第297話、魔王と龍天使
ラストを前に注意点を、近況ノートに載せます。少しでも作品に思うところのある方は必ず読んでください。後に消すかも。
楽しんでおられる方々は、無視して続きをお楽しみください!
〜・〜・〜・〜・〜・〜
天使の殺意を受け取り、戦意を抱いたクロノが歩む。
浮かんでいたマファエルは屋根へ降り、迎撃の構えを取った。選んだのは龍爪。第二天使すら余波のみで打ち据えた自慢の爪をまた繰り出す。
間合いを見て、一歩、二歩、三歩……。
『ッ————!!』
神殿を深々と切り裂く龍爪が振るわれる。これを目で追える生命が、この世にどれだけいるだろう。これに反応できる者が、どれだけ存在するのか。
消えた龍の右腕。瞬間的に三つの斬撃痕が、エンダールを横断して崖へと深く刻まれた。
振るう超威の愉悦、痛快感たるやマファエルに“最強”の確信をもたらす。
「————」
だが肝心のクロノの身体は空かしてしまう。
姿を確かに切り裂くのだが、幻影なのか透過して通り過ぎる。
しかし幻影はそのまま歩み、実体を持って龍の喉を掴んだ。更に踏み込んで振り被りの余白を設け、崖下の森へ目掛けて、————投げ飛ばした。
初速から音速の壁を破り、マファエルは燃える森林へ着弾する。死に絶えていた生命は熱波により燃え上がり、焦土が確定的な死の炎森と化す。
『————』
雑に振り上げられた龍爪。熱気を切り裂き、燃えながら翔ける魔力の爪撃は、右殿を切り裂く。
けれど遠くから見下ろす人族は、軽く身を捻るのみ。中指と薬指の爪撃間を抜けて躱した。
『回避を得意としているようですね』
龍翼と天使の羽が、同時に羽ばたく。また飛び出しから音速を超える。空気の輪を広げ、それも燃やし、炎の円環から龍が飛び出す。
「…………」
目にするクロノは自ら踏み出し、崖下へと飛び降りた。
視線厳しく指関節を鳴らして万全で備え、崖へ突き刺すように飛び掛かるマファエルを迎えた。迎合した瞬間、絶壁へ着弾する。
爆発して舞う瓦礫や粉塵。けれど龍の羽ばたきが、直後には吹き飛ばして視界を晴らす。
翼はまだ羽ばたく。壁に立ちながらにして飛行し、両手で組み合うクロノを急降下で突き落とす。
「っ……!」
『————っ!』
踏ん張るクロノの足元が、壁肌を削る。それでもマファエルの飛行は止められない。むしろ加速し、また音速を超えて地面へ激突する。
崖の半分までも高く舞い上がる砂塵。
「…………」
『っ…………』
仰け反った下半身で着地し、手を組み合わせたままマファエルごと受け止めていた。
自然な姿勢へと仰け反った上半身を戻し、マファエルを叩き付けるように地面へ下ろした。黒眼から忌まわしき天使へと告げられる。
「それで? 俺は殺せそうかい?」
『今の私に殺傷出来ないものはありません』
答えた言葉とは裏腹に、押し潰そうとしても手首は返せない。分かっていた事だが、人族の形はしていても別物だ。
だが龍の身に深く眠る力は、敗北が有り得ない事を知らせていた。未知の力を持つ者の手応えを受けて尚も、決して余裕を損なわないと直感していた。
『あなたの存在は他種を蔑ろにしています』
極熱を臓腑に滾らせながら言葉を連ねる。不意を打つ布石の一つを仕掛けながら、構えを終える。
ごく自然に吐き出す龍の炎。開口した
「————ッ」
眼前で吹かれる滅却の炎流。けれど下顎を爪先で蹴り上げられ、膨大な龍炎は空へ向けられる。
真昼の空へ、世界最強種の一撃が放たれる。
………
……
…
離れて離れて、それでも離れて……。
エンダール神殿から過剰に遠ざかって、それでも無駄と知った時、人類はもう見上げる事しか出来なかった。
「…………」
「っ…………」
息吹きの齎らすものを仰ぎ見て、恐れも忘れて終末の空を、終局の足音を感じるのみだった。
茜色に眩い夕焼け。青空を燃やし雲を焼き、龍が龍たる証を知らしめている。
遥か昔、黒龍は龍撃一つで国家を滅ぼしたという。
それがどうだろう。夢物語だろうか。
龍は息吹き一つで、真に国家を焼却できるという事実を知る。龍の気分で人の世など滅却できるのだという現実を見せしめられる。
「龍がいる……」
アルトの無意識な呟き。
避難の無意味さと龍の威厳を、絶景として目の当たりにする。
大空を夕焼けへ変えた、これはまだ始まりに過ぎなかった。
『——お兄様』
「っ……!? セレスティアか……?」
何処からともなく光が舞い込み、アルトへ呼びかけられる。聞き覚えがあるどころか、王都を立つまでは入念に会議を積み重ね、耳に新しい声音だった。
『ベネディクトは排除しました』
その一言でアルトは全てを悟る。妹を知る兄だからこそ、何をしたのかを理解した。
計画通りなら王都にいる筈のセレスティア。裏では、ベネディクト討伐の本命として自らを置き、見事に成果を上げたようだ。
「呪剣をすり替えていたのはお前の策だったか……」
『お兄様、話している時間はありません』
セレスティアらしからぬ、捲し立てるような言葉選び。続けて彼女は最善と思しき指示を告げる。
『これから精一杯の速度で、南下してください』
「南下だと?」
『生き残った数少ない兵達の進路は任せます。ですがお兄様自身はラスタル街道を降り、神殿から
目処のない撤退を指示される。いつまで、何処まで、これらも不明瞭に避難を促された。
