第265話、過去の兵器を現代で
自陣より前に出たネムは杖で地面を突いて、魔術陣を作り出す。物々しい王国軍の動向に、警戒して陣形を取るエンゼ教軍へと、そのゴーレムは全貌を露わにした。
古代文明の神秘すら感じる、古の魔術師が残した未知の遺産が現代に蘇る。
「これがもぉ〜、ホントに強かったんだから。おじさん、いい歳してムキになって倒したんだよ?」
魔術陣から浮き上がる正二十面体の金属らしき物体。青黒く光沢のある表面を虹色に怪しく濁らせながら浮遊する。
ネムはこれをゴーレムと呼ぶ。
生物の形を取る錬金術の遺産である、あの謂わゆるゴーレムとは、似ても似つかないものだ。
より理解から遠く、造形も想像の外にあり、それを現代に持ち出す事は禁忌なのではと思えてならない。
しかしネムは何の気概も感じられない声で言う。
「よし。いいよ、
主人であるネムの命令を受けて、ゴーレムが花開く。動き、形状、行動、結果、それら全てが人智を超えていた。
「なんだ……それはっ…………」
「……国で管理すべきかもしれない。こんなものは国家すら揺るがしかねないぞ」
ジークも異様な光景に言葉を無くし、一人の魔術師が持つ事をアルトは危険視する。
中心の核となる球体を護るように、一面ごとに二十ある正三角錐の金属体が、周囲に規則正しく展開した。
連なるように美麗な動きで流動し、やがて決められた配置に落ち着き、その動きを緩やかなものにする。
問題はその後だった。
球体は内部に映る魔術陣を地面に模写した。投影された魔術陣は、地面をゴーレムと同じ金属に変質させる。
「…………っ」
「なんと恐ろしいっ……」
金属は液体のように浮かんでいき、全く同じゴーレムを作製してしまう。
そしてまた二機のゴーレムはそれぞれ同体の複製を作り出す。ゴーレムはすぐに四体へ。
おそらくは錬金術の類により増殖する未知のゴーレム。その恐ろしさは正しく測れずとも、漠然と大凡は察せられる。
「凄いでしょ? どこまで増えるのかは、あたしにも分からんのです」
「これは減らせるのかっ? 消滅させられなければ大問題だぞっ」
「安心してください。本物以外は元の土とかに戻りますよ」
肩越しに平然と答えるネムだが、増殖するゴーレムは一目で禁断の発明だと誰もが察していた。
良く言えばライト王国の軍事力が、たった一体により増強された。しかも本体が失われない限り、損失はまるで無い。
悪く言えば、詳細不明なただならぬ兵器を内に飼うことになったのだった。
「じゃあ、バリケードを破壊しますね」
「……あぁ、頼む」
「それじゃあ、試運転をやってみようか」
ネムが六十四機にまで増えたゴーレム全機に命じた。杖を正面階段に造られた頑強な柵へ向けて、たった一言だけで操作が完了する。
この後、いよいよゴーレムの脅威が露呈する。
「————発射」
ゴーレム達は各々が連動させる三角錐を、一つだけ反転。尖った鋭利な先端を前方に、バリケードへと撃ち出した。
数百メートル間を速度も落とす事なく駆け抜け、六十四の金属弾はバリケードを粉々に破壊。
世にも恐ろしい粉塵を巻き上げ、目標撃破を完遂した。
各々の本体へ戻る金属弾を見届け、ゴーレムの試運転は終わる。結果は満足以上で、兵器として高過ぎる性能に、むしろ恐怖心が煽られる。
「……こんなものを、お前はどうやって倒したのだ」
「全くだな……俺も長い付き合いにはなるが、ネムにはもはや呆れるばかりだ」
砂や土と変わるゴーレムを見届けたアルトは伝う汗を袖で拭い、嘆息混じりのジークと揃って呆れ返る。
また【反則】を一つ増やしたネムはと言うと、ゴーレムを魔術陣へと戻してから眠たげな眼で振り返る。
「あっ、そうだ。殿下、コレの名前を考えておいてください。まだ無いんですよ。そういうところに不案内なもんで、どうか頼みます」
呑気に名付けを求めるネムへと、二人は再度の溜め息を漏らした。
しかしネムは若干ばかり表情を引き締めて、最も忘れてはいけない点を口にする。
「けどねぇ、殿下方。アレでベネディクトさんは倒せなかったわけですからね? それを念頭に置いておいてくださいよ」
「……ちっ、そうだったな」
「頼みの呪剣で、その〈聖域〉前に仕留められなきゃ、国民の命って観点で言うなら負けですよ」
「だったら殺せ。お前しかやれないんだ」
「勿論やりますよ。次は倒せる……けどねぇ、まともにやらせてもらえるかなぁ。それだけが気がかり……」
自信と不安を同時に覗かせるネムは、ある事を危惧していた。
衝突した嵐の日、ベネディクトに力を見せ過ぎた事を後悔していた。あの場で倒し切ろうとしたのだが、途中で逃げられた影響から、危険人物として警戒されている可能性は高い。
次がある事は察している筈で、当然ながら対策が取られているだろう。
ベネディクト攻略に一抹の不安を抱える首脳陣だが、尖兵は気楽なものだった。
肩車する子供を見上げ、予想以上の見せ物を自慢げに語る。
「ど、どうだ、コクト。凄かっただろ?」
