第4話、勇者発見

 

 はい、魔王クロノです。


 という事で、やって来ましたライト王国王城。


 夜中にコソコソと、ヨーロッパ風の壮大な王城の壁をよじ登る。


 窓から中をのぞき見つつ、王の居所を探る。


 ここに到着してからは歩いているだけで心踊る王都の街並みに魅了され、一週間程たっぷり観光してしまったが、お陰でいくつかの有用な情報を得た。


 ライト王国は今最盛期と言っていいくらいに絶好調のようだ。


 賢王とうたわれる国王の、2人の娘と1人の息子は子供ながら非常に優秀で既にかなりの才覚を感じさせているのだとか。


 長男は貴公子然とした聡明な人だとか、次女は明るく優しい性格で華のある方だとか。


 特に長女はズバ抜けた才能の持ち主で、剣や知性は勿論のこと、容姿がとんでもないらしい。


 辺境に住んでいたから知らなかったが、女神の顕現であると大陸中で持てはやされている。


 ……完全に高飛車悪女コースだ。そうなったら魔王軍に勧誘しよう。


 悲惨な最期を迎える魔王軍幹部にピッタリだ。


 賢王の子らが成長したあかつきには、硬直したままにらみ合うお隣の【孤島の魔王】との関係も、かなり優位に立てるのではと噂されている。


 もちろん、その頃には本格的に魔王として始動する予定だから隣国より先に俺に専念してもらう。


 が、まずは指先を口に含み、湿らせ……。


 忍が障子しょうじに穴を開けるように、


「……ふんっ」


 ズドっと一突きし、王の執務室の石壁に穴を開ける。


「ん? 今何か音が聞こえなかったか?」

「はて、わたくしは気付きませんでしたが……」


 中では、重厚なデスクに座る王らしき30代くらいの口髭を生やした金髪イケメン男と、側の机で丸メガネをかけて書き物をする爺さんが、せっせと仕事に励んでいた。


「……ちゅ〜〜っ……」


 少し不審そうな顔をしているので、しぼり出すような声で得意のネズミの真似をして誤魔化ごまかす。


「……ネズミか?」

「また出ましたか! 奴等は何でもかじるので捨て置けませぬ。明日あすの朝一に兵士達に1匹も逃さず駆除するよう命じておきまする」

「ほどほどにな」

「はっ。……それにしても、頭の悪そうなネズミでしたなぁ。顔もさぞかし醜悪でありましょう」

「うむ。あまりに邪悪な鳴き声に驚いてしもうたわ。食い意地も張っているのやも知れぬぞ? 腐ったミルクでも飲ませておけぃ」


 はっはっはと、仲良さげに笑い合う男達。


 そんなに魔王を傷付けて楽しいのだろうか。


 その後も一言二言話をしてはしばらく無言で仕事に励むを繰り返している。


 あまりに暇なので、夜風に吹かれつつオヤツに買ったホットドッグのような食べ物を片手に摘みながら、穴から聞こえる会話に聞き耳を立てる。


「――そう言えば、近々お迎えに上がらなければなりませんな」

「あぁ。あまり勇者に迷惑をかける訳にもいかん。セレスも多少は気晴らしができた事だろう。明日、迎えを送るつもりだ」


 ……勇者?


 やっと出てきた核心を突く単語にホットドッグを口いっぱいに頬張り、穴から様子をうかがう。


「もはや姫様に剣を教えられるのはあの方くらいなものですからな。王家の指南役達は既に倒されましたし、騎士団長達は手が離せませんし。……剣だけでなく各方面の教師達も教える事が無くなったと口々に申しておりまする」

「うむ。……常軌じょうきいっして才に恵まれてしまうと、それはそれで不幸なのやも知れぬな」


 蝋燭ろうそくの火に照らされた明暗のある表情で、遠くを見るように見上げて娘をうれう王。この時ばかりは、子を思う父の顔をしている。


 だが興味なしっ!!


