第12章、天使との決戦編

第262話、プロローグ・決戦前夜

 アナボカン遺跡にて開幕した第二天使アークマンと【炎獅子】ドレイクの戦い。


 虫の音も静まる真夜中に、出会うべくして出会った者達がその手腕を奮う。


「気を引き締めていこう。常に向上心を持つ重要性を、有り難くも指摘されたばかりなのだから。ふっ、私は運にも恵まれている」


 相手にも自分にも向けて言い聞かせ、無骨ながら歴史を感じさせる杯を掲げる。


「まずは最低限の達成目標からだ」

「っ……!?」

「あの怪しげな空間は、あってはならないものなのだろう?」


 指先で器用に杯を回し、巧みに振って————燃え盛る黄色い炎を取り出す・・・・


 特殊な色をした炎はすぐに柱の形を形成して、ベネディクトの更に階段を上がった先にある、白く四角い発光体へ射出。


「——っ、させません」

「それは“石柱”への侮辱発言だよ」


 即座に反応し、純白の四枚羽を飛び出させたベネディクト。その空さえ埋め尽くす魔力を、投げ槍の如く〈寝所〉を襲う炎柱へ浴びせた。


 一面を焼き照らす天使の魔力。


 強烈な発光が収まった時には……。


「…………なんという」


 炎柱は少しも傷付く事なく、軌道を変える事なく、〈聖域〉発動の祭壇でもある〈寝所〉を貫いて消し去っていた。


「〈文明喰らいの大火アグリカーン〉」


 ドレイクの遺物は太古からの文明をも焼き尽くす。


 天へ掲げた杯から、極彩色ごくさいしきの炎を燻らせ、ドレイクはベネディクトへ解説する。


「…………」

「先程のは“ブギルス石柱”と言って、おそらくは君より前の時代に生まれた石柱だ。現地では『奇跡の柱』と呼ばれていた」


 最早、記述にもない時代に生きた戦士の風習。


 戦地へ旅立つ部族の戦士達は、己が半身として石を積み塔を作る。


 たとえ戦死したとしても、その塔は魂の還帰かえる場所。誇り高き死後も塔に眠り、部族と家族を見守り、英霊はいつまでも皆と共にある事を示す。


「まだフリーの時代にクジャーロの辺境で、崩壊寸前だったところを保護したものでね。……この柱はブギリスという偉大な戦士の残した柱で、不思議な事に彼のものだけは何が起きても倒れなかった」


 自然災害、戦火、経年劣化……如何なる影響をしても倒れなかった。何年も何十年、何百、何千年も……。


「もしかしたら裏切りにより死んだブギリスの怨念が宿っているのでは……などとも言われている。最後は人為的な処置により撤去されるところだったのだが、ギリギリ保存できたのだよ」

「……人の怨嗟ですか」

「君達には呪いの類が効果的なのだろう? ……ブギリスの憎悪は、貴公が横槍を入れられるものでは無かったらしい」

「初めて目にしますが、それが〈文明喰らいの大火アグリカーン〉……」


 文明……つまり建造物や彫刻、道具、絵画やモニュメントに至るまで、人の手が入ったものならば一切を炎に取り込んで記録できる。


 しかも強度も特性もそのままに、人工的な炎として完全復元を可能とする。


 また副次的な効果も複数あり、未だ底の知れない遺物であった。


「ここで二流ならば慢心して遊ぶところだが、残念ながら私は一流。早々に排除させてもらう」

「っ…………」


 古びたグラスをかざすドレイクに、ベネディクトは身構えて思考を脳内で駆け巡らせる。今、牙をいているのは、世界各地にあった神秘の数々。


 戦闘は避けられないが、倒そうと戦うのは難しいだろう。敵はドレイク最強。ベネディクト自身、所詮は戦闘用ではない上に、唯一持つ技は現状では振るいがたい。ならば逃げ切るべく戦うしかない。


