古き魔王の物語をっ!

壱兄さん

第1章、魔王の始まり編

第1話、古き良き時代の物語



 

 ――昔は良かった。


 きちんと勇者は、『正義の守護者』で……。


 魔王は、『絶対的な悪』で……。


 絶望的なまでに強大な力を持つ魔王を、勇者が苦楽を共にして確固たる絆で結ばれた仲間達と打ち倒す。


 そう、正義は必ず勝っていた。


 だが、俺の求めるそんな胸の熱くなるストーリーはもはや望めない。


 クズが勇者となっていたり、魔王が変に良い奴であったり、脇役が主役を奪っていたり。


 現実であれば尚更そうだ。


 悪者が良い思いをし、正しさを主張する者がき目にう。




 だから――




 ――転生した・・・・この世界では、古き良きあの頃の物語を目指そう。


 悪の根源たる最強の魔王が君臨し、心身共に成長した正義の勇者達がそれを打倒する。


 そんな熱くたぎるような物語を……。



 ♢♢♢



 ちなみにだが、今の話と俺の死因は全く関係ない。


 真冬の凍った歩道橋の階段から滑り落ち、頭を強く打ったのが原因だ。


 なんで太ももを高く上げちゃうかなぁ! もうっ!


 物心ついた頃から、正義のヒーローに憧れていた。


 ボクシングや空手などの格闘技を習い、脇目も振らず一心に己を鍛え続けた。


 腕自慢の悪漢も何人も懲らしめてきた。


 それがまさか、鍛え癖で死んでしまうとは……。


 “足腰強けりゃ何でもできる”、と言う師の教えを真に受けたばっかりに……。


 だが、死の間際に“あの頃の熱い物語”をと強く願ったせいか、はたまた神様の気まぐれか、中世ヨーロッパ風の剣と魔法の異世界に転生したのだ。


 生まれてすぐに自分の置かれた状況を把握した。


 前の世界と決定的な違いが、熾火おきびのようにくすぶるモノが自分の内にるのを感じたからだ。


『魔力』。


 身体能力を上げ、魔術を発動させ、治癒力を上げるあの摩訶不思議なパワー、『魔力』だ。


 それが己の中で燻っているのを思えば、ここが異世界で、早くも野望の炎が燃え上がる俺の気持ちも分かってもらえる事だろう。


 やるべき事は、すぐに見えて来た。


 1.まず、最強の魔王を目指す。


 2.それから俺との決戦に相応しい正義の勇者を育てる。


 3.最後に、どうにかして魔王になり、壮絶な戦いの末に敗れる。


 勿論もう死にたくはないので、やられたフリな訳だが。


 勇者となる事も考えたが、暗躍するからには魔王だろう。


 幼い頃に王道であった絶望感な力を持つあの魔王になり、勇者と戦うのだ。


 あの王道の物語を、この手に掴むのだ――



 ♢♢♢



 ――さて、『最強』を目指す訳だが、赤子の自分ではやれる事など高が知れている。


 予想通り、魔力と共に歩んで来た異世界の者達は、魔力を使い熟練度が上がると魔力総量も上がる事は百も承知であった。


 きっと魔力の扱いも巧みなのだろう。


 赤子から訓練したとしても、魔力に関してそこまで上回れる事は無いかも知れない。


 だが、現時点で上回っている事も多くあった。


 例えば、睡眠。


 異世界の人々は、夜が来るのは【光の神】が天上の世界に帰るからで、眠くなるのは神に休めと命じられているからだと信じているのだ。


 脳と身体の疲労を癒し、ホルモンなどを分泌する為だと知っているのは俺だけなのだ。他に転生者的なものがいなければだが。


 なので生まれ落ちてから数年は、睡眠を精密な魔力操作で削り、魔力による身体能力アップの訓練に費やした。


 これからもこれを続ければ、魔力総量で泣きを見る事は無くなるだろう。まぁ、まだ世の中を知らないので確定では無い。


 自分ができる事は誰かができると思い行動した方がいいだろう。


 自由に動けるようになってからは、日中は里の守衛である父による剣の稽古。皆が寝静まった夜間は、前世で学んだ格闘術の復習や魔力操作の訓練に従事した。


 この頃には、最強への道筋が見えて来た。


 何故なら、この世界の人達の武術と元の世界の武術とは魔力の有無により大きな差が生まれていた。


「……父ちゃん、父ちゃん」

「ん? なんだ、これからって時に」


 庭にて、木剣を構えて対する父と兄。


 俺に稽古を見せようというのだが、問題は……。


「そんなに離れてから始めるの?」


 剣同士なのに、槍で突き合うつもりかという間を空けていた。


「あぁ、このくらいが最善だ。お前もこの距離感を覚えるんだぞ」

「おっしゃ了解」


