第2話、クロノ、旅立つ

 

 田畑が広がる長閑のどかな里の、転々と点在する家屋の一つの前に、男3人女が1人。


 旅立ちに相応ふさわしく、雲一つない快晴の空模様である。


「クロノ……寂しくなったら、いつでも帰って来るんだぞ?」

「うん。まぁ田んぼの経過を見にしょっちゅう帰って来るだろうけどね。――兄ちゃん、田んぼの世話頼んだよ。き止めてる水の流れに悪戯いたずらするガキを見つけたら、ちゃんとぶっ飛ばすんだよ?」


 最近腹回りをやたらと気にしている大柄な父ちゃんから、旅立つ弟を心配そうに見つめる2歳年上の兄へと視線を移して言う。


 父譲りのくせっ毛の黒髪と、スラリと伸びた手足。ワイルドなイケメンで、里の女子のアイドル的存在だ。


「分かってるって。お前がボコボコにするから、もうウチの田んぼに悪戯する奴なんていないけどな」


 苦笑いで嘆息たんそく混じりに返された。頼もしい限りだ。


「ほら、クロノ。握り飯だよ。気張って行って来なっ!」


 いつも快活な母ちゃんが、お弁当を渡すついでに背を叩いて後押してくれる。


「そいじゃ、行ってきます」


 こうして俺はよわい13にして、マク家を後にし旅に出た。


 父達には他の地方の米の調査と伝えてある。魔人族は日本生まれの俺には幸運な事に米作りが盛んで、米作りに積極的な姿勢を見せていた俺の提案はすぐに受け入れられた。


 現在のマク家の米はほとんど俺主導で、里内外でも一目置かれる程なのだ。


 日本生まれの俺には初めの頃のここの米の味は、とてもではないが満足の行くものでは無かったので、色々と提案しただけなのだが。


 さて、副目的の話よりも、魔王と勇者の話に移ろう。


 これがまた困った話なのだが……。


 この世界には魔王が遥か昔から存在しており、現在も今から俺が目指すライト王国の海を挟んで向かいの島に居を構えているらしい。


 長生きな事だが、長命種やそもそも寿命のない者達の存在するこの世界では決して珍しい話ではない。


 問題は、勇者だ。


 誰も居所を知らないのだ。


 ウチの父ちゃん母ちゃんも、お隣の呑んだくれも、昨日お孫さんに杖を折られてブチ切れていた里の長老も。


 遥か昔に、今の魔王の先代……初代魔王とやらを倒してからの消息が不明となっていると聞いた。


 だが、里にたまに来る行商人から得た噂では、勇者の一族は今も何か使命を持っているが故に身を隠している。


 ……らしい。


 あまりにふわふわとしている。


 だから、詳しく知っていそうなライト国王の部屋に忍び込む為に、彼の国を目指すのだ。


 辺境にあるウチの里からでは一番近いライト王国でさえ長距離の移動となるが、馬車を使わず鍛錬の為に魔力を使って走って目指す。


 普通はこんな事はしない。


 魔力には限りがあるし、何より疲労などで肉体が持たないのだ。化け物ではないのだから当然骨や関節、筋肉が損傷し、いずれ魔力による治癒でも間に合わなくなる。


 しかし、俺ならばどちらも問題ない。


 街道を走ると通行中の皆さんを驚かせてしまうので、街道沿いの森の中を縦横無尽に風を切って駆ける。


「……ん?」


 夕暮れ時の森の中で、見るからにならず者と言った風貌の集団を発見してしまった。


 賊のくせして一丁前に馬車などを解体して焚き火にし、略奪品らしき酒や食べ物でドンチャン騒ぎをしている。


 おそらく今日の戦利品だろう。行商人でも狙ったようだ。


 この世界ではよくある光景だ。


 なので、


「――魔王が出たぞぉ!! 者共ぉーっ! 曲者じゃ、出あえ出あえぇぇ!!」

「な、なんじゃあ、突然このガキゃぁっ!?」


 突撃して根絶やしにする。


 魔王となっても根底にある正義感のようなものは捨てられないようだ。


 魔王とは世に絶望をき散らす存在でなければならないが、何も人の見てないところでまで徹底しなくてもいいだろう。