「ベネディクト様っ! ご無事ですか!」

「ドレイク・ルスタンドっ、これはなんたる狼藉かぁぁ!!」


 離れた外周を巡回し、不審者や邪魔をする者を排除すべく控えていた親衛隊が、福音の羽を解き放って強襲する。


 ドレイクは眼を片時もベネディクトから逸らさず、〈文明喰らいの大火アグリカーン〉から一雫の青炎を垂らす。


 雫は月光によりキラキラと夜の遺跡で煌めきながら、地面に落ちた。


 ————大司教達が、瞬間凍結する。


 霜に包まれ、熱を瞬時に奪われて完全な氷像と化した。


「もう一つ伝えておくと、可能ならば司教達も排除するよう依頼されている」

「っ…………」


 夜空へ掲げる杯から透き通る水色の炎が吹き上がる。冷白の暴風を巻き起こし、炎は夜空に舞い上がる。


 雲のように広がる炎は上空を覆い、原型を形成しながら記録された物体を復元した。


 天地、逆さまに・・・・


 出現したのは、アナボカン遺跡全体を網羅する程に巨大な城だった。幻想的な透明感のある城からは、炎にも関わらず雪が降り始めており、ただの建物でないのは明白だ。


「あれは魔術的な手法で造られた氷の城で、放っているのは特別な冷気だ」

「…………」

「許可なき者が立ち入れば、何者であろうと永久に凍結される。天使が凍るものなのかは不明だが、これで十分だろう」


 以前は、かの有名なディア・メイズに落として、どちらが優れた建造物か確かめようなどと、乱暴な企みも頭にあった。


 しかし《大公の玉座》が、大公からの贈り物であったと聞いてからは考えを改める。そこに込められた想いは、尊重しなければならない。それが、一流であった。


「過去の文明、その息吹いぶきを味わってきたまえ」


 あまり関心も無くなり、酷く平坦に告げられる。


 足場の遺跡を炎に変え、被害から保護しながらに氷華の城を落とした。


「————っ」


 城が、墜ちる。想像も出来ないだろう衝撃が広がり、大地に鋭利な先端から突き刺さる。生命が受け止めるには、あまりに残酷で重過ぎる攻撃だ。


 だが、しかし……。


「……………………ふむ」


 冷気が辺りへ吹き付け、森を凍らせながらもその中央から白光する巨大な羽が城を吹き飛ばす。氷の城を蹴散らし、魔術的凍結すら寄せ付けず、別次元の魔力を不作法に見せ付ける。


(これは……妙な事をされる前に倒した方が良さそうだ)


 蹴散けちらしながらもベネディクトは、耳を澄ませるように辺りをうかがっているように見受けられた。どうやら援軍を待っているらしい。


 つまりは仲間がいれば、逃亡もしくは勝利できると考えている。


「折角の縁だ。私の代名詞となったコレで、貴公を殺そう」


 大地へ鮮やかな赤炎を送る。燃える大地はベネディクトを持ち上げ、本来ある地面の上空にもう一つの大地を築いた。


 それは巨大な墳墓を中心に、人工的に精製される精霊の平原。獅子の火霊が領域テリトリーとして棲まう、灼熱の狩猟場。


「〈ネス王の墳墓〉という」

「…………」


 舞い上がる炎が形造るものを見上げる。首が痛くなる角度まで見上げ…………巨大な獅子達と視線を絡ませる。


 息遣いがある。灼熱があり、殺意がある。敵意を露わに顔は険しく、ドレイクに背く獲物へ牙と爪を突き立てんと取り囲む。


 墳墓の中腹に立つドレイクと共に、遥か広がる平原中の獅子霊達が、たった一つの標的を捕捉した。


「一体でも倒せたのなら、それは誇れる事だ」

「…………」


 この範囲、この強さ、この数、とてもではないが倒し切れない。何より獅子の一体一体が、非常に危険な気がしてならない。


 だが、問題はそこではない。最も重要なのは、おそらくドレイクはこれ以上の文明・・・・・・・を隠し持っている事だ。


 最早、姿にこだわるべきではないだろう。持てる全魔力を解放し、一時的にでも炎の獅子を吹き飛ばす。それから全速力で飛び、マファエルと合流する。


 それでも思惑通りに行くかは不明だ。よもや、ここに来て賭けをいられるとは露ほども考えなった。やはり忌々しきは、王女セレスティアだ。


 第二天使の魔力を全力解放。決断を即座に下した、その時だった。


『アークマン』

「っ……! マファエル、緊急事態です。撤退を補助してください」

『分かりました』


 光る羽を生やしたオークとは珍しいと、ドレイクが眼を細める。


 現れたそのオークと入れ替わりに飛び立とうとするベネディクトへ、獅子の炎霊を襲撃させようと口を開いた。


『〈不運〉』

「ッ……!?」


 突然の異変に、ドレイクの動きが止まる。


(……幾つかの“文明”が、私を護った?)


 〈文明喰らいの大火アグリカーン〉の中に保存された建造物などが、ドレイクへ行使された能力から彼を守護した。


『……〈不運〉』

「っ、今度はなんだ……!」


 効果無しと見たマファエルもまた、即標的を変えて獅子の精霊達へ権能を使う。


 それは獅子霊達の不運だった。数百年に一度の“王位継承戦”が始まる。人工的に精製される獅子の精霊達には、寿命がある。たった今、統率者の王であった獅子が天寿を全うして消え、獅子達が跡目を争って戦い始めた。


 唯一仲間達が敵となる、獅子達の避けられない同士討ちが始まってしまう。


『っ……!?』

「くっ!」


 それは空に浮かぶ無関係なマファエルすら巻き込んでしまいかねない熾烈さと強大さで、被害を受けないドレイクですらも、視界を炎で埋められて状況を掴めない程だった。


「仕舞うしかないかっ!」


 ネス王の墳墓を杯に収める。吸い込まれるように杯へ取り込まれ、また静かな夜が舞い降りる。


 しかし、そこに天使の姿はない。


「……逃げられたか」


 未知の能力を持つ天使達。特に二体目のものは得体が知れず、放置しておくのも危険に思う。


(……この地からの撃退が最低限の依頼ではあるが、まさかアレら如きに逃げられるとは。まったく、私もまだまだだな)


 最低限度の依頼は済ませた。無理をする必要はないと記載されてはいたが、無論のこと真っ当するつもりだった。


 けれど間に合わない可能性が高い。これは王女セレスティアへの借りだろう。


「…………」


 ドレイクは月夜に背を向け、王国から立ち去った。


 

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