第3話、森での出会い

 

 鬱蒼うっそうとした暗闇の森で、褐色肌の白髪美少女が魔族らしき角の生えた男5人に囲まれている。


 後ろでポニーテールのように一纏ひとまとめにした髪型のその女性は、黒い忍び装束に似た格好だ。


 男達は上質な革製のプロテクターのような物も付けて、万全の整った装備をしている。


 それにしても魔族とは。もうここは人間の領域なのに……珍しい。


 亜人種はともかく、魔族が人間の領域に足を踏み入れる事は早々ないはずだが。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 女性は手負いの様子で大木に背を預け、足元には返り討ちにした魔族の仲間らしき死体が3体転がっている。


 このままでも女性は出血多量で死んでしまいそうだが、どうやら男達は確実に殺さなければ気が済まないようだ。見るからに熟練のアサシン然とした動きで、今にも飛びかからんとしている。


 ……ふむ。





「――即殺っ!!」

「ぐぁーっ!?」


 飛び降りながら男の1人を両断する。


 七つの大罪なんて朝飯前とばかりに好き勝手をするのが、古き魔王の特徴なのだ。


「っ!?」

「な、何者だっ!」

「バカなっ! 我等が気配を察せなかっただと!?」


 俺から距離を取り、先程以上に身を屈めて構える男達。


「今日は山賊貯金が潤うぜ。……君らには悪いけど、少しは腕が立ちそうだから練習相手になってもらうよ」


 剣を逆手にして構え、自然体で待つ。


 だが、彼等は顔中に汗を滲ませるばかりで、少しも動き出そうとしない。


「――考えるな、もっと熱くなれ」

「「「「っ」」」」


 ごっちゃになった名言で挑発すると、やっとその気になってくれた。



 ♢♢♢



 美しい。


 死の間際に頭上から舞い降りた黒髪の少年が、あの暗殺部隊を圧倒している。


 いや、遊んでいる。


 闇に溶け込む漆黒の刃が、綺麗な軌跡を描いて暗殺部隊をあしらう。


 順手や逆手に持ち替えながら剣を巧みに操り、4人からの斬撃をあまりに容易く防いでいる。


 見栄えを重視したような流麗で自然な動きには、一切の無駄がなく、剣術だけでなく体捌たいさばきや合間に見せる体術までもが想像を絶する程に洗練されている。


「イィャッフぅ―――――っ!!」

「がアッ!?」

「ゴフッ!」

「ま、まっ、ガっ……」


 いい頃合と踊るように回転し始めた剣舞で、我等の里を蹂躙した暗殺部隊を斬殺する少年。


「ナハハハハハハ!! ……おや?」


 回るのに夢中になっていた少年が、最後の生き残りの1人が脱兎だっとのごとく逃げ始めたのにやっと気付いた。


「えい」

「っ!? ッ……………」


 素早く戦線を離脱する暗殺者も逃さず、剣を矢よりも速く投げ付けて仕留めてしまった。


 自分とも、奴等とも、強さの次元が1つも2つも違う。比較すること自体が馬鹿馬鹿しいほどだ。


「ぐ、ぅ……」


 この方がいれば、我等の里も皆殺しの憂き目を見ずに済んだかも知れない。


 カゲハは、とうとう立っている事すらできなくなり、大木に寄りかかって自らの血溜まりに座り込む。


 失われた血によって視界が暗くなり、体から感覚が失われてゆく。


(あぁ……どうやらここまでか……)


 “影の一族”の最後の生き残りとして、役目を果たそうと懸命に生きてみた。


 だが……。




 ――諦めるの?




(諦めるさ、もう十分懸命に生きた……)




 ――ふぅん。ちなみに、生まれ変わったらどうなりたい?




(生まれ変わる?)




