ルルノアでさえ顔を青白くし、邪悪な魔力に背筋を凍らせる。


「ど、どうしたんだい、姉ちゃん達。やっぱり疲れたんかい?」

「……そうね、ちょっとだけ疲れちゃったみたい。ごめんなさい」


 村人達が心配そうに見守る中、ルルノアが尻餅しりもちをついて震えるリズリットを抱え込むシャノンへと近寄り、耳打ちをする。


「シャノン。この村を出るから準備して」

「わ、分かったわ。……あっ、でもあの子は?」


 いつになく鬼気迫る表情のルルノアが、森へと再度視線を向けて言う。


「この魔力の規模よ? ちょっと異常過ぎる。自然現象にしろ何にしろ、見捨てるわ。……今回、場合によっては……リズに頼らなくちゃいけなくなる……」

「……」


 ルルノアもシャノンも、震える三女に申し訳無さそうな視線で見つめる。


(あの少年の仕業……って事はないだろうし、それが最善ね)


 伝説に登場する龍か神話にうたわれる神々の仕業ではないかとすら思える絶大な力の気配に、冷静な判断を下すルルノア。


「ライト軍に伝えに戻る役目……まぁ名目ね。それもあるし、これ以上危険をおかす必要はないでしょ?」

「……えぇ、そうね。リズ? 馬車まで歩ける?」


 シャノンが小さくうなずくリズリットを連れて、馬車へと向かっていく。


 その背を見送り、再び謎の強大な魔力の正体について思う。


(……ライト王国にある伝説……もしかして……)




 ♢♢♢




 クジャーロ特殊部隊の面々は黒き惨劇にカタカタと震え、ただただ怯えていた。


 目の前で発生した、壮絶な破壊。


「……さて」


 その魔神の所業をもたらした少年が、頃合いとばかりに話し始める。


「出ておいで」


 静寂に包まれる中、振り向いて周りのしげみへと言う。


 すると、少年の素早さや投擲とうてき技術から逃げ切れないと判断した部隊長が、取り囲むように位置取れとの指示を出す。


 その後、自分だけクロノの前へ歩み出た。


「……」

「多分彼に何かしたのは君達なんだろうけど、どうせ下っ端だよね? 誰の手下なのか訊こうにも素直に教えてくれるとは思えないし、尋問なんてした事ないし……ここで彼と眠ってもらおうか」


 クロノが、自分と同じく顔を隠した怪しげな風貌の部隊長に淡々と語った。


「……今のが貴様の切り札なのだろう? あのような神の如き力が2度も使えぬ事は明白。剣も全て失った今、我等に勝てるとでも?」


 どうやら部隊長は、今のが何らかの『遺物』による所業であると当たりをつけたようだ。


 クロノの予想通り尋問や拷問ともなれば奥歯に仕込んだ毒薬を噛んで自決するよう訓練を受けている事もあり、数の有利から戦闘の道を選んだのだ。


「ふっふっふ」

「……何がおか――」


 からかうように笑うクロノが、自らの拳と掌を軽く打ち付けた。


「「「ッッ!?」」」


 爆風が生まれ、衝撃の波がクロノを中心に森を駆け抜ける。


 特殊部隊のメンバーは、近くの木に掴まり必死に耐える。


 余波を直に受けた部隊長などは、後ろに転げ回ってしまう。


「もしかしたら、……素手の方が強いかもよ?」


 更には両手を広げ、黒く果てしなく濃密な魔力を全身からほとばしらせる。


 フードもマスクも外し、素顔をさらして高らかに言う。


「誰も逃しはしないよ。報いは受けてもらう。俺の前では皆等しく、―――――狩られる側だ」


 力強く不敵な笑みを浮かべ、死の宣告を下す。


 その様は、現世に降り立った暗黒神そのものであった。


「ヒィィ!?」

「うわぁぁああ!!」


 どのような強敵にも屈する事なく立ち向かえるよう訓練された隊員達が、あまりに異常な少年から脱兎の如く逃げ始める。


 なりふり構わず、涙を流し。


「お、お前達ッ」


 叱責しっせきではなく自分もと言葉にしようとする部隊長を余所に、クロノが叫ぶ。


「逃げ惑うがいい! 君達のような小物に用はない! 一狩り来たぜ! クロノハンティングの始まりじゃあーっ!」


 全身に力みを入れ闘志のみなぎっていたクロノが、ついに飛び出した。


 断罪の狩人により、罪深き者達の恐怖に支配された悲鳴が鳴り響く。


 いくつかの轟く震動と共に……。




 ♢♢♢




 一狩り終え、夕陽を背にして村へと戻って来た。


「……え?」

「あの姉ちゃん達なら帰ったで?」

「帰っちゃったの!? マジで!? 冷たくない!?」


 お婆さんの息子さんから、非情な言葉が飛び出した。


 いや、確かに帰りの約束はしてないけど。連れて行ってくれとしか言わなかったけどさ……。


「そ、それより、あの魔物はどうなったんで?」

「あ、あぁ、それならきっちり倒したのを確認しましたので安心してください」


 今の俺は傭兵見習いとして来ている。


 個人的な哀しみを見せずに、村人達を安心させる為に断言しておく。


「あぁ……そうですかぁ……」

「よ、よかったぁ……」


 周囲を取り囲む村人達から安堵あんどの声が続々と上がる。


 あぁ、ちょっといやされるぅ……。うんうん、涙まで流してる人もいるよ。


 それにしても、この世界でも地方によって訛りがあるようだ。王都から少し離れただけなのにイントネーションが少し違う。


「その、ちょいと宜しいか、傭兵さん」


 喜びを分かち合う村人の輪の中から、一際身体つきのいい男性が歩み出る。


「何ですか? 依頼料なら他から出るので不要ですよ?」

「本当か!? あ、あぁ、失礼……。それはそれで助かるんだが、それとは別に村を救ってくれたお礼をしたくてな。一晩のうたげに付き合ってくれないだろうか」

「……」


 どうやらこの男性は村のリーダーらしい。


 戦っていた村の自警団の中にもいたし、そちらも兼任しているようだ。


 彼の後ろには鞘付きの剣を持った女性が。おそらく奥さんだろう。


 ……多分、この人は俺に失った剣の代わりを渡して、一夜ここで過ごさせて守らせようって腹積もりなのだろう。


 数日引き止めるのは難しいし、近日中に調査の為の軍が来るだろうから、せめて明日まではって事だろう。


「分かりました。一晩お世話になります」

「おぉっ、是非そうしてください!」


 その俺の答えに、安心しきれていなかった者達も笑顔となって宴の支度を始め出した。


 あんなモンスターが出たばかりだからな。不安なのは当然だ。俺が一晩いるだけでいいのなら安いものだ。


 焚き火を囲み、外での村人の数人が作業をしながらでの宴。


 休ませようというのか、手伝わなくていいから楽しんでくれと言われたので、大人しく火を見て蒸した芋を食って……過ごす。


「坊ちゃん、食べとるかい? ほら、蒸した芋だよ」


 来る時一緒だったお婆さんが皿いっぱいの芋を持って来てくれた。


 でもだ。


「ありがとう、お婆ちゃん。でもね、これ三杯目だから。そろそろ食べ過ぎで体調悪くなるから」


 1度目2度目と同じセリフで皿を持って来たお婆さんの善意をやんわりと断り、……火を見て過ごす。


 おそらく、朝まで……。

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