第24話、グデプリ

 

 春うらら。


 サロンの開かれた窓から見える庭園の花は咲き誇り、カラフルな色彩で心穏やかな空間を作り出している。


 優しく温かな風がその花達のいい香りを運び、サロンに訪れた者達の心を癒す。


 そのようなほのぼのとした、ある日の午後。


「はぁ……」

「……」


 俺のジャングルサロンには……グデプリがいた。


「はぁ〜〜……………ふぅぅ……はは……」


 グデっとしたプリンセスだ。


 ツルッツルに磨いて作った岩のテーブルに突っ伏し、自分のオレンジ色の髪の毛に息を吹きかけて遊んでいる。


 普段の明るい晴れやかなエリカ姫からは想像もできないダラけっぷりだ。


「……殿下」

「エリカでいいよ〜」

「ではエリカ」

「呼び捨てにしろって事じゃないよ! ダメに決まってるでしょ!? 王女だよ!?」


 ツッコミには全力な王女。跳ね起きて元気いっぱいのご様子だ。


 この金持ち学校にマク家の米を広めて金を稼ぐ最高の金策を思い付き、潜入したまでは良かったが……。


「お優しいエリカ様を慕ってのお痛とお考えください。……それはそれとして、最近わたくしをご指名なさるのは何故なのでしょうか」

「何? 嫌なの?」

「まぁ……」

「嫌なのっ!? 相変わらず命知らずだね!」


 嫌と言うか、多くの貴族の坊ちゃん嬢ちゃんに米を売り込みたいから、こうも立て続けに指名されると困るのだ。


 それに他の使用人の先輩方に睨まれるし……。王族の使用人は憧れの的らしく、皆数少ない機会を物にしようと必死なのだ。そんな中、俺みたいなヒヨッコが指名されたものだから、みんな目がジャガーになってた。


「サロンにお一人で来られるのは如何いかがなものかと。ハクト様はおられないのですか?」

「……ハクトは座学の補習。頭の出来はあんまり良くないの、ハクトは」


 ツッコミで起き上がったついでに緑茶の湯飲みに口を付けて言う。


 恋人のハクトに随分な物言いだな。


 いや、それどころではないのかも。


「――ふぅ。……グラスには分からないよ。私の苦悩は」

「苦悩なら分かりたくありませんしね」

「……」

「私以外ならばのお話です。お続けください……」


 場を和ませようとして失敗し、王女がしてはいかん凄い目付きで睨まれてしまった。


「……姉様の代わりなんて誰にもできっこないのに……。姉様みたいな超人じみた真似なんてできなくて、予想通りな展開に溜め息吐かれるんだよ……また……」


 愚痴を聞いて欲しかったのだろう。


 他の誰でもなく、何の関係もない俺にただ聞いて欲しいだけなのだ。


「しかも相手は……あの“ゲッソ・クジャーロ”だし……」

「……ゲスクズやろ、ですか?」

「ゲッソ、クジャーロ。確かにそんな感じの奴なんだけど、隣の『クジャーロ』って言う小国の王子だから聞かれたらマズイよ? ……てゆーか、使用人なのにそんな事も知らなかったの?」

「勿論存じております」


 微妙に思い出して来た。


 確か女好きの国王が『遺物』持ちで、国内で結構やりたい放題してるとかなんとか。ライト王国とは友好的な姿勢を見せている国だったはずだ。


 あんまり俺の目指す物語に関係なさそうだから、普通にスルーしていた。


「セレスティア姉様と同じ最上級生で、学園きっての魔術の天才なんだよ。“魔法大国”の出でもないのに色んな魔術を使えるんだって」

「ほう。それは素晴らしいですね」


 魔術はかなりの知識と練度が必要で、戦闘で使い物になるレベルで魔術を扱える者は本当に一部の者達だけだ。


 ほとんどの者が剣術などの武器術と魔力を合わせて戦う方法を選ぶ中で、余程の自信がないと魔術士を目指そうなどと思わない。


 以前、山賊に身をやつした魔術士とも戦ったが、バスケットボールくらいの電撃の球を投げて来た程度だった。高レベルな魔術が高火力である事は聞き及んでいるが、そのレベルに到達できるのは一握りの者だけのようだ。


「ちなみに、そのゲッソ様はどのくらいの魔術を扱えるのですか?」

「え? ……少し前に模擬戦を見た時は、このくらいの火の玉を投げつけてたの。模擬戦相手に何個もバンバン当ててた。容赦ないよ……」


 姉に似ずに慎ましい胸前に持ってきた手で輪っかを形作り、ボソリと気弱な心情を零している。


 火の玉とやらは山賊魔術士のより少し小さいくらいだろうか。よく分からない。


「斬っても下手したら余波を食らうし、モノによっては刃こぼれしちゃうし、近付いても電気の鞭みたいな魔術も使えるらしいし……」

「……」


 え〜、ショボ。大した事ないじゃん、とアスラやセレスティア姫ならば思うだろうな。アスラなんて本当におやつ代わりに食べちゃいそうだし。


 だが常識的な視点を持つ俺からすれば、エリカ姫の言いたい事は痛い程分かる。


 弓などと同じで、魔力がある世界においても距離が長い程厄介になる。剣道三倍段に言われるように、素手より剣が、剣より槍が、槍より弓が強いと言われる。


 しかも魔術ともなれば弓よりも範囲が広く、ただの火の玉よりも魔力を使っている分強力だ。


 しかし、にしてもだ……。


「あ〜あ、兄様が偵察に行ってなければ代わってもらうのに……。何やってんだよぉマイブラザー」


 ……我が勇者パーティ最強が、何とも情け無いではないか。


 俺の見立てでは、あのぶっ飛んで強くなってたセレスティア姫は置いといて、この娘だってかなりの腕前なのだが。


 まだ経験が浅いから故か、自信が足りないようだ。


 過ぎたるもので無ければ、自信は確かな力となる。あのセレスティア姫を見れば分かるように。


 セレスティア姫と言えば、先日は本当に驚いた。


 第六感なのか、俺を一度会っただけの魔王と疑い、しかも黒騎士さえも魔王ではないかと疑っていた。


 何者なんや、あの娘……。ホンマおっかないで。あのとんでもなく可憐な外見で油断しないように気をつけなければ。


 俺の予想に反し高飛車悪女とはならず、それどころか眉目秀麗、品行方正、国の為に数々の功績を挙げている才色兼備の完璧女神となってしまった。


 ここ数年、王都に来た際にちょくちょく偵察していたが、日々懸命に国の為に努力していた。


 もしかしたら俺を倒す役目はハクトではなく彼女となるのかも知れない。


 そんな展開も熱いかも……。かつて伝説の剣を横取りされた強大な魔王との、時を経た再戦……なんか燃えてきた……。


「ねぇグラス〜。私を勝たせてよ〜。か〜た〜せ〜て〜おくれ〜」


 瞑目し、考え事をして熱くなっていた俺にダラけた声がかけられる。再びテーブルに突っ伏し、足をバタバタさせてすっかり駄々っ子になり始めた。


「……」


 こっちの王女はまったく。


「かしこまりました」

「……へ?」


 素っ頓狂な声で見上げて来た。


「――私が、貴女様を勝たせてみせましょう」


 黒縁眼鏡を上げながら、鋭い目付きをエリカ姫へと突き刺す。


「っ……」


 喉を鳴らして怯むエリカ姫だが、これを機にこの娘だけでも強化しておこう。


 勇者パーティの剣士として、皆が一目置くほどに。

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