第261話、返ってくるのは、とても大きなもの

 エリカ姫の救援を終え、ヒルデガルトの元へ急ぐ。


 しっかりと脅しを効かせておいたので、カシューもどき達があれから騒ぐ事もないだろう。良い練習にもなったし、あんだけやったら国軍相手にも大人しくしてくれる筈。


 もう王国の勝ちが確定的だったので殺すのも躊躇われる以上、少々のトラウマはご勘弁。


「玉座の座標、渡して来たよ。クラウスさん達の王国軍も突入して来たし、エリカ姫もすぐに合流出来そうだ。あぁ〜良かった」

「コレを開けろ」


 死体だらけの場所に立っている点には、触れてはいけないのだろうか。商人? らしき人は明らかに剣で殺されてるから、大凡の察しは付くけど。


(何処も同じだな……)


 なので、デコピンで鍵を壊して宝箱を開けてみる。


「……何これ」


 中身は、たくさんの魔具や金貨。けれどヒルデガルトが手に取ったのはただの素朴な箱で、中には赤とか紫の混ざり合った破片のような物があった。微妙に使い勝手の悪そうな物質だ。


 ただし、見るからに普通ではない雰囲気を醸し出している。


「これは、聖剣の欠片だ」

「なぬ!?」


 またヒルデちゃんがおかしな事を言い出す。


 聖剣と呼ばれる刀剣は物凄く少ない。片手で数えられる程度だった筈。今のところ造れる人もいなくなり、現存するものが全てだ。


 本当に聖剣ならば、遺物並みの価値がある。なんなら遺物よりレア。ぶっ壊れてるから、なんとも価値の程は計りかねる。


「既に失われた聖剣だが、何かに利用できるかもしれん」

「おぉ! ありがとね、組織の為に」

「…………」


 はい、逆鱗に触れちゃった。


 生肉を前にした虎の眼で睨み上げられる。


「誰が貴様等の為に使うと言ったっ……」

「すんません。一般人が壊れた聖剣を使うなんて思わなくて」

「……欲しいのか?」

「くれるの!?」


 実は、復元する当てがある事を、ご存じだろうか。くれるのならば、聖剣復活となるかもしれない。


「目を輝かせるな、入れ替えるぞ」

「左右をっ!? それならいっそもう一回入れ替えてもらっていいっ?」

「これと引き換えに私が要求するのは、貴様の奴隷化だ」

「ちょっと凄いこと言ってる、この子……」


 最早、組織の構図がぐっちゃぐちゃ。聖剣と引き換えでも明らかに叶えられない。


「出来ないか?」

「難しいかもね……時代も時代だし」

「では次に手に入れた遺物は、私に寄越せ」

「おっ、それだったら叶えられそうだ」


 こうして取り引きは成立。


 《大公の玉座》も奪取し、エリカ姫の操作により所持者はエリカ姫自身となる。ディア・メイズは役目を終えたとして、元の砂漠へと戻っていく。物質は砂に変わり、砂塵と流れて元の姿を取り戻した。