 試してみて有益であればそうしよう。


 そう、ひとえに間合いだ。


 魔力により踏み込む長さも速さも違う為、剣や槍を扱う者でさえ断然長い距離を取って戦っていた。


 更に踏み込んだ後も、魔力により威力を上げた攻撃をどのように当てるか、という方向性で技量を競っていた。


 世界が違えば戦闘の形式も違う。これが魔力ありきのこの世界における戦闘の指針なのだろう。


 なので近距離間での武器による打ち合い、足運びや小手先の技巧、それら微細な点での技術がまるで育っていない。


 そこら辺が俺には酷く雑然で、杜撰に見えていた。


 中でも素手での格闘は特に顕著だ。


 武器などと相対するので当然と言えば当然であるが、父によれば刃などを受けれないので攻撃を避けつつも一撃必殺を狙うのが格闘術であるという。


 しかしだ。


 だからこそフットワーク技術も無く、テクニックもディフェンスも戦法も、どれもこれもが至近距離での長期戦を考慮していない為に酷く低レベルなものになっているのだ。


 と言っても学ぶ点は多い。


 何故ならば言うまでもなく地球では魔力は勿論、剣なんて一般人に触れる機会なんてありはしない。


 なので父や兄との剣術の稽古で魔力と剣による間合いや戦い方、自分のスタイルなどを勘繰られないように上手く隠しながら見付けていった。


 今では表向きは、家族にはそこそこの腕前で周囲の森ならば単独でも安心できる程度、里のみんなからはあの家族の弟は兄より弱いがそれなりには頼りになる、くらいに思われている。


 本当のところは……自己評価ながら中々の腕前にはなったであろうという確信があった。だって負ける気がしないもの。


 そして数年後、13歳程になった俺は……。


「――ほぁちゃちゃちゃちゃちゃーっ!!」


 深夜に壁を殴っていた。


 絶壁の半ば辺りにある大穴で、黒い濃密な魔力を宿した拳を、一心不乱に滑らかに黒光りする岩壁へと殴りつけていた。


 魔人族の里から……あっ、俺は魔人族である。人間とほとんど違いのない、寿命が長いくらいしか特徴のない魔人族の“クロノ・マク”と言う。


 父は、カイ。母は、ターレ。兄は、シュウと言います。4人家族です。仲はいいです。


 魔人族は『魔』の文字が付いてはいるが亜人種という枠組みで、人間と交流のある民族だ。むしろ魔族とは全く関わりがない。


 話を戻そう。


 あれから俺は、“森の悪童”ことゴブリンや街道近くまで出向いて山賊などを相手取り、多くの実戦経験を積んだ。


 その悪行を目の当たりにした上で殺戮を行なったが、やはり地球の日本生まれの純情ボーイだ。生物を……ましてや人を殺める行為を、悪だからと割り切れるようになるまではかなりキツかった。


 それがこんな奇行とどんな関係があるのか。


 もしも俺の心の声が聞こえる者がいれば、そうたずねたくなる事だろう。


 家作りだ。


 山賊達からいただいた財産をどうする事もできないので、隠しておく倉庫兼クロノ邸を作りたいのだ。


 ここは、魔人族の里から山をいくつも越えた森の奥深く……『金剛壁こんごうへき』と言われる場所。


 猛獣の跋扈ばっこする森や不毛の大地に囲まれ、その中央にある深い渓谷けいこくを進んだ先にある黒い岩壁だ。


 危険地帯のこの近辺に近寄るものはいない。辿り着いたところであるのは、神秘の絶景とどうする事もできない程に固い岩壁だけだ。


 頑丈過ぎて掘る事もできないこの崖の中腹に基地を作れば、立派な魔王の隠れ家になるだろうという算段なのだ。


「――ふぅ」


 とは言え、……硬い。


 普通に魔力を込めてもビクともしない。そこらの岩ならばそれだけで易々と砕け散るのに。


 本当に壊れるのか、そんな方法はあるのか、あの頃は色々と悩んだものだ。


 何年もかけて試行錯誤し、これを破壊する為に独自に編み出した“魔力凝縮法”を使用して、最近になってやっとまともに壊せるようになったのだ。


 当時に比べれば凄い進歩だが……魔王城への道のりは遠いな。


「……もう夜が明けそうだ。帰るか」


 穴から出て白み始めの空を確認しそう呟くと、躊躇わず崖から飛び降りた。


 しかし自分で言うのもなんだが、かなり強くなったな。


 剣客としてブイブイ言わしていたという父なんて、指先一つで瞬殺できる自信がある。


 う〜ん、……そうだ。


 そろそろ―――――勇者を探しに行こう。

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