「……了解だ。それだけの危機なのだな?」
『とにかく急いで離れるように。特にお兄様とハクト君は』
「…………」
妹に何度も怖さを感じて来た半生だが、この台詞を耳にしたアルトは、最も大きな恐れを抱いた。
父とシーロ、祖父とシーロの父、そしてこの決戦前よりアルトも加えた五名しか知り得ない王国の秘密を、昂る知性により察している可能性を見た。
それは本来なら、あってはならない事態だ。
「……分かった。お前も無事でな」
『はい、ありがとうございます』
アルトはこの問題を一度しまい込み、退避を優先する。
光が届ける声が去るのを機に、号令を発令した。
「皆、聞けぇぇぇぇーっ!!」
空を焼く炎が収まると同時に響く怒号。注目はアルトへ集まる。
「これより全速力で避難する!! 何処までもだっ!! 道中で朗報を伝えよう!! だがまずは全力で撤退だぁぁぁ!!」
歴史に残る全力的撤退。息が上がろうとも速度を上げて、神殿方面から生まれる異常現象からどれほど離れようとも、撤退は続けられた。
………
……
…
炎の粒子が散り、熱気は昇るばかり。天を焼く炎はまだ火柱を衝き、有り余る
『————ッ!?』
腹を打つ拳に息が詰まり、背後の壁に埋まる。
「——っ!」
続けて五つの拳打が打ち込まれる。鳩尾、左頬、逆鱗、鼻先、右横腹。どれも急所で、五つが一度に叩かれる。
龍鱗があり、龍体であると言えども、一瞬の硬直を生む。身体を埋める絶壁が爆ぜ、衝撃が突き抜けて崩壊していく。龍の背後が五撃の強さを表していた。
それだけ与えて、やっと生まれた瞬間硬直は、次の一手も手中にする。
天使の羽を掴み、乱暴に投げ飛ばした。金色の模様を握り締め、引き千切りながら飛ばす。
『————』
高速で飛ぶ間にも天使の羽は復元していく。
飛びながらに龍爪も振り、追いかけて踏み込んでいたクロノを抑止する。龍眼は早くもその速度に順応していた。
「————」
ズラされる。手を添え、爪撃の軌道を柔らかな手付きで変えられる。空振りを強制され、生え変わったばかりの天使羽を掴まれる。
更にもう片方の羽も掴まれ、背の中心線に右足が置かれた。何をされるかなど自明の理だった。
蹴り出された。
『っ……!?』
また加速して飛ばされる龍体。けれど何度もやられるわけにはいかない。翼をはためかせ、龍の視界で背後からまた追い付いて来た男へ向き直る。
爪に熱を灯し、地面を切りながら熔かして男へ飛ばす。
熔けた粘り気のある液体。浴びれば少なくとも視界を塞げる。まずは足を止めさせ、そこへ龍の息吹きだ。
「————!」
だがむしろ男は加速した。加速して走る。
その額に……熔けた液体が触れる。
瞬間に、弾けた。超高速物体に触れ、液体がその衝撃で吹き飛んだ。
『勉強になります』
「しなくていい」
抜けた先で目と目を合わせ、一瞬の爪撃を重ねる。連続攻撃を一瞬に押し込める。龍体任せの爪撃を、三十二だけ重ねて切った。
先の地面が遠方まで切り刻まれて舞い上がり、その先の崖すら細切れに飛ぶ。
男の姿も幾重にも切れ、けれど姿は幻の如く薄まって消えた。
『————ッ!?』
後ろを取られたと知ったのは、龍の背筋に走る天使の模様に指をかけられた時だった。抉り込む指先が金の紋様を剥がし、強引極まる手法で身体に走る線を抜き取った。
両手で引き千切り、また重ねて引き千切る。
「っ…………」
しかし、無意味な行為だ。
天使マファエルの紋様は直ぐに再生して描かれ、天使羽も生え替わる。
『何がしたいのでしょう。もしや、あの龍に変わるとでも?』
「…………」
『失われた命に固執する意味は皆無です。彼はただ、私との生存競争に敗れただけなのですから』
返る答えはない。ただ硬質な瞳の光を向けられ、粒子と散る天使の糸くずを放り捨てるのみ。
『それよりも聞いてください』
「…………」
『あなたの動きを捉え、実際に走り、翼を動かし、炎を吐く。これらを経験して、私は私の身体に段階的な順応をしています』
マファエルは楽しんでいた。恐怖を知って生命を学び、
「あぁ、そうか……」
平坦な声で語るマファエルの様子を見て、察してしまう。
「……わざと言ったんだな、さっきの情報は。思う存分試せそうな俺に、ヒューイの力をぶつけたくてっ……」
〈寝所〉の情報はうっかり答えてしまったわけではなく、マファエルが龍の力を奮いたいが為に伝えたものだと思い至る。
腹立たしくも、意図的な戦いだと知る。
『このように、淀みなく奮えるようになりました』
マファエルは龍を楽しんでいた。龍体の限りを使い、得体の知れない男へ渾身の爪撃を振る。大瀑布すら切り裂く龍の爪を、一人の男へ送る。
『————っ』
耐え難い不快感だった。急停止した龍爪の感覚は、絶対強者となったマファエルには不快極まりない。
「……
人差し指、中指、薬指。そっと翳した三本の指先で龍爪を止め、蔑むように酷評した。遥か遠くの山肌を削ぐ龍爪に、辟易していた。
有頂天に水を差されたマファエルは……。
『…………〈不運〉』
権能が行使される。白き魔力に与えられし、概念への干渉が決行される。
クロノの身体が、左へ吹き飛んだ。
それは着用する衣類にとっての不運。彼自身に影響させられずとも、因果を
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