第264話、謎のゴーレム
打倒が望まれる魔王やベネディクト、そして王国の守護者たらんと立ち上がった黒の騎士団を慰問した。
《大公の玉座》も無事に奪還できたので、急いで加勢に来たのだが、あまり変化は無いのだと言われてキョトン。
そんな時間を持て余して作った黒の騎士団に配る朝食。殆ど魔王豚汁の無くなった大鍋を覗き込み、人気を博した手料理に自身が漲る。
アルト王子やネムとかいう魔術師さんも食べてくれたし、鼻息荒く興奮気味に自分の塩おむすびを齧る。
「ムグムグ……お金はあるし、また食材を買って来なきゃ。次は頑張って魔王ラーメンでも食らわしてやろうかな」
「……このような雑用など、なさる必要ありません。持ち回りで騎士団には調理を義務付けてあるんです」
隣のリリアから困り顔で苦言を呈される。こんなにも愛らしい子に重責を担わせているのに、手伝わないわけにはいかないのに。
けれど米の普及に努めたい事もあり、我が儘を言って朝ご飯を作らせてもらった。明日も作る。我が騎士団が王都に戻るまでは続けるつもりだ。
「寄ったついでだよ。みんなも旅で疲れてるだろうし、これくらいはしなきゃ」
「……それなら、テントでいつも通り寝ているレルガと、用もなくご主人様の元に現れたカゲハには厳罰が必要です。お役目を放棄しているのですから、当然です」
「…………あっ、これが“ぐうの音も出ない”ってやつか」
擁護の声、上がらず。何とか庇いたいと思うも、どこか貫禄を持ち始めたリリアに言い負かされてしまう。
「レルガはきっとリリアに会いたかったんだよ。姉だと思っているんじゃないかな」
「到着してすぐに『カミ、切れ』とだけ言われました。リリアをただの散髪屋だと思っているのです」
しかし実際に、レルガはリリアにしか髪を切らせない。部屋に入るのも許しているし、他の人と明確に区別されている。
リリアも愚痴を溢しながらもレルガの世話を積極的に行うなど、妹のように捉えているに違いない。
彼女ら二人には、特別な信頼関係が確かにあると思う。
「……カゲハだって、リリアを心配して来てくれたんだよ? 俺にさえ光線の目付きだけど、遠目でリリアと話す時を見たら、まるで親友みたいだったじゃん。きっと心配なんだよ」
「ヒサヒデがいるので、それは有り得ないです。それに心配していたとして、王女様に付くよう言われた命令を破っていい事にはならないです」
「はい論破」
そりゃそうだ。ヒサヒデが居て困る事態なんて考え付かない。
今でも本気で激怒した『ドウサン、失意のヒサヒデへ嫌がらせ事件』での金剛壁大決闘が想起される。
短気なのはドウサンだが、あの子は熱し易くも冷め易い。一方で一度怒ると激しく怒り、長引くのは意外にもヒサヒデなのだ。
「いい? 怒っても外の世界で暴れちゃダメだからね?」
「…………」
リリアの頭上に立つヒサヒデへ、入念に釘を刺す。賢いヒサヒデは言葉を理解して、心なしか頷くような所作を見せた。よろしい。
ともかく、肉体労働向きの俺がリリアに頭の良さで勝てる筈もない。
俺に許されるのは、おむすびと豚汁を食うか生み出すかしか無いのだ。
「……そうだ。ところでなんだけど、暇だからあっちの敵陣に忍び込んで破壊工作をして来ようと思ってるんだ」
「か、カゲハにやらせれば良いのですっ。そんなご主人様が自らなさる必要ありませんっ……!」
「いいんだよ。潜入は趣味みたいなところがあるからね。より一層の働きを見せてるリリアの為にも、いっちょ掻き乱してくるから」
向こうの親玉であるベネディクトがいれば、やっつけられるので一石二鳥。
俺を差し置いて国家存続の危機を作り出すとは不届き千万。安心健やかな魔王活動の為、速やかに退場してもらおう。
「昼までには戻って来るから、進展状況はまたその時に報告するからね」
破壊工作が楽しみ過ぎて、魔王らしく口元を綻ばせながら伝えた。役目が与えられず暇で暇で仕方なかった午前の予定が埋まる。
「は、はいですっ……」
するとリリアからは恐縮とばかりに、ぎこちなく応答がされる。照れて俯いちゃって、可愛い子だ。魔王の威厳に当てられちゃったようだ。
リリアはいつも利口で謙虚。よく俺の着用済み衣類(洗濯前)を持っていきたがるという不可思議も気にならないほど良い子だ。驚くほど綺麗になって返って来るから文句などありはしない。
「——おっ、本当にいるぞ!」
そこへ朝遅くから、あの二人が顔を出した。
「おはようございます、リリアさん。いい天気ですね。今日もお可愛らしい」
「……どうも」
魔王との二度に渡る戦闘により覚醒し、現在大活躍中らしいハクトと、いつも就業後のグラスを狙って稽古をとやって来るオズワルドだ。
エリカ姫のようにトレーニング終わりが明確に見えない就業後を狙う辺り、悪質なだけあって今では安定して強い。
デレデレと鼻の下を伸ばしてリリアに挨拶している。
