第296話、判明する新事実が生む闘争

 この戦場において最も活躍したのは、ネムが遺跡から持ち帰ったゴーレムだろう。ゴーレムの活用法は戦闘のみならず多岐に渡っているようだ。


「生き残りは……いないよな」


 機転を効かせたネムにより、避難に使われる。金属体に数少ない生存者を乗せて、とにかく遠くへと、一刻も早い撤退に一役買っていた。最早、足を向けて寝られないだろう。ここまで手早い撤収は快挙と言える。


 黒の騎士団が誘導した生存者を、神殿の下層から遠く離れた場所にいる本隊へ送る作業も終えるべき頃となる。


「ここまでです。私も避難します」

「お疲れ様でした、お嬢ちゃん。すぐに乗ってもらえる?」


 最後まで残ったのはネムと、リリアだった。自分の騎士団も送り出し、一通り見渡して確認を終える。


 鼓膜を突き破るような激音は、既に再開している。最早ここに止まる事は出来なかった。


「ま、待つのだっ! 私を忘れているぞっ!」

「……よく言えるねぇ、おたく」


 神殿を熔解させていた熱気が収まり、何処かで身を隠していたらしいギラン伯爵が出て来た。引けた腰でフラ付きながら階段を転がり落ちて来る。


 生きて帰ろうとも待っているのは国家叛逆に対する裁き。勝手極まる行いに対する、王国からの手厳しい回答だ。


 とは言え、捨てて帰るわけにもいかない。


「他に人は見たかい?」

「い、いいや、見ていない……」

「嘘だったら、ただじゃおかないよ?」


 凄惨な現場故にネムは柄にもなく、声を低くしてギランを脅す。細めた目から覗くのは、息吐く暇もない死闘により高められた純粋な殺意。


 素人にも分かる本物の敵意だ。第二天使と正面から戦い、死に至らしめんとした魔術師の尋問だ。


「……本当は見たが、龍の天使と何かを話していたっ! アレは放っておくべきだ!」

「龍と話してたぁ〜っ?」


 状況にも関わらずギランの発言に、素っ頓狂な声を上げる。リリアはそれでも冷静で、驚きを露わにするネムへ告げた。


「だとしても、早く逃げましょう。さっきの熱波が来たら、追いつかれて死にます」

「そうだね、流石にいたとしても待ってられない。さっ、お嬢ちゃんから送るよ?」


 浮かぶ金属体の平面にリリアを乗せ、もう片方に飛び乗る。ギランを押さえ付けて逃さぬよう気を付け、灼熱で溶けゆくエンダール神殿から遠ざかる。


 龍の光線が影響しているのか、常に揺らぐ大地の異変も無関係に、宙を滑って遠く後方へと逃げる。


 龍の逆鱗に触れたなら、どれだけの距離も意味を成さないとしても。


「…………」


 上層にてアークマンを仕留めきれずに撤退時。ネムは丘を去り行く竜達を見た。魔壊竜・ダゴを先頭に、鬼に引き連れられて去っていく竜の王達。


 行方は魔王の元だろう。新たな戦力獲得が目的か、姑息な横槍で連行される。


 しかも、


「あのアスラとかいう鬼族……」


 第二天使と真っ向からやり合っていた。鬼族には会った事もあるが、あそこまで出鱈目な人物は初めて目にする。言うならば進化、もしくは突然変異だった。


 個として、あそこまで強い人物に出逢うとは……。


 討伐せよと命じられたなら殺すが、また骨が折れる思いをするだろう。魔王の組織もまた王国と敵対している。今から入念な支度をしておく必要がある。今度は万が一にも逃さぬように。


「それも、生きていられたならの話だな」


 背後で始まる龍の炎舞。駆け抜ける熱波は丘を焼き、野を焼き、その先の森まで焼き尽くす。


 リリアの背後に位置を移し、ローブで風除けをしながら命辛々に逃げる。


 一度だけ、後ろを見る。それが危機感を最大限を超えてネムを焦らせる事になる。地の果てまで逃げなければと、ネムに生涯最大の危機感を抱かせた。


「……——————」


 神殿の向こう側にて、天へ登る火柱が、龍の片鱗を遺憾なく体現する。


 