「凄いなんてもんじゃないよっ。あんなのインチキじゃないか……! 敵の立場にもなって欲しいよっ。あ〜あ、俺も魔術とか使ってみたいなぁ……」
ハクトに肩車されるコクトも、的外れな意見を溢しながら頭頂部に頬杖を突いて羨ましがる。
けれど流石に魔術は与えられない。魔術とは高度な知識と豊富な魔力、そして多くの修練からなる学問による戦術。または芸術。剣術とも違って、専門的な勉学と適性が必要なものなのだから。
片やその隣では四つん這いになって犠牲となり、腰の上に立つリリアへゴーレムを見せる健気な男がいた。
「り、リリアさんっ、見えましたかっ……?」
「あ、すみません。コクト君を見ていて見逃しました」
「ぐはぁ!?」
男前ごと潰れたオズワルドを他所に、ハクトは頭上のコクトへと今後の行動に注意を促した。
「オレ達は仮眠を取りながら待機しなくちゃいけないんだ。コクトはもう前線に近寄らない方がいいぞ。分かったか?」
「うん、あたり前。俺みたいな農夫の息子が戦えるわけないでしょ? その日の食い扶持を稼ぐので精一杯」
「そうだよな…………あ、いやむしろ街まで引き返した方がいいよな。今のを見て分かった筈だ。さっきのゴーレムみたいな事が起きないとも言えないだろ?」
「……信じられない。あのハクト兄ちゃんが成長している。天変地異の兆しかっ?」
不吉を悟るコクトを連れて、ついでに背後にリリアを伴ったハクトが下がっていく。
「イテテ……」
起き上がったオズワルドも、汚れた服を叩きながら急いで後を追う。
「…………?」
ぞわりと胸騒ぎがして神殿へ振り返った。それはとても軽いもので、だが明確に無視できない予感でもあった。
虫の知らせとしか言えない第六感。見えない不安感が心中に生まれる。
「……気のせいか」
辺りを見回しても、遥か前方で慌てふためくエンゼ教軍があるばかり。
考え直したオズワルドは、思い違いと首を捻ってハクト達の背中を追った。
♢♢♢
神殿を震わせた爆音は、只事ではなかった。
最上層で朝食を食べていたギランをして、前線に駆り立てたのは必然と言える。
馬車馬の如き勢いで、少しだけ飛び出したギランの目に飛び込んだのは、高々と上がる粉塵。よく見れば木片や金属の破片なども飛び上がっている。
これは川魚のソテーを楽しんでいる場合ではない。
「くっ……!」
ギランは決断力と敏捷性に恵まれたと自負して止まない。
「どけぇ!!」
「ぐはっ……!?」
持って生まれた決断力と敏捷性を用いて道中の私兵を殴り付け、最速で現場指揮官の元へ向かう。
一秒未満の遅れもなく、最速を体現したと言っていいだろう。そう自賛していた。
「——コモッリ男爵! 今の騒ぎはなんなのだッ!」
中央階段を降りて行き、駆け付けた下層は混沌としていた。
「あんなのどうしようもないじゃないかっ!」
「明らかに警告だっ! これでは決戦どころか処刑されるだけだぞっ!」
「は、恥を知れっ……! 我等はエンゼ教徒の希望なのだぞッ!!」
「そんな事を言っている場合じゃないわ! 早く新しいバリケードを!」
右往左往して混乱する現場で、破壊されたバリケードを見る。大体は察せられるが、どうやら王国軍の切り札が奮われたのだろう。鉄柵は大胆に破壊され、内部の撹乱を図ったに違いない。
状況を見ながらにして、数名へ密かに指示を出していたコモッリへ歩み寄った。
「……ギラン伯爵、ネムという魔術師が切り札を使って警告して来ました」
「相当なものだったようだな……」
「率直に申しまして、防ぐ手立てはありません」
「簡単に言ってくれるものだっ……!」
冷静沈着に言うコモッリへ苛立つギランは、歌劇を演じるような身振りをして、語調を荒らげてしまう。
だがコモッリは落ち着くよう手を翳しながら続けた。何も憂う必要などないと語ってみせた。
「伯爵、我等はベネディクト様が〈聖域〉を発動すれば勝てるのです」
「うむ……」
「それはこの朝の予定でした。だが発動はしなかった。おそらくは失敗に終わり、プラン通りこちらに向かっているのでしょう」
「…………なるほどな。男爵の考えが読めた」
次に〈聖域〉発動の好機が訪れるのは、昼だろう。
祈りが捧げられた時が、絶好の〈聖域〉時。今日のこの空こそが〈聖域〉日和。
残された兵力で進軍を抑えながら、本日中には強引に発動させる手筈だろう。それで、勝利となる。
「要はこれまで通りに時間稼ぎをすれば良いわけだ。何を脅しに使われようとも、何も変わらないと言いたいのだな?」
「なので部下に指示していたのですよ」
「指示……何をするつもりだ?」
ギランの目に映るコモッリは、これまでを遥かに超えて頼もしく見えていた。ここ数日の指揮により信頼するに足る指揮官へと成長していた。ギランの人を見る目は、間違っていなかったのだ。
その期待に応えるように、コモッリは危険を冒して時間を稼ぐ策に出る。
「——この私自らが少数の部下を連れて、停戦交渉に行って来ます」
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