 ――俺は傲慢ごうまんだ。だから死を受け入れたあわれな君で、容赦なく実験する事にしたよ。




(よく分からない。だが……)




 ――……。




(この、忌々しい白髪だけは絶対に嫌だ。里の者達は誇りに思えと口々にほざいていたが、私は―――――大嫌いだ)




 ――ふふっ。何か理由がありそうだけど、その感情論、俺は大好きだよ。




(……随分もの好きな神もいたものだ)




 ――神様じゃないよ。俺は……。










 ――魔王だ。













 ………


 ……


 …






 川のせせらぎと、パチパチと爆ぜるような音が聴こえる。


「……」


 視界が、開けていく。


 特に不自由する事もなく横たわっていた身体を起こす。


 目の前にはき火があり、すぐ隣には清流が流れている。


 気が付いてしばらくは、思考が働かず意識を失う前と全く違う景色を前に呆然としていた。


 しかし、徐々に事態を把握していく。


 自分は、まだ生きているようだ。


 月の位置からまだ時間はそう経っておらず、自らの生存から先程の蹂躙劇が現実であった事が分かる。


「……えっ」


 追っ手に付けられた身体の傷はおろか、古傷まで完全に治っており……それどころか一族最高と言われた先程までより、格段に力がみなぎるのを感じる。


「ほんとうに生まれ変わっている……? ………なっ!?」


 そして、やっと気付いた。


 生まれてからずっと視界の端に鬱陶うっとうしくチラついていた白い毛が、濡れ羽のようなつややかな黒髪に変わっていた事に。


 あの少年のような黒髪に。


 どうやら自分は、あの御方の手によって本当に生まれ変わったらしい。カゲハがそう結論付けるには十分な根拠であった。


「……」


 次に、側に置かれた包みに気が付き、警戒する事もなく中身を確認する。


 中身は、人間の国では珍しい白米のおむすびと、贅沢ぜいたくにも香辛料を使って焼かれた動物の肉であった。


 ……涙が止めどなくあふれてくる。


 胸に、苦しいほどに熱い感情が込み上げてくる。


 魔物が寄ってくる可能性などお構いなしに、激情のままに泣きわめいた。


 なんと慈悲深い【魔王】なのだ。


 カゲハの知るあの醜悪な魔王などは紛い物であった。


 今なら断言できる。


 あの黒髪の御方こそ、真の王であると。


 影の一族に伝わる予言など知った事か。


 何が、『始まりの魔が没する時、再び立ち上がった勇者は大いなる魔を討つ』だ。


 父と母の口癖が、カゲハの頭をよぎる。


 何が“勇者様の影となれ”だ。


 結果一族は死に絶え、何年も自分1人で戦った。戦う羽目になった。その間、勇者はおろか誰一人として手を貸すものなど現れなかった。


 辛かった。


 苦しかった。


 悲しかった。


 いや、もう済んだ事だ。


 今宵こよい、全てが終わり、全てが始まった。


 自分は、一度死んで生まれ変わった。


 彼女は決意する。


 これからは―――――あの御方の為だけの『影』となるのだと。





 ♢♢♢




 ……やべ〜よ。泣くほどお腹空いてたのか……。


 号泣する黒髪となった女性を、近くの大木の上から気配を絶って見下ろす。


 悪い事をしてしまった。


 地面に落ちちゃったおむすびが勿体ないからゆずったのだが……泣きながら食べてるよ……。


 辛い目にあった後に、置き土産に砂が入ってジャリジャリしてたもんだから怒ってんのかも。泣きながら目をギラギラさせてるもん。


 やはりげ気味の肉だけでは誤魔化せなかったか。


 ……まぁ助けた上に食事まであげたのだから恨まれることはないか。


 身体構造も強化しておいたし、もう心配いらないだろう。


 悪人ではなさそうなので洗脳の実験はできなかったが、髪の色を変える実験ができたのは嬉しい。


 持ちつ持たれつだ。


 さて、そろそろ行くか。あばよ、褐色美人の姉ちゃん。元気でやんな。






〜・〜・〜・〜・〜・〜



連絡事項と言うより、作者の感謝の言葉です。


早速☆をいただきまして、大変嬉しく思っております。いつも応援していただきまして、感謝の思いでいっぱいです。


なので、予定外ですが本日も2話更新しようと思っております。


誠にありがとうございました。

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