第25話、庭園の一幕・前編
貴族富豪の多く通うライト学園においても一際高級な馬車が、緩やかに速度を落としていき……止まる。
今日の仕事を終えたセレスティアが、女使用人の開けた馬車のドアから降りてライト学園の門をくぐる。
花火のように次々と上がる周囲の歓声を軽く受け流して、サロンを目指して歩く。
必要単位を早々と取得したセレスティアは、滅多に学園に顔を出す事はない。ここ数年の間で、こんなにも高い
セレスティアの白い制服は他の生徒と同じ規定のものであるにも関わらず、別物の天の羽衣のように美しく輝いている。
遠くからその神々しい姿を確認した人物が、サロンの受付から飛び出て来た。
「こ、これはこれはセレスティア殿下っ。サロンにお越しとは珍しい。ご利用になられるのでしたら最も良いサロンをご用意しますが、え〜……いかがいたしましょう」
一番年上のベテラン使用人でさえセレスティアの
通常ならば激怒され罰されても仕方ない程の失態だが、セレスティアは軽く微笑んで必要最低限の会話を行う。
「――グラスさんはいらっしゃいますか? エリカと共にいると耳にしたのですが」
♢♢♢
笑顔の引き
後方に増殖し続ける生徒の行列を作りながら、一度も足を運んだ事のない庭園へと赴く。
場所は把握していたので
門に
その門を抜けてすぐ隣の
「ほらっ、目を開けて、頭を振って! ほれ、ほれほれっ」
「ふっ、ッ、うッ!」
先端を布で真ん丸に包んだ棒で、エリカの顔面を容赦なく突くグラス。
それを頭を左右に振って必死に避けるエリカ。既に運動服らしきものは汗に濡れ、エリカの肌に張り付いている。
「よしっ! 次!」
「はぁ、はぁ……つ、次って……今日もアレやるの?」
「……早くなさい!」
「は、はいっ!」
謎の訓練を終わらせ、燕尾服の乱れを直しながら
エリカは元来少しワガママな所があるのだが、驚く程素直に指示に従っている。
「御機嫌よう、グラスさん」
「御機嫌麗しゅうございます、王女殿下。気付くのが遅くなり、大変失礼をいたしました。申し訳ありません」
セレスティアは遠巻きの奇異なモノを見る目でいる生徒達を気にも溜めず、
グラスもすかさず返礼し、お辞儀をした後に近くの椅子を引いてセレスティアを座らせる。
「うげっ、ね、姉様……」
「手を止めてはいけませんよ」
「うぅ、恥ずかしいよぉ」
そう言うエリカは、黒いジャケットを近くの木に掛けては取り、落としては取りを繰り返している。
「何度も申し上げておりますでしょう? これは由緒正しい訓練で、数々のいじめられっ子を立派な格闘家へと押し上げてきた、言わば武術家の登竜門なのです。恥など蚊にでも吸わせなさい」
「うぅぅ……」
備え付けのテーブルの上にセレスティアの緑茶と茶菓子を用意しながら、エリカへと厳しい口調で言う。
「お二人共とても楽しそうですね。私も参加させていただけませんか?」
「……お止めになられた方がよろしいかと」
椅子に上品に座わるセレスティアのおねだりを、小声で止めるグラス。
「何故なのでしょうか……。……私を仲間に入れてください……」
上目遣いで見上げ、少し子供っぽくグラスに不満を訴える。
セレスティアの色気と可憐さにやられた周囲の生徒達が鼻息を荒くする騒音も聴こえる中、グラスは渋々理由を口にする。
「……実のところあれは、エリカ様の根性を叩き直しているだけなのです。それに、そもそもあれは剣の達人であられる殿下には意味をなさないかと」
「そうでしたか……。それは非常に残念ですが、グラスさんがそう仰るのでしたら止めておきます」
「それがよろしいかと」
♢♢♢
セレスティアから遅れる事、十数分。
周囲と雰囲気の一風変わった生徒が、ライト学園の門をくぐる。
両側には明らかに学園の関係者ではない女性を2人連れている。
仮面のように張り付いた営業スマイルの女性の肩に手を回し、ご満悦といった様子の小太りの生徒。
「ん? なんだ、今日は生徒達が少ないんだな。……な〜んだかイライラする……。新しく買った女を見せびらかしたかったのに」
ビクりと震える露出度の高いドレス姿の両女性。
彼女達は、この男が好き勝手な振る舞いで何人もの女性を傷物にして捨てて来た極悪な悪童である事をよく知っているからだ。
この男が勝手に機嫌を損ねて、悲惨な末路を辿った者が幾人もいる。
隣国の王子という身分、協力者の存在、更に紹介所に大金を渡している事もあり、上手く証拠を掴ませずに悪行を重ねている。
「……生徒達が庭園に集まってる。……この騒ぎ様はアレだなぁ……ぐふふ……」
庭園へと視線を向け、男子生徒は欲望を現すように口元を醜く歪ませた。
♢♢♢
「そのような方がおられるのですか。正直に申しまして、気分の悪い話ですね」
「く、くぅ……いっ!」
御前試合でのエリカの対戦相手、ゲッソ・クジャーロの話である。
「えぇ。ですが、ライト王国内に彼の協力者がいるらしく、罪を問い詰めるだけの証拠を得られないのです。私は他の用で手が離せませんし、そうこうしている内に最上級生にまでなってしまいました」
「くっ、うぅ……うっ」
セレスティアが優雅に緑茶に口を付け、困ったように言う。
そしてその傍らで、細い木の棒でエリカの関節を叩き、何かしらのフォームを教え込むグラス。
「被害に遭われた方々の為にも、何らかの裁きがあると良いのですが。……ほら、もっと腰を落として」
セレスティアとの会話もそこそこに、ピシリと軽くエリカの腰を打つ。
「うっ!? ……ねぇグラス。これでホントにゲッソに勝てるの?」
「無論です。メッタメタのゲッソゲソです」
「ホントかなぁ……。先に私がゲッソリしそうだけど……」
メガネクイっからの自信満々な一言にも、あまり信の置けない様子のエリカ。
「やれやれ、不満は口にしないとのお約束はどうされたのでしょうか」
「……」
そんな
「しかしながら、ここらで目指すべき目標くらいは提示しておきましょうか。……すみません。どなたか魔術を扱える方はいらっしゃいませんか?」
グラスが、近くの木に立て掛けてあった刀を取り、周囲の群衆へと呼びかける。
「それなりで構いません。私に撃ち込んでもらいたい」
誰もが思う。
それなりの魔術を扱えたとしても、そんな殺人行為とも言える要求に誰が手を挙げるのだろうかと。
すると……人垣を無理矢理割って、女性2人を伴った1人の男子生徒が歩み出る。
「それなら、この私を置いて他にはあるまい。王女の御二方にお見せするのだぞ? 当然だ」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてグラスの前へと躍り出るその生徒に、グラス以外の周囲の誰もが目を逸らしながら嫌悪の感情を色濃くしていく。
「おぉっ。ご親切にありがとうございます。では、お好きなタイミングで――」
「――〈
感心したようなグラスの説明半ばで、不意を打った火球が撃ち出された。
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