 聞きたい事は聞けた。どうやら王の子のセレスとやらは勇者の元に出稽古に行っていて、明日そこに迎えが出るようだ。


 つまり、そいつを尾行すれば勇者の元に辿り着く。


 そうと分かればここに用はない。宿屋に戻り、朝まで市で買った米について研究しておこう。


 そう決め、城の壁から飛び立ち、コートを広げてムササビのように滑空して城を後にする。



 〜・〜・〜・〜



「――時に、例の件はどうなっている」


 飛び去ったクロノが壁に激突し、城壁に大穴を空けている頃……。


「……はっ。それが、全く調査が進んでおりませぬ。やはり、かなりの数の内通者がおるのでしょう……」

なげいていても始まらぬ。歴代の王達ですら食い止められなかったが、余の代で一掃する。確実に、必ずや。……分かっておろうな」

「無論にございまする。私めも残りの生の全てをお捧げする覚悟にございまする」


 真剣な面持ちの主従が頭を悩ませるのは、ライト王国に常に付いて回る病の如き問題。


「うむ。頼りにしておるぞ。して、今年は何人程だ?」

「現時点で34名が行方をくらましておりまする」

「……」


 背もたれに深くもたれ掛かり、眉根まゆねしわを寄せ険しい表情を作り、目を閉じる。


「確実に貴族の中にも通じている者がおりますな……」

「うむ……」


 根が深い、改めてそう思い知らされるライト王であった。



 ♢♢♢



 おいおいおいおい、これホントに勇者の元に向かってるのかな?


 王都を出立して、早6日。


 城からここまで、それらしき女の騎士(40代マッチョ肉体派系)に付いて来たのだが……………辺りを見回すと、木、木、木。そう、ザ・森だ。


 それも、かなり山の奥深くへと進んでいくではないか。


 昨日辺りからは、この人ただのバックパッカーで、アテのない旅をしているのではと疑い始めている程だ。


 だがそんな俺の心配を嘲笑あざわらうように、とうとう夕暮れ時に森の中にポツンと佇む一軒家に辿り着く。


 仙人の家を思わせる独特の雰囲気で、外観もオシャレで悪くない。正直、俺の実家より大きいし立派だ。


 ムキムキな女騎士が馬から降り、丸太のような腕で木の扉をノックしている。


 すると程なくして、雪のような白髪の30代とおぼしきステキなイケメンが出て来た。


 身体つきががっしりしていて、立ち居振る舞いにも武人の気質を感じる。


 あれが、勇者か。


 そこそこ強そうではあるが……………う〜ん、ちょっと歳が行き過ぎてるかな。理想はあの半分程の年齢なのだが。


 未熟で成長する余地を残した少年を採用したいのだ。


 ここまで来たのに、参ったな……。


 と、思う俺をまたまた嘲笑うように、勇者の腰元からヒョッコリと……天使のように可愛らしい男の子が顔を出す。


 採用。



 ♢♢♢



 深夜……。


 一度我が勇者を間近で見たくなったので、勇者宅を不法訪問する。


 窓が開いてるし、あそこから入るか。


 2階の窓枠へジャンプして飛び乗り、静かに部屋に入る。


「――どなたですかっ!?」


 その鈴を転がしたような高い声に慌てて気配を絶って瞬時に天井に張り付く。


 部屋の隅のベッドから、小さな人影が身を起こす。


 おそらく、窓から射し込む月明かりが突然遮られたので気付かれたのだろう。寝ていると思っていたので油断してしまった。


 ベッド近くに立て掛けてあった剣を取り、素早く抜剣して窓枠近くへり足で近寄っていく。


 顔は拝めないが、月光を受けた長い金髪が神秘的に輝いている。上質な生地の可愛いパジャマを着ている事から、この女の子がセレスとやらだろう。


「……ちゅ〜〜ぅっ……」


 とりあえず、誤魔化しておく事にした。


「ほっ、なんだ猫ですか」

「ぶっ!?」

「やっぱり誰かいますね!? 出てきなさいっ!」


 こんな子供にしてやられただと!?


 おのれ、このままでは魔王クロノの名がすたる。


 少女にバレないように無音で背後に降り立つ。


「――こっちだよ」

「っ!?」


 闇から生まれ出でるような演出で、影から姿を見せる。


「……ぁ……ぁぁ……」


 ……ふむ、これは確かに凄まじいな。


 こちらへ振り向き驚愕きょうがくする少女は、まさに小さな女神であった。


 おびえて後退りする様もどうしようもなく可愛らしく、愛らしい。まさしく女神の顕現けんげんと言うに相応しい容姿である。


「あ、あ、あなた、……あなたは……」

「俺か? 俺は……」


 だが俺は魔王。


 ちっちゃ可愛くても、してやられたからには無意味に絶望を与えるのみだ。






「――魔王だ」






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