 あとはヒルデガルトの馬車に乗って、エリカ姫と玉座をソウリュウやクラウスさんと一緒に、王都へと送り届けるだけ。


 なのだが……。


「……………………そうだ、旅に出よう」

「はっ?」


 旅に出ようと決心する。


 走行中の馬車で荷物を纏める。隣のエリカ姫は旅立つだけだと言うのに焦り始めた。


「ち、ちょっと! 何処に行こうとしてるのっ?」

「今は色々あって学園は閉鎖中でしょう? 隠れた珍味を探すのに今は打って付けです」

「私達の護衛は!? 帰るまでが作戦でしょ!?」

「これだけの規模で隊列も整えての帰還です。はっきり言って、私は輪を乱すだけです」

「じ、自覚はあるんだ……」


 魔王だもの。


 俺は呆気に取られる面々と、鬱陶しそうに無視するヒルデガルトへと別れを告げる。


「では皆さま、また王都でお会いしましょう」

「グラス殿、今回は世話になった。陛下や殿下に代わり礼を言う」

「いえいえ、クラウス様もご自愛ください」


 馬車から飛び降り、手を振ってけったいな車列を見送る。軍隊の列が街道を行くのを最後まで見届ける。


「……よっしゃー! 自由の身じゃあーっ!」




 ………


 ……


 …




 クロノは街を渡り歩く。渡り歩いて街道を進み、面倒なので山中へと突入し、森を抜けて出た。


 次の町への足は、当然ない。歩くか否か。


 すると、都合良くやって来るもので、その馬車へと声をかける。


「すみませ〜ん、お金を払うので次の町まで乗せてもらえませんか?」

「こんなところで一人か? 危ないぞ、お前……」


 今にも雨が降り出しそうな雲行き怪しい空。気兼ねない男ばかりの道中で、六人が乗っても問題のない馬車は買ってある。


 屋根はあるので泥濘みを考えなければ急ぐ必要はなく、このような人けのない田舎道に残しておくわけにもいかない。


 御者を務める男が、荷台に座る男達へ目を向けて訊ねる。


 返されたのは頷きで、御者は間髪入れずにクロノへ言った。


「乗りな。ただし、駄賃はもらうからな」

「ありがとうございます」


 寝転んでいた男が座り直し、空いた真ん中の席へとクロノは座った。


「いやぁ、迷子になっちゃって。何を間違ったんだろう……途中で街道から森に入ったまでは良かったんですけど——」

「いや、そこだろう! 良かねぇよ!」


 突然に発揮される陽気さに、男達も警戒心を一気に緩めた。


「……皆さんは傭兵団ですか?」

「どうしてだ?」

「槍持ってムキムキだから」

「ふっ、そりゃそうだ」


 目の前の男を指差して、至極真っ当な根拠を述べた。


「そう言うあんたは?」

「俺はこれから、仲間の加勢に行くところです。良くない事が起きなきゃいいけど、運が悪かったりしたら危ないでしょ?」

「……傭兵?」

「いいえ、ただ料理を作りに行くだけの予定です」

「料理人か。厨房は戦場だってな話も聞くからな」


 確かに武器は持っていない。不用心とも思うが、腰元にある利便性の高いナイフで済ませるのだろう。魔物や山賊相手では、間に合わせにもならないだろうが。


 まだ若いクロノを、才能ある料理人と認識した。理由は身なりの質が良かったから。貴族や金持ちがこのように森を抜けるなどする筈がない。世間知らずながら出世した料理人だろう。


