第263話、運命の日、その朝……
“母”が蘇り、
天使は母の為に愛を裂き、人々は愛の為に天使に迫り、魔王はやっと覚悟を決める。
古より続く天女再生の物語は、エンダール神殿で果てを見る。
魔王と勇者の物語が終わる時、ようやく果てを見る。
………
……
…
早朝、アルトが最終決戦の地とされるエンダール神殿前に到着する。馬の手綱を駆け付けた騎士に託し、歴史的決戦へと参入した。
将を任せた者等が会議をする天幕に歩み入るアルトの背後には、ネムの姿もあり、別作戦も上々の結末となったようだ。
衆目の視線には敏感なアルト。直立不動で迎える騎士達への労いに軽く手を上げてみせ、天幕へ入るとすぐに敬礼する将二人へと成果を訊ねた。
「戦況はどうなっている」
「ベネディクトの姿は相変わらず見えていません。指揮権が殿下に渡るのなら、俺はネムと出撃しても?」
「構わん。だがまだネムは出さない」
前【旗無き騎士団】団長であり、馴染みのジーク・フリードに毅然として指示を飛ばす。
「ベネディクトが現れてからが本番だ。先に崩せば、場所を変えかねない。セレスティアが言うには、今のベネディクトは戦力が集まっているここに頼る他ないらしいからな」
「何をしたのか気になって仕方がないですな」
セレスティアの調べでは、ベネディクトは各地へ使者を放ち、この日に合わせて信者の扇動や祈りの徹底を周知させているようだ。全てを今日の“朝の祈り”に懸けているのだと。
だがそれは失敗に終わったようだ。となれば、次の機会は昼の祈り。あと数時間後に、運命の開戦となる。
約束の日は来た。
「……ところで」
黒騎士の部隊らしきものも目にしており、微かな期待を込めて問う。
いるといない、間に合うと間に合わないとでは、天と地の差がある。このような場にこそ、いて欲しいと思える最高戦力なのだから。
「黒騎士に関してだが……何やら人狼を倒したという話も聞くが、間に合う事は期待できそうか?」
これにはバーゲン・セルが率先して返答した。面長の顔でアルトへ向き、背筋を正して問いに答える。
「いいえ、リリア殿は“来ない”とはっきり返答しています」
「明快に返したのだな。理由はなんと聞いている」
「“それが任意ならば答えない。どうしても答えて欲しければ令状を持って来い”と言っておるのです……」
「…………」
「エンゼ教側に付いた貴族を消毒できるから協力を…………失礼しました。貴族抹殺をリリア殿は“消毒”と呼称しているのです」
真正面から不敬を働くリリアに瞠目する。
何やら貴族に売られたのだとか、そのような話は耳にしていたが、まさか全体的に忌み嫌うまでに敵視しているとは想定外だ。
「消毒できるから協力しているに過ぎないと。あなた達も貴族なのは忘れていないからな、と背中を預けるにはあまりにも不安にさせる発言をしております」
「そうか……」
「ちらちらとカットラスを見せつけて来ますし、あれは本当に黒騎士殿の代理なのですか? 形ばかりが物腰丁寧な少女で、中身はただの山賊なのですが……」
愉快な人柄に聞こえるのは気のせいなのか。
何処か昨日まで顔を合わせていた執事を思い出させる。
「……ハクト達や兵士はどうだ。負傷は?」
「彼等、特にオズワルドのお陰で殆ど被害は出ておりません。勇者の力は妙な翼を生やす司教達も軒並み倒し、指揮官や率いる将を矢が射抜く……いやはや、まるで負ける気がしない」
「ベネディクトの姿を確認後は一気に叩く。二人はそろそろ温存しておくんだ」
「はっ!」
バーゲンに任せていては使い捨てられる可能性もある。
しっかりと言い含め、命令を受諾したところを確認しておく。
今この時点からバーゲンは副官となり、ジークも騎士団長としてアルトの指揮下となった。
「向こうの指揮は依然として、ギランが?」
「肯定です。前線はギランや他の親貴族の舎弟のような振る舞いをしていたコモッリ・パーターが率いています。やれやれまったく、あの恥知らずめ……!」
「想定通り、現状維持を目指しているようだな。やはり決着まで時間稼ぎをしたいらしい」
「それは……えぇ、そうなのですが……」
「…………?」
言葉を濁すバーゲンは確証の掴めない内心を伝えるか、発言を言い淀んで迷っているようだった。
まだ推測の域を出ないまでも、コモッリと多少の交友があっただけに、あながち的外れとも言えない可能性なのかもしれない。
「些細なものでも言ってみろ。私が判断する」
「はっ。では一意見として……コモッリはまだどちらに付くかを判断している段階なのではないかと」
「あり得るな……」
出立前、セレスティアからもそのような話をされた。
コモッリ・パーターは厚顔無恥で、叛逆も裏切りもお手のもの。どれだけ恩があっても容易く見限り、手の平返しで利益をもたらす側に擦り寄る。
「…………少し強気に攻めて、内部の混乱を狙うか。ベネディクト確認まで待機と言っても、いざ攻める際に硬いと柔らかいとでは、攻略難易度が変わる」
「ネムに魔法を使わせましょうか。怯えて不破が生じるでしょう」
「時機はどうする。どのような傾向で敵は——」
するとそこへ、騎士の一人がやってくる。
『入りますっ!』
「あぁ、どうした」
「アルト様、朝食が出来ております。こちらへ運ばせて宜しいでしょうか」
「……それもいいが、皆に顔を見せておこう。たらふく食べているところを見れば、兵の食欲も湧くだろう」
「はっ! では用意をさせます!」
敬礼後に退室していき、駆け足の音が離れていく。すぐにテーブルが用意され、朝食が運ばれるだろう。
「ネム、食えるか?」
「朝かぁ……朝は食べなくてもいいんですけどねぇ。でも動いたし、久々に食ってみますかぁ〜」
「行くぞ。私達がいては気を楽にして食えないだろうからな。早く終えてやらなければ」
「この年季の入った胃が保ちますように」
背を丸めて不安そうに腹部を撫でるネムを連れ、野外で配給される朝食の席へ向かう。
大まかな方針を元に詳細を議論するバーゲンとジークを残し、天幕を出た。
「…………っ!」
「っ……!」
道を開けて敬礼する騎士達に手を挙げて応え、顔を見て労いながら行く。
(……疲労感はそれほど感じないな。ハクトとオズワルドが酷使されているのか?)