けれど、どうやら他の騎士達に変わってエンゼ教軍と戦っているらしく、成長しているのも確か。初めて出会った時のパセリくらいの存在感を思うと、懐かしくもあり寂しくもある。
パセリを馬鹿にしているわけではない。むしろ俺は誰も食べないパセリをムシャムシャ食う事で有名だ。メインを張るには物足りないってだけの話。
……なんでアレ、誰も食べないんだろ。苦くて、ザ・栄養って感じなのに。
「おはよう、いつぞやのお兄さん達」
「料理してる黒髪の子供がいるって聞いてな。それで来てみたんだ。レークのレストランでも立派にシェフをやってただろ? だからさ。やっぱりコクトだったんだな」
おはようを返せと母ちゃん魂が疼く。
「ま、俺にも反抗期があったんだけどね……」
地球時代には、母に禁止された新しいダンベルを隠れて買ったり、禁止された夜ダッシュも隠れてやっていた。もうやらないと三者面談で約束したサボりマラソンも、放課後登山もやったしね。
「何を、
「相変わらず馬鹿ですね、ハクト君は。彼はきっと初恋でもしているんですよ。微笑ましいなぁ……」
いつ王国民の脳みそがテイクオフするか分からない状況で、何を言っとるんだオズワルドは。
まったく、けしからん。
「まぁ、いいや……。それより、なぁ、いいもん見られるらしいから、オレ達と一緒に来ないか? 滅多にお目にかかれるものじゃないぜ?」
「いいもの? なんだろ、リフティングでも見せてくれるのかな。それなら行くけど」
魔王、勇者に誘われて、ノコノコ付いて行ってみる。
………
……
…
「——ネム」
「ん……? 殿下、もう出番ですかぁ……?」
朝食を終え、天幕にて少しの仮眠を取っていたネムの元へ、アルトが迷わず入る。
寝転ぶ簡易ベッドから顔を上げ、目元を覆う布を取れば、既に入り口から歩み寄るところであった。
「万が一に備えてだ。一眠りや戦場に出るなら、ギリギリまでマヌアの呪剣は私が管理しておく」
「……本格的に寝て、盗まれると? 流石にそんな間抜けではないつもりですよ」
「無い話ではない。失敗が許されないのだから、初めからこうするべきだった」
「そうですか? まっ、それじゃ、お願いします」
口ではそう言いながらも、半分は安心して眠れるようにだろう。アルトらしい気遣いだった。
懐に封じてあった護符と聖布で包んだ呪剣を、アルトへと手渡す。
「確かに。……眠るのなら、特別のいい働きをしてもらうぞ」
「そりゃあもう。期待して待っててくださいな……ふわぁ」
けれど仮眠は二十分程度に終わる。
食休みを終え、天幕から腹を摩って歩み出たネム。迎えは慌ただしく天幕へと踏み込み、ネムは半端な眠りからすぐに目を覚ました。
既に丘の麓に待機しているアルトやジーク達の元へ、舎弟を自称するダン・ベルと向かう。
あの【反則】の伝説は有名で、王国騎士達のネムへ向ける目には、ただならぬ緊張感や尊敬の念が見て取れる。
「久しぶりの朝飯は美味いねぇ。美味くて食い過ぎちゃったよ……。……また明日もアレ出ないかな。ほら、芋とか豚肉が入ったスープがあっただろ。アレだよ」
「兄貴っ、気ぃ張ってくれよぉ! お、俺の母ちゃん、まだエンゼ教なんだぜ!?」
「言われなくてもやれる事はやるさ。焦って魔術の腕が上がるのぉ? このくらい伸び伸びとした方が調子も良くなるんだって」
満たされた腹による眠気はネムにも容赦なく訪れる。欠伸を噛み殺しながら神殿方面へ向けて歩む。
道中では、ふと思い出したネムがこのような話を持ち出した。
「そういやぁ……お前さん、ここでもいい所を新人二人に持って行かれてんだろ? ソウリュウも最近のお前さんは冴えないって嘆いてたよ」
「ぐっ……!? す、すまねぇ……」
「人を急かす前に、そろそろ地位に相応しい働きを見せないと。初期からのメンバーって言ったって、もう国軍だ。団長の
「うす……」
「お袋さんに新しいベッドを買ってやるんだって言ってたじゃないの…………って言ってる間に到着したな。さぁ〜て、何を使おうかねぇ」
うだつの上がらない弟分への
「もうチャチャっとぶつけて、一眠りしていいですか?」
「あぁ、正面に設置してある鉄柵を壊してくれ。アレが一番強固に作られていて面倒だ」
「はいはい、ただ今」
ジークから指示を受けたネムは改めて目標を確認する。
魔術か道具か、はたまた杖か槍か。戦況に効果的な選択をしなければならない。
(…………上へ迫り上がるように造られた神殿。長い階段が正面、そして南北にそれぞれ二つずつ。三つの階段には、どこもバリケードが作られているのか……)
神殿下層へ辿り着くまでの階段は角度も急で、更に段々と建物が並び、また上がって中層、また上がって上層がある。その終着点には上層から天へと登る階段伝いに、空へ浮かぶ本殿。三叉に右殿と左殿。
まずは、
「……ん、決めた」
ネムは…………遺跡から持ち帰ったゴーレムの使用を決める。
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