 ………


 ……


 …




 浮上する本殿を見送り、それなりに離れたのを見届けてからマファエルに視線を合わせた。


 右殿の尾根をまたぎ、乱れる気流に黒髪を揺らしながらヒューイを乗っ取った天使と目線を交わす。


 分かる。空間伝いに感じる魔力。醸す熱気。眼に宿る自信のが、極限を手にした自覚を抱いていると分かる。


「……彼は無関係だ。待っている母親もいる。今すぐ彼を解放してくれ」

『彼が、この龍を指すのだとするなら、それは不可能です』

「どういう意味で?」

『あらゆる意味においてと返答します』


 神経を逆撫でるような事を、女性的な高い声で言われる。


 削減した物言いを目を閉じて堪え、察する・・・。マファエルはこの会話を無駄なものだと判断している。相手に怒りを抱かせる可能性が大いにあると知っていて答えていた。


 たとえ戦闘になろうと、確実に勝利する確信を持っている。それが龍なのだと、身体を奪って確証を得ている。


 つまり、舐めている・・・・・


 けれど、天使が嘘を吐けると発覚したとしても、引き出せる情報は引き出さなければならない。


「……省略しないで、きちんと答えてもらいたい」

『龍の自我は既にこの中にいません。そして龍を素体とした奇跡を、私が手放すメリットもありません。そもそもアークマンの兵器化により、元の龍体に戻る術がありません』


 マファエルの開き直りにも聞こえる答えを受け取り、チラリと右上を見上げる。


 上空を飛ぶ霧の魔獣。水天竜・シュリンを回収したカゲハとレルガが知らせているのだろう。一度だけ視界の端で旋回してから、飛び去っていった。


「……君の目的は?」


 問いに、マファエルはアークマンの向かった先を見上げる。


『マリア=リリス再誕までの〈寝所〉の保証です』

「だったらもうヒューイは必要ない筈だ」


 そう告げた瞬間に、空に浮かんでいく本殿から純白の光が弾け、アークマンの白羽根が舞い落ちる。光を放つ神秘的な白い羽根が、二人にも降り掛かる。


 それは、マファエルの存在意義が失われた事を意味する。


 しかし、


『私の意義は失われていません。まだ〈寝所〉と呼べるものが、この世には存在します』

「……何処に」


 予想外にも恐るべき情報が吐露される。マファエルは他に〈寝所〉があるのだと口を滑らせた。嘘を許されないマファエルだからこそ、淀みなく答えていた。


『…………』

「何処にあるの?」

『…………』

「分かった、質問を変える。あと、いくつある」

『…………私の知る限り、ひとつです』

「でもベネディクトさんがいないと、機能しないんだろ?」

『…………』


 沈黙した。という事は、手段がないわけではないといったところだろう。


 けれど何百なのか、何千年なのか、リリスは蘇っていない。アークマンの権能が唯一にして最も可能性の高い方法だったと分かる。


「暫くは停戦しよう」

『…………?』

「俺は君をヒューイと分離させる方法を調べたい。そっちも目的はその“寝所”ってやつだろ? 勝手に守っていればいい。方法が分かったら会いに行くよ。それまで休戦だ」


 天使・マファエルの意義、目的から危険性は低いと判断した。これなら猶予を設けられる。


 何より龍の身体からは、まだ鼓動が聴こえている。生きているのなら、ベネディクトやマファエルが不可能と言えども、取れる手段はある筈。救う手立ては、必ず存在する。


 心強くも知識の豊富な人材は周囲に多くいる。国外を渡り歩いてでも龍に取り憑いた天使を剥がしてみせる。


 魔王はマファエルへ背を向け、帰路へと歩み出す。


『逃がしません』

「…………」


 歩みは一歩にして止められる。


 返事を返すよりも早く、振り返るなどの行動に移すよりも早く、理由は説かれた。


『あなたは他に〈寝所〉があると知ってしまいました』

「……そっちが勝手に言ったんだろ? 知らないよ、そんなものは。他の人に言わなきゃいいの?」

『知ってしまった事実が問題です。これは多言される前に排除しておかなければなりません。人間はとても不誠実で、利己的で、嘘を吐く生き物ですから』

「っ…………驚くほど身勝手だな」


 どの口が言うのかと、マファエルへの憤りが再燃する。


 どうやら戦闘は避けられない。龍の力から逃げれば被害は何処までも拡大していく。そうなれば計り知れない生命が巻き込まれるだろう。マファエルが意義に反するとして標的と認識してしまった以上、相手になる他ない。


 その場の些細な流れであったとしても、受けて立つしかなかった。


 不幸中の幸いにも、辺り一帯の生命は死に絶えている。この場で戦うしかない。そうなったからには、勝つしかない。それは、つまり……。


「……最悪の覚悟は、しておこうか」


 酷く憂慮するその小声は、乱風に掠め取られて消える。誰の耳にも届く事なく、魔王と龍天使による決戦の火蓋は切られた。

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