バーゲンの指揮振りを知るアルトは、騎士や兵士の表情に余裕があると見て、前線に出ている若手を憂う。
しかしジークがその采配を許さないだろうと、バーゲンの独断が通らない体制自体を思い出す。
(だとしたら、奴等が自分から買って出たな? これからが本番だと言うのに、体力が残っていればいいが……)
新たに大規模なジークの騎士団、そして個として強力な若手、更には救援として送られた黒の騎士団。
扱い難い者等へ用意された筋書きの流れを覚えさせ、実行させるだけだとしても、それは代償としてアルトを疲弊させるだろう。
今のうちに誰にも悟られないよう、深い溜め息を吐いておいた。
すると配給する列で、このような言い争いが耳に届く。
声は騎士と男の子のものだ。
「なぁ、これ少し減らしてくれよ。夜勤だったし、朝からこんなに食べられねぇよ……」
「またあんたはそんなこと言ってっ!」
「し、初対面なんだけど……」
「朝はしっかり食べなきゃダメなの! 豚汁だけでも食べて行きなさい! 昼まで保たないよっ!」
「お母さんがいる!?」
台に乗ってスープらしき料理を配る、コック帽を被った黒髪の子供が、ある騎士を叱り付けていた。
見事な説教顔は民家で煮込み料理を作る母を彷彿とさせる。
「朝を食べられない人はね、寝癖も治せないし、身嗜みだってお粗末になるの。規則正しい生活をすれば朝ごはんは食べられるものなの。……どうせあんたは夜更かしでもしてたんでしょ!」
「だから夜勤だったって言ってるだろうっ!?」
「口答えしなさんな!!」
「ひぃ!?」
お玉を手にクドクドと説教する子供に、並ぶ者達も困惑している。
何故なら母の理論は往々にして理不尽な時があり、そこも忠実に再現されていたからだ。
「朝は一日の原点なんだから食べなくてどうするの?」
子供はお玉で居心地悪そうな面々を指して、先ほどから溜めに溜まった鬱憤を吐露する。
かなり誇張した物言いをして説教する。
「この食材だってね、あちこち回ってここは高いだの、あっちは安かっただの、ニンジンちょっと安くなりませんかだの、一生懸命駆け回ったんだから。あ〜、膝が痛いっ」
「…………」
「こぉ〜〜〜〜んなに大荷物になって、転けそうになりながら抱えて持って来たんだからっ! ほぼ転がってたよ、あれはもう! いやもう転がってた!」
大仰に目一杯な丸を両手で表し、話を膨らませて脚色も加えて話す。
これも多くの家庭に住まう母や祖母に見られる傾向だった。
「それをあんた達はアレが嫌い、コレを入れるな、量を減らせ、揃いも揃って文句ばっかり…………切り干し大根にでもなるつもり!?」
「お、怒んないでくれよっ。分かったよ、食うよ……」
「うん、分かればいいの。お母さん、あんたにスクスク育って欲しいだけなんだから」
「はっきりとお母さんって言ったぞ、この子っ」
金皿に心なしか少な目に注いだ豚汁を手渡し、隣のリリアがライスを乗せた皿も差し出し、今朝のメニューは完成した。
「ここで俺に何ができるだろうって考えた時、もうお母さんになるしかないなって思い立ったんだ。ここにいる間はみんなのお母さんのつもりだよ。何でも言いな」
「有りがた迷惑だから……ここにお母さんなんて求めてないって。飯を食いたいだけなんだから」
「はいはい、あんたは昔っから人前だと大きい口を叩くんだからもう……、お父さんソックリ」
「お母さんになるとしても、ありもしない想い出話を語り出すの、止めてもらえないか……?」
ほとほと疲れたとばかりに嘆息し、反抗する騎士の言い分に理解を示した。
だが油断してはいけない。最後には折れたように見せかけて、実は折れていないのが母だ。
「……分かったよ。そういう家の決まりに口煩いとこなんて、お父さんそっくりっ……」
「それを止めてって言ってんだよっ!」
騎士の小さい頃を懐かしんで迫真の演技をする子供は、それでも豚汁を注ぐ手を止めない。
家事をしながら息子の不平不満を嘆く母の如く、常に何かをしながら説教を続ける。
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