第23話、王女と近衛騎士団長
夕暮れ時の王城の廊下を、機嫌良く歩く者が一人。
「……ふふっ」
外面には可憐な凛々しい顔を見せつつ、内面では非常に心踊っていた。
「――セレスティア殿下」
そのほっそりとした背に、硬質な声音の呼びかけがされる。
誰一人いない長く続く廊下が、緊迫感からか冷たい雰囲気となる。
「学園からのお帰りですか?」
「はい。久しぶりに妹と話をして来ました。……ハルマールが私を呼び止めるとは珍しいですね。何か御用なのでしょうか」
どの口がと言いたくなるハルマール。
どのような用件か理解しているだろうにと、柔らかな笑顔を浮かべながらも内心で苛立ちを押し殺す。
「御前試合で、陛下の警護をされると耳にしました」
「えぇ、その予定です」
「……私共は信用できませんか?」
王の護衛は近衛騎士団の管轄だ。
いくらライト王国最強の姫と言えども近衛騎士団を差し置いて王を警護するとなれば、誇りを持って責務にあたる近衛騎士団員達の面目が保てない。
「あまり口にしたくはありませんが、その通りです」
「……」
苦笑しながらもはっきりと口にするセレスティア。正面から相対するハルマールの目に鋭さが生まれる。
「……三年前の事件での失態があるからでしょうか」
「それも理由の一つではあります」
まだいくつも問題があるかのような言い方だ。
「あの件に関しましては関わりや疑いのある者は全て――」
「そろそろよろしいのではありませんか? 本題をどうぞ」
「……」
当たり前のようにこちらの思惑を見抜くセレスティアだが、この程度の事は『セレスティア・ライトであるから』で解決できる。
「……その理由とやらの中には……私がエンゼ教徒だからというのもあるのでしょうか」
「あなたらしい直接的な言い方ですね」
ハルマールは、王がエンゼ教排斥を唱えるとしたら、このセレスティアが関わっているという確信があった。
王は以前まで、宗教に対してはかなり慎重に対応して来たからだ。宗教の自由を認めつつも、悪質と思われるものは入念な調査の上で法の元に相応の罰を与えていた。
それをエンゼ教のような国に深く浸透した宗教に手を出すとしたら、王よりも大きな影響力を持ちつつあるセレスティア以外に原因はない。
セレスティアがエンゼ教をライト王国から排斥する思いがあるとするのなら、突然浮上したこの護衛問題も理解できる。
納得など到底できはしないが。
「ですが、騎士であるあなたに言える事はありません」
ハルマールが胸の痛みと共に自然と目を閉じる。
これではエンゼ教に関する何かしらの算段がある事を伝えて来ているようなものだ。
「……実力不足と言っていただけた方が、まだ納得ができました」
「それも間違いではありません。あなたよりも私の方が強いでしょう?」
その言葉に、ハルマールの誇りと、内に
♢♢♢
王城、室内訓練場。
茜色の夕陽の差し込む訓練場には、2人の人影しかない。
いつものこの時間はまだ騎士団が訓練に励んでいるはずだが、ハルマールの一声で人払いをされ、付近への立ち入りを禁じられていた。
「勝負は一回限りでよろしいですか? 私が勝ったら、近衛騎士団に陛下の護衛を任せていただけるという事で」
「えぇ、構いません。いつでもどうぞ」
目にした者全てを虜にする絶対的な魅了性のあるセレスティアの微笑みも、今のハルマールには関係ない。
幼き頃より義父ライオネルに教え込まれた剣で下に見られ、自分だけでなく多くの国民の心の支えであるエンゼ教の危機を仄めかされた。
エンゼ教徒の自分がセレスティアよりも優位だと示す事ができれば、賢明な王ならばエンゼ教の排斥などという愚かな考えを改めてくれるはずだ。
故に、かつてのどの闘いよりも譲れない。
「では――」
火花が弾けた。
精強と
そんな高速の斬撃の火花が、甲高い金属音と共に双方の間で弾け続ける。
「ッ、……やはり一筋縄ではいきませんか」