「そう言えば、俺ってあのディア・メイズが崩れるところを偶然目撃したんですよ。いいでしょう?」

「……なんだ、そのディア・メイズってのは」

「あっ、知らないんですか。あのぅ……説明が難しいんで、忘れてください。自慢したかったけど、凄さ分からないなら面白い事にならない、よくあるアレですから」

「そうか……」


 お喋りなクロノは、無駄話をする事もなくなった仲間内にあっては、暇潰しに丁度良かった。


 近況や誇張した冒険談、可愛らしい怒りんぼや成長した妹分。部下の年寄りが新入りを目の敵にしているなど、つらつらと語られる。


「ところで……皆さん、外国の方なんですか?」

「うん? どうしてだ?」

「ディア・メイズを知らないなんて、王国じゃあ滅多にないんで」


 そうなのかと、五人が五人共に不勉強を学ぶ。


「隠す事でもないがな。王国で傭兵をやりながら、何処かにいい働き口が無いか探して回ってるんだ」

「同郷の集まり?」

「五人とも腐れ縁だ」

「へぇ〜、友達同士で旅なんて楽しそうですね。俺なんて速度とペースが合わないから基本的に一人ですよ」


 クロノは外国と言えば、この話題でもとある問題を切り出した。


「あぁ、外国って言ったら近頃はあれですよ。魔王の森が悪用されてるらしいですよ?」

「悪用?」

「はい。なんでも国外逃亡する奴等が、魔王軍の施設に逃げ込んで、彼等に連れ出されるって流れを利用してるらしいんです」


 ライト王国でも問題視されており、各国では魔王との交渉に乗り出すキッカケにしようなどと話し合われている。


 凶悪犯が逃げ、自国に入り込むのだから冗談ではない。


「でも不思議っすよね」

「不思議とは? 抜け道があるのなら、悪人ならば使うんじゃないか?」

「そうじゃなくて、目当ての国に出た後・・・はどうするつもりなんでしょうね」


 出身を偽るなどすれば、放り出される国は選べる。


 しかし、国外逃亡直後はどうするのだろう。


「移動手段が無いですよね? 魔王の森周辺は巡回する軍の目がある。早く逃げなきゃいけない。捕まれば職務質問されちゃうかも」


 クロノの予想はこうだった。


 魔王の森近辺には街が無い。当然と言えば当然だ。元は亡者の魔物が無秩序に跋扈する沼で、周りは住めたものではない。


 つまり人里は、それなりに離れた場所にある。辿り着くまでの“足”がいる。


「俺みたいに相乗りさせてもらうか、もしくは奪うしかないですよね。例えば……通りかかった老夫婦の馬車とか」


 五人はいよいよ黙り込む。


 屋根を雨粒が打つ音が、少しずつ、少しずつ増えていく。“雨”となるまで、その音を聴いた後に続きは語られる。


「……魔王が恐れられて、あの周辺は意外と治安が良いから通ったんでしょう。殺害された老夫婦がいたんですって。でも長い道のりなのに、水を持ってない。旅に必要な手荷物を持ってない。じゃあ、乗せてある馬車あたりが盗られてたって事ですよ」


 五人は殺意を抱く。


「いい馬と馬車ですね。仮にあなた方がその外国からの逃亡犯なら、お金は?」


 襲った宝石商からの物品を売り歩き、老夫婦の老いた馬と古い馬車は売り捌いて足しにした。そして、より高品質なものを購入する。


「……マル・タロト近辺で採掘される宝石が、王国で売られています。盗品だと疑われないようにかな? 小分けにしてね。それが国外逃亡の目的だったりするかもしれません」


 今もそうだ。全ての宝石を換金して、五人で均等に分ける。それまでの仕事上の関係だ。


「この街道に沿って点在する街で、売られていました。スカーレット商会が買い占める為に、次に売られる街も想定していました」


 何者かなど無関係。判明したのなら、始末するのみ。


 馬は引き寄せられる手綱に従い、速度を緩める。四人に続いて御者も槍を手に掴む。


 穂先をクロノへ向けて構え、五つの方向から殺意で取り囲む。


「だから、見つけられた」


 売りに出された道筋を辿り、【影】は当日の内に見つけ出してしまう。


 先回りは容易で、見覚えのある槍もあった。


「髭を剃ったんだね。それとも変装だったのかな?」


 五人にとって、聞き捨てならない文言だろう。


「妙な方言もない。自国の使節団がいて、慌てていたのかもね」


 ようやく、クロノが誰なのかを察する。


 その台詞は特定の人物にしかできない。薄らと声音にも覚えがあったのだが、やっと不鮮明だった記憶がはっきりと蘇る。


「あの子達に感謝だ。俺に無い知識を持つあの子達のお陰で、無念を拾えた・・・


 クロノが立ち上がる動作の間に、五つの穂先が弾け飛ぶ。何が起こったのかさえ分からず、自然と弾けたようにしか感じられない。


 片や、素手で刃を砕いたクロノは腰を上げ、鋭い視線を硬直する五人へ向ける。


「……拾ったからには、見逃さない」


 雨の日以降、宝石の情報はピタリと途絶えた。






〜・〜・〜・〜・〜・〜

連絡

11章、終了。

比較的軽快な章だったと思います。雰囲気を思い出す意味でも、必要なので間にこの章を挟みました。

今度はいよいよエンゼ教編を終わらせます。


限定を読んだ方は、コメントでネタバレには気を付けるようにしてください。


それでは、ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る