 というか、こういう奴等はなんかムカつく。


「オレらを誰だと――」

「セリフは不要っ! 成敗っ!」

「ぎゃあ―――――っ!!」


 漆黒の魔力によって黒く染まった剣で叩き斬られ、真っ二つになる山賊A。


 もう手慣れたものだ。見えている山賊達をスタイリッシュに次々と斬り伏せながら叫び、敵襲を知らせてテントなどに隠れている輩を外におびき出す。


「魔王だと!? んなの、こんなとこにいるわけ、が、がはっ……」


 テントから這い出て来た少し遠くにいた男の首に、剣を真っ直ぐに投げつけ、串刺しにして絶命させる。


「こいつ、剣を捨てたぞ! 今だ! ガキをやっちブキャっ!?」


 最も得意なパンチで腹部を殴り、山賊Mを命もろとも吹っ飛ばす。


 そして足に魔力を凝縮させて爆発的に駆け出し、一瞬で―――――放った剣の元へ移動する。


「消えたっ!?」

「ど、何処だっ!!」


 同じような作業的な惨殺で、いつも通りに最後の1人を残して掃討した。


「……」

「お、おおっ!? やんのかあぁんこらボケこらぁっ!! この山賊王様とぉぉ!!」


 目の前の子供にガタガタと震える人相の悪い山賊王様。この周囲には山賊王がたくさんいるようだ。俺が出会っただけでもこの人で3人目だ。やはり称号とは自称するものなんだな。


 剣をクルクルと手で遊ばせつつ、この男の悪人ヅラに満足して一つ頷く。


「ほほう? 中々の面構えですな。あなたはさぞかし名のある悪党とお見受けしましたが?」

「へ? ……へ、へへ。おう、その通りよ。おれぁ、ここらで虐殺略奪強盗強か――」

「――あぁもういいよ」


 こう訊ねれば、救いようのない悪人かどうか一発で判る。


 犯した悪行をベラベラと勲章を誇るように語り始めるのだ。


 さて、やるか。


「はいちょっとごめんなさいよ」


 男の頭を鷲掴わしづかむ。


「え……アがががぎぎぎグゥーっ!!」


 男の頭部が黒のオーラに蝕まれていく。


 悪人には容赦しない。


 遠慮なく人体実験をさせてもらう。


 脳や身体の構造に魔力によって干渉し、魔王たる俺に忠実な怪人雑魚軍団を作ろうと企んでいるのだ。


 救いようのない悪人でも、捨て駒ならば使いようもあるだろう。


 それにこの実験のお陰で得たものもある。人体改造の副産物として、今の俺は寿命もなく年齢も自在、更には身体自体も少しばかり強化されている。


 だがこれは大量の魔力と共に、医療用精密機械での作業のような繊細さで魔力を操作しなければならない為、かなりの隙ができる。あまり多用はできない。


 そろそろいいかな。


「はい君。名前は?」

「イ―――! イー? イ―――――っ!!」

「……お元気そうで何よりです」


 ……これだ。“イー!”しか喋らなくなるのだ。こちらの言葉も理解せず、やたらとハイテンションで“イー!”ばかり。


 身体構造は強化できるのだが、肝心の洗脳ができない。


 いや、ある意味では大成功なのだが、俺の指示を聞かないのであれば使い物にならない。


 魔王には洗脳が似合うと思ったのだが……やはり悪の先輩達は偉大だ。“イー!”のまま忠実な配下を作り出すのだから。


 自分の技量不足に落胆の溜め息を一つ吐いた後、せめてもの慈悲を持って剣を翳し――



 ♢♢♢



 あれから暗くなっても走り続けていたが、そろそろ夕食時だ。


 さっき狩った肉を焼いて食べたいのだが、街道に出て誰かから火を借りようか……おっ、またか。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「……」

「……」


 気配を絶って大きな木の上に飛び乗り、上から見下ろす。


 ……魔族?



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