ハルマールが大きく一歩足を引き、セレスティアの間合いを外す。
「さて、どうしますか?」
確かな余裕で涼しげなセレスティアが言う。
並みの者には全くの互角に見える
速さ、技量、そしてパワーまでもが。
「……一つ、私からアドバイスを送りましょう」
「あなたが、私にですか?」
心底不思議そうに小首を傾げるセレスティアに構わず、ハルマールは言葉を続ける。
「試合と実戦は違います。私も義父上も、試合ではあなたに負けて辛酸を舐めさせられはしましたが、実践で遅れを取ることはまず有り得ません」
「そうでしょうか。私はとてもそのようには思えませんが……」
まるで自分の敗北の可能性を考えないセレスティアに、ハルマールは初めて彼女に学生らしさを思った。
「それは実践を……戦を経験していないからです。今でこそ陛下の手腕により戦いが減りましたが、かつては帝国や共和国とも幾度となくぶつかって来ました。私も若い頃に経験し、訓練と実践の確実な差異に驚愕しました」
かつて味わった戦場でのゾッするような体験を思い起こす。
敵を殺し、血を浴び、誰もが生き残る為に死に物狂いで
「……斬られながら斬り、殴られながら殴り、武器をなくして腕を折られても
「まだ続きますか? そのお説教は」
場違いにも程がある小鳥の調べのような一声が、ハルマールの熱を
「……まだ理解するには早いのかも知れませんね」
ハルマールの身体に青い魔力が
瞳には決死の光が灯り、腕を失おうとも、瀕死となろうとも、刺し違ってでも掴み取ろうという勝利への執念を感じる。
「もう、満足されましたか?」
「はい……これ以上は無駄でしょう。……………ッ!!」
ハルマールが獣のような醜さのある険しい顔付きで踏み込み、剣を――
「は……?」
剣が宙を舞っていた。
夕陽を浴びて輝きながら、遠くの壁へと突き刺さる。
「……確かに試合と実践は違います」
セレスティアが、剣を振り抜いた体勢のまま言う。
そして、ハルマールの剣を弾き飛ばした刃をゆっくりと彼の首元にかざした。
「……」
「試合は見せ物です。見栄えを意識した試合展開を演出しなければなりません。ですが、実践ではそのような必要はありません」
ハルマールとは考え方がまるで違っていた。
試合ではそこそこいい試合を演じていただけ。実際は、こうもあっさりと自分を無力化してしまう実力を持っていた。
自分が見ていたセレスティアの強さが、
「あなたの“頑張れば勝てる”という考えを否定はしませんが、私にも私の考えがあります」
剣を引き、優雅な所作で鞘に納める。
「私は、強さとは純粋なものだと考えています。単純に強い方が勝つ。それでいいでしょう? あまり難しい事を言わないでください」
「……」
優しい笑みを浮かべつつ、ハルマールの培ってきた自負心を打ち砕く。
ハルマールは知らない。
かつてセレスティアが、
「……エンゼ教は、国教とも言うべきものです。それをあなたは……」
打ちひしがれた中で、自分でも負け惜しみと言われても仕方ないと思う心情を
「国教ではありません。近衛騎士団長のあなたがしていい間違いではありませんよ?」
項垂れているハルマールへと厳しく釘を刺す。
「そもそも
「……」
「宗教を優先するのであれば、騎士の立場から身を引かれるべきでしょう」
子供に言い聞かせるようで、王が裁きのようでもあったセレスティアの言葉が終わり、「それでは」と
「……」
セレスティアが去り、日が完全に落ちた後も、しばらく訓練場の影は微動だにしなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡事項
……分かりました。今日ももう1話更新しましょう。
書き溜めがあるので、かなり強気な更新が可能です。
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