第5話、セレスティア・ライト
セレスティア・ライトは、ライト王国第一王女として生を受けた。
何不自由のない暮らし、何不自由のない環境、そして……何不自由する事のない才能。
『なんとお美しい』
彼女を目にした者は決まってそのような言葉を口にした。
『天才だ』
このセリフも、彼女は何度も耳にした。
『そんなっ!? まだ剣を持ったばかりだと言うのにっ! この儂が負けただとぉ!?』
彼女からしてみれば、先生の真似をした上でより良い方法を見つけただけだ。
どれもこれも楽しくない。できて当然の事を褒められても嬉しくない。
心配をかけたくない。その一心で微笑みを見せるようにはしていたが、それは皆を更に
増長させるだけだった。
このまま大人になっても、
彼女は、恵まれた自分の境遇を自覚しながらも、
♢♢♢
ある日、王である父が部屋を訪れた。
何か話があるらしい。
「セレスよ。勇者を知っておるか?」
初めは仕事のし過ぎでおかしくなったのかと疑ったが、よく話を聞けば勇者は実在しており、代々長きに渡って遺跡の守護という役目を
「勇者は強い。お前でも敵わんだろう。紹介するから少し遊びに行って来てはどうだ?」
気を遣わせてしまったようだ。
だけど、そうある機会でもないので有り難く受ける事にする。
♢♢♢
勇者は確かに強かった。
「っ、……参りました」
勇者の
「……驚いたな。まさかここまでとは……。確かにこれでは相手に困るはずだ。ライト王国の未来は明るい。ハクトも頑張らないとな」
初めての負けだった。
快活に笑う勇者が、駆け寄った息子をわしゃわしゃと
父親と同じ雪のような白髪がクシャクシャになってしまっている。
「お、お姉ちゃん、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。手加減をしてもらいましたので」
そう言ってセレスが勇者に目を向けると、彼は苦笑いしていた。
……確かに強い。
しかし、同時に分かってしまった。
今の一度だけでも多くを学んだ。
遠くない未来に、追いついてしまう。
追い越してしまうと……。
♢♢♢
セレスティアが2ヶ月ほど過ごした勇者宅での日々も、明後日で終わりとなる。
勇者には未だに勝てないが、今日の夕方に迎えが来た。
護衛のマリーも疲れているだろうからと、明日一日休んでから明後日の朝に帰る事にしたのだ。
「ひっく……うぅ……」
セレスティアがそれを伝えると、ハクトが泣いてしまった。
「またお会いできます。ハクト君も王都の学園に来るのですから。機会はいくらでもありますよ」
「そうだぞ、ハクト。セレス様が帰りにくくなる。男なら笑って送ろう」
ハクトの両親も、普段あまり泣かないハクトの様子に困っているようだった。
仲のいい家族だ。
♢♢♢
その日の夜は、特別に月が綺麗だった。
セレスティアはウトウトしつつも、右の窓から見える月を
「――っ、どなたですかっ!?」
突如として、月を背負うように窓に現れた人影に跳ね起きる。
剣を持ち、警戒しながらにじり寄っていく。
「……ちゅ〜〜ぅっ……」
(な、なんて邪悪な鳴き声なのでしょうか……)
これはこれで問題だが、念には念を入れておこう。
「……ほっ、なんだ猫ですか」
「ぶっ!?」
(やっぱり誰かいる!!)
おかしいと思ったのだ。
何故なら、この部屋の中には何の気配もしない。
ネズミも人も。なのに鳴き声がしたものだから、確かめたのだ。
「やはり誰かいますね!? 出てきなさいっ!」
気配を消す技は見事だが、実力では勇者に迫りつつある自分が負ける訳はない。
「――こっちだよ」
「っ!?」
背後から生まれた若い男の声に振り向くと……暗闇から黒髪の少年が歩み出て来た。
自分より何歳か年上に見えるその少年は、一言で表すならば『異常』であった。
ただ何の警戒もなく立っているだけなのに隙がなく、自分を前にしても平然としていた。
こちらへ向ける視線にも、いつも向けられる好意的なものというよりは挑戦的な感情を感じる。
怖い。
初めてそう感じていた。
「……ぁ……ぁぁ……」
少年の皮を被ったその化け物は、ただセレスティアを見下ろす。
深い深い……底のない闇のように深い黒色の瞳に見つめられ、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「あ、あ、あなた、あなたは……」
「俺か? 俺は……」
男の意に従うように、月が雲によって
その中でも魔力を宿した瞳は男をはっきりと捉えてしまう。
一層怯えるセレスを置き去りに、黒闇の権化とも思える少年が口を開く。
「――魔王だ」
魔王……。
セレスは思った。
こ、殺さなきゃ、と。
「……せいっ!!」
震えながらも
その一閃は、数多の教師すら反応できなかった彼女の自慢の一撃だ。
「――甘い」
が、姿が闇に溶けるようにかき消え、かと思えば背後から声が。
「ひっ! ……あっ」
途方もない実力差にゾッとしたのも束の間、ヒョイっと剣を奪われてしまった。
「やれやれ、所詮は子供じゃないか。少しは期待したんだけど」
その信じがたい評価に、危機感よりもムカっと頭に来て、勢いよく振り向こうとしたその時――
「――セレス様っ! どうかなさいましたか!?」
隣の部屋で休んでいた護衛のマリーが、騒ぎを聞きつけて飛び込んで来た。
「マリーっ! 魔王です! 魔王が現れました!」
「ま、魔王、ですか? ……いったい
「えっ? ……」
振り向いた時には魔王の姿は影も形もなく、剣も鞘に収められてベッドの傍に立て掛けられていた。
じきに勇者も起きて来て、事細かく説明をしたのだが、セレスの言と言えども
子供の見た夢の話だと、微笑ましく笑って済ませてしまう。
これ以上は無駄だろう。
セレスはいつものように自らの手で解決しようと思考を巡らせる。
魔王の目的は定かではないが、あの強さは異常だ。その気になったなら、自分も勇者も
……そして思い出す。
勇者の守る遺跡の存在を。
遺跡には、きっと何か大いなる力が眠っている。
それを打倒し、学